我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(76)『強靭な国家』を造る(13)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その3)

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我が国の未来を見通す(76)『強靭な国家』を造る(13)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その3)

□はじめに

 ロシアが7月17日、「穀物合意」から離脱しました。「穀物合意」とは、ウクライナ産穀物を黒海経由で輸出するため、ロシアが民間船の「安全航行を保証する」というもので、昨年7月に成立し、120日間ごとに延長される仕組みになっていました。一時的とは言え、離脱することによって、ロシアは「安全運航を保証しない」ことを宣言したことになります。さっそく、国会海域のウクライナの船舶を「軍需物資の輸送船と見なす」として攻撃態勢を取り始めました。

ウクライナの穀物は、アフリカ、アジア、欧州、中東など40カ国以上に輸出されているようで、これがストップした場合、再び世界の食料価格が高騰することが懸念されています。実際に、21日、小麦相場が8%急騰したこともニュースになっています。

このタイミングでの離脱は、先般のNATO首脳会議に対する報復処置の意味があるのでしょうが、この処置によって、アフリカなど途上国のロシア離反が進むという“副作用”があることも間違いなく、それを覚悟した上での処置なのでしょうから、NATO包囲網はロシアにとって本当に“痛かった”ものと推測できます。

それ以外の理由もあるでしょう。ロシア経済は、すでに500日以上もの間、1日2兆円といわれる“戦費”を捻出し続けたために、もはや崩壊寸前、窮乏のドン底にあると想像できます。元々、ロシアのGDPは、世界第10位の1兆6000億ドル(約220兆円)ほどで、韓国と同程度でした。最近は、インフレが進む一方で、毎期マイナス成長を続け、GDPもすでに1兆3000億ドルぐらいまで減少しているようです。

その要因は、“戦費”を消耗する一方、ウクライナ戦争開始から続いている対ロ制裁、そしてロシアの銀行が「国際銀行間通信協会(SWIFT)」との接続を止められているなどの西側の処置にあることは明白なので、これらの解消が合意再開の条件となることでしょう。

しかし、西側の対ロ制裁の狙いがロシアの弱体化にあることも明白なので、再び、ロシアが「穀物合意」をひとつの“武器”として活用し始めたとしても、合意再開は簡単ではないでしょう。

他人事ながら、今回の離脱についても、“不条理な”、割の合わないことをしかけたものだと思ってしまいます。しかし、このような不条理なことを何度も繰り返してきたのが「人類の歴史」でもあるのです。これからも同じようなことが何度も発生することでしょう。近未来もそして遠い将来も、そのような外的要因の変化を覚悟し、かつ備えながら、それぞれの国家は「国力」を維持しつつ、「強靭な国家」造りが求められていると、改めて考えさせられます。

▼我が国の「国力」の低下

戦後、「国益」という言葉が使われなくなったことについてはすでに本メルマガで指摘しましたが、最近、「国力という言葉も使われなくなっているのでは、とふと疑問を持ち、調べてみた所、国会の場において、「国力」という言葉自体もその概念も使われなくなってきていることを指摘している論文(松下政経塾「日本外交の要諦」小野貴樹著)を発見しました。

小野氏は、「国力」を「国際関係において、ある国家が持つ様々な力の総体」と定義した場合の「外交力」に着目して、戦後の歴代の外務大臣による国会の「外交演説」をチェックしました。

そして、「国力」という言葉(概念)を使用したのは、重光葵、藤山愛一郎、椎名悦三郎、愛知一揆、福田赳夫、大平正芳、宮沢喜一、桜井義雄、安倍晋太郎、倉成正、渡辺美智雄のわずか11人だけだったと実際の演説内容の骨子を取り上げています。氏の論文を正確に読むと、各大臣はずばり「国力」と表現しているのではなく、経済力、技術力、人的戦力など「国力」の“発展段階をたどりながら”演説していたことがわかります。

論文は、「それが、(渡辺美智雄元外務大臣が登場した)1993年以降は消えてなくなった」と指摘しています。つまり、国外的には冷戦終焉数年後、そして国内的には「バブル崩壊」直後ぐらいから、国会の場では、「国力」が話題にならなくなったようです。

2003年以降について、「国力」という言葉や概念の使用の有無を調べる時間の余裕はなかったのですが、安倍内閣時代を総評する次のような記事を発見しました。曰く、「『国力が衰えている』という国民にとって死活的に重要な事実そのものが適切に報道されていない」として、「国力が衰微しているという事実が隠蔽されていることが、安倍時代が残した“最大の負の遺産”だった」と批判しているのです(あえて細部は省略します)。

安倍内閣は、「国力」を高めることを目的とした経済政策「アベノミクス」を実行し、外交的にも「開かれたインド・太平洋構想」や「日米豪印戦略対話」などを提唱した“新たな外交”を展開しました。よって、何か別な“あら探し”をしたと勘繰りたくなる記事ではありますが、次のような、最近の我が国の「国力」低下傾向を知ると、そう言いたくなる気持ちも理解できます。

まず、日本のGDPは長い間、第2位をキープし、アメリカに次ぐ経済大国といわれていましたが、2010年に中国に抜かれて第3位に転落しました。1人当たり名目GDPも1995年の第6位を最高に、年々順位を落とし、2022年には第30位にランクを落としました。さらに、1989年には第1位だった国際競争力が現在は35位、株価に至っては最近でこそようやく回復傾向にありますが、いわゆるバブル崩壊後、「失われた30年」と揶揄されるように、長い間低迷し続けていました。

最近の綜合的な「国力」のランキングをみてみましょう。「USニュース&ワールド・レポート」は、軍事力、経済力、外交力、あるいは文化的価値などに関して1万7000人のアンケートの回答を基にした「国力ランキング」を毎年発表しています。2022年のランキングは、1位アメリア、2位中国、3位ロシア、4位ドイツ、5位イギリス、6位韓国、7位フランス、8位日本、9位アラブ首長国連邦と10位イスラエルとなっています。

ちなみに、2021年は、1位から5位まで2022年と同じで、日本が6位、韓国が8位でしたが、この1年の間に韓国と順位が入れ替わりました。韓国は、「1960年代以降、地道に成長を続け、貧困の減少を経験し、現在は世界有数の経済大国になった」ことが評価され、6位に躍り出たようです。日本は韓国に抜かれたのです。

日本経済新聞社が2021年11~12月に実施した世論調査においても、日本の「国力」の評価の質問で、経済と技術が「強い」と答えた割合は3年間でいずれも17ポイント下がったようで、新聞紙上では「新型コロナウイルス下で景気回復やワクチン開発の遅れが響いた」と分析されてしましたが、実際の要因はもっと別なところにあると考える必要があるでしょう。

このように、ここ数十年間の我が国の「国力」が相対的に低下傾向にあることは事実と言わざるを得ず、政府や政治家の先生方にとっては“話題にしたくないテーマ”なのかも知れません。

それでも、今なお世界3位のGDPをキープし、「超大国」として分類されていることは“奇跡”と言って過言でないのかも知れません。ただし、問題は、“これから将来どのように推移していくか”にあると考えます。このままでは、様々な要因からさらに順位を落とし、やがて「超大国」の地位から「大国」以下に転げ落ちることが懸念されるのです。

最近の“衰退”の要因と、国会などの場で「国力」という言葉自体も使用されなくなったことの因果関係は解明できないかも知れませんが、国民から負託を受けて国家の舵取りを担うべき政治家(同様に官僚も)の頭の中から「国力」に対する“関心”とか、それを維持するための“責任”とか“情熱”が抜け落ちているとすれば、由々しき事態と言わざるを得ないと私は考えます。

何度も言いますように、我が国の未来は決してバラ色ではなく、このままでは、内外の数々の「暗雲」が立ちはだかることが現実になります。「いかに立ち向かうか」は、我が国の至上命題であり、国家の存亡がかかっていると考えます。しからば、そのためにどのように“荒治療”すればよいのでしょうか。

▼“我が国の未来のため”の「国力」を再定義

上記のような問題意識のもとに、 “荒治療”の具体的な方策(要領)を得るために、「国力」を再定義してみたいと考えます。前回紹介しましたように、「国力」の定義は定まっておらず、いくつもあります。たぶん、「国力」に含むべき要素は大同小異なのでしょうが、要素のどの部分を強調するかについては、「国力」を論じる人が“自分の主張に合った説得力”を追求しているように見えます。

浅学菲才ながら、私はここにヒントを得て、改めて「国力」の要素を考えてみようと思います。名付けて、“我が国の未来のため”の「国力」の再定義です。

最近、私の後輩にあたる元陸上自衛官で、元東部方面総監の渡部悦和氏が『日本はすでに戦場下にある』を上梓し、その中で「国力」について、前回紹介したレイ・クラインの方程式を次のように修正しました。

 国力=(人口+領土+経済力+軍事力+政治力+科学技術+教育+文化)×(国家戦略目標+国家意思)

この方程式によって、渡部氏は、「国力」の要素を人口や経済力に加え、政治力や科学技術力、そして教育などまでを含む「ハード・パワー」に加え、戦後、明確な「国家戦略」がなかったことや「国家意思」を含む「ソフト・パワー」にも着目しています。

中でも、「強い経済力なくして、強い軍事力はない」としながらも、主に国防力に特化した形で、「戦後の日本において“軍事アレルギー”が幅を利かせたため、あまりにも視野の狭い考え方となった」と「国家意思」についても批判の対象にしています。

渡部氏の修正は、我が国が未来に向かっていかに進むべきかを分析する時のヒントは与えてくれますが、前回取り上げましたような、外的・内的要因の克服する“国家の強靭化に向けた荒治療”という観点に立つと、ハード・ソフトともに、埋没して不明確になっている部分があると考えます。

よって私は、やや複雑にはなりますが、「国力を定義づける方程式」については、我が国の“未来”に対して、なんらかの形で“関与”する要素については、漏れなく方程式に当てはめ、かつそれぞれの要素をもう1段階ブレークダウンして分析することにしました。

まず、「国力」の再定義する方程式としては、

国力=((1)人口+(2)領土+(3)経済力+(4)食料・天然資源+(5)軍事力+(6)政治力+(7)科学技術+(8)教育+(9)文化)×((10)国家戦略+(11)国家意思)

です。クラインや渡部氏同様、「国力」は(1)~(9)までの「ハード・パワー」と(10)(11)の「ソフト・パワー」が“掛け算された総合力”と定義します。

そして、それぞれに要素を次のようにブレークダウンして分析しようと考えています。

(1)「人口」については、少子化、高齢化、人的資源などのそれぞれの視点から「国力」に及ぼす影響を分析します。同様に、(2)「領土」については、国土面積、地政学的位置、国土の特性など、(3)「経済力」については、工業力、貿易、財政、通貨、国際競争力、市場の大きななど、(4)「軍事力」については、陸海空軍の組成、通常兵器の量・質、兵員の量・質・練度、核戦力の有無など、(5)食料・天然資源については、食料自給率、エネルギー自給率、その他の資源の自給率などを分析します。

さらに、(6)「政治力」については、国内政治力、外交力など、(7)「科学技術」については、工業力と深いかかわりがありますが、あえて区分して、基礎的科学、技術力水準(特に、情報技術水準)、開発費、公共投資など国家の取り組みなど、(8)「教育」については、人的資源や科学技術力とも深いかかわりがありますが、あえて区分して、教育の質、学歴、教育の傾向性など、(9)「文化」については、地域(国際社会)に影響を与える文化の種類・影響力などを分析します。

「ハード・パワー」に分類されるこれらの要素は、相互に関連する部分もありますが、憲法をはじめ、法的・政策的制約などを含め、努めて個々に分析します。

一方、我が国の場合、「国力」の盛衰の鍵を握っているのは、「ソフト・パワー」にあると考えます。細部は後述しますが、個々の「ハード・パワー」を活かすも殺すもこの「ソフト・パワー」次第なのだと思うのです。(10)「国家戦略」には、「ハード・パワー」の要素ごとの個々の戦略と、「部分最適」に陥らないためにそれらを束ねた「国家戦略」のようなものが必要になってくるでしょう。その上、「国家戦略」の策定を可能とする「国の形」まで含むものと考えます。

これは実は厄介です。細部については後でたっぷり触れることにしますが、同じような視点に立って考えている人も(少数ですが)存在します。船橋洋一氏は近著『国民安全保障国家論』の中で次のように述べています。「コロナ危機やウクライナ戦争から、『自分の国を自分で守れない国は生き残れない』『世界は自ら助くる者を助く』ことがわかった」が、「我が国には『国家安全保障国家』のような『国の形』がない。そのような『国の形』をつくるのを拒んできた『戦後の形』がある」として、「『戦後の形』では、新しい時代の挑戦に対応できない」と結論づけています。全く同感です。

極端な話、現憲法下の「国の形」がこのままで良いか、あるいは見直す必要があるのかまで含むとすれば、それ自体が高いハードルになることでしょう。

そして、「国の形」を変えることは、(11)の「国家意思」が相当部分を占めることは当然です。その「国家意思」は、大多数の「国民意志」により支配されるでしょうから、大方の国民の“精神”まで含むことになると考えます。

このように、「国力」を維持するための“荒治療”の具体的な方策は、「国力」に包含されるあらゆる要素を漏れなく洗い出し、それらの相互関係のメカニズムをモデル化することまで求められると考えます。究極の焦点は、現憲法の下でそれが可能なのか否かになることでしょうが、変化の激しい内・外情勢の一方で、依然、強く残っている「戦後の形」から想像するに、その議論に時間を費やしている暇(いとま)がないのかも知れません。

現行の「国の形」のもとで、“不十分ながらも、できるものから始める”という選択肢を採用せざるを得ないとも考えますので、そのあたりも含めて議論することにしましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)