我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(82)『強靭な国家』を造る(19)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その9)

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我が国の未来を見通す(82)『強靭な国家』を造る(19)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その9)

□はじめに

 衝撃的な事故ではありましたが、「やはり」というべきか、事故直後のバイデン大統領の談話のように「驚いてはいない」というべきか、8月23日、ワグネル代表プリコジン氏が搭乗した飛行機が墜落し、死亡が確認されました。巻き添えを受けた9名の乗員乗客には気の毒でしたが、思えば、人類の歴史はこのような事件の繰り返しでした。

プーチン大統領が哀悼の意を述べている映像も流れましたが、この事件を“単なる事故”と考えた人は皆無だろうと思います。藤井厳喜氏などは“暗殺”ではなく“明殺”だと明言していますが、練りに練った巧妙な手段を用いているはずなので、たぶん、少なくとも“ほとぼりがさめる”までは事故原因が解明されることはないと思います。

問題は、この事件が今後、凶と出るか、吉と出るか、ますます混迷を深める可能性があると私は考えます。「ウクライナ戦争の決着はプーチン大統領の失脚(あるいは暗殺)しかない」と断定する考えもあるように、この事件をきっかけに水面下で反プーチン派が強硬策に打って出る可能性は否定できないでしょうし、ワグネルをはじめ民間軍事会社が戦線から離脱する可能性もあるでしょう(すでに解体の動きもあるようです)。逆に、本事案が“見せしめ”となって、ロシアがウクライナ戦争の勝利に向けて(少なくとも敗戦を回避するため)、“一枚板”になる可能性もあるでしょう。

どちらに転ぶかは現時点(9月1日)では不明ですが、本事件がきっかけとなって、やや膠着状態にあるウクライナ戦争が再び“動き始める”可能性もあるでしょう。ウクライナ側の反転攻勢があまり進展しないような状態が続けば、停戦合意(休戦)が早まる可能性も出て来るでしょう。

「戦争はギャンブルのようなものだ」とよくいわれます。“戦争によって得られる利益がそのコストを上回ることは稀で、戦争を行なうことは常にリスクを伴う”ことから来た言葉なのでしょうが、巷のギャンブルと同様、一度踏み込んでしまうと、勝敗が決着するまでますますエスカレートすることを歴史は教えてくれます。

以前にも紹介したように、アメリカの原子力科学者会が発表している「世界終末時計」は、ウクライナ戦争が始まって以来、核兵器が使用されるリスクを加味し、過去最短の「90秒」を指し続けています。

プーチンが核のボタンを押すに至るきっかけに、NATO諸国から武器や弾薬の供与を受けて戦い続けるウクライナと決着をつけることのみならず、反プーチン派を黙らせるような、ロシア国内問題の解決まで視野に入ってくるとなれば、その“敷居”が低くなるような気がしてならないのです。

このたびの一連の事件について、話題の生成型AIに質問したところ、「私たちは、このような悲劇的な出来事を未然に防ぐために、常に平和的な解決策を模索する必要があると考えます」との回答がありました。まさに正論です。そのような究極の事態に至らないような「話し合い」、その結果として「停戦合意」に至るかどうか、ロシア・ウクライナ両国のみならず、国際社会の“叡智”が求められているのでしょうが、そう簡単ではないことも現実です。

いずれにしても、プリコジンという反プーチンの烽火(のろし)を上げた“勇者”の死亡が、英雄視されることを警戒して葬儀の非公開を強要したロシア当局をはじめ、ウクライナ戦争の終末、ひいては人類社会の未来を左右する歴史的に重大な事件に発展する可能性もあることでしょう。

我が国にあっては、「だから『平和』が大事なのだ」との声が聞こえそうですが、前回も指摘したように、そこで“思考停止”しないで、「どのようにしたら未来永劫の平和を維持できるか」について、しっかり考え、可能な限り盤石な「備え」が必要であることを理解できる国民の輪が広がることを祈るばかりです。

▼「食料自給率」が「国力」に及ぼす影響
 
本メルマガではすでに我が国の食料自給率について詳しく触れましたが、「国力」の観点から少し分析してみましょう。

まず、食料自給率の主要国ランキングは、農林水産省による2020年のデータによると、1位カナダ(カロリーベース221%、生産額ベース110%)、2位オーストラリア(173%、110%)、3位アメリカ(115%、92%)、4位フランス(117%、83%)、5位ドイツ(84%、58%)、6位イギリス(54%、60%)、7位イタリア(58%、87%)、8位スイス(49%、61%)、9位日本(38%、58%)と続きます。カロリーベースでは、韓国32%、台湾31%などが続きますので、極端に低い数値ではないとも言えるでしょう。

これらから、食料輸出可能な国、つまり将来において我が国が輸入対象国として期待できるのは、個々の食料品によって違って来るとは思いますが、自給率が100%を超えているカナダ、オーストラリア、アメリカぐらいまででしょうか。

ちなみに、ウクライナ戦争で小麦の輸出が話題になっているロシアについては、西側諸国のような基準が明確になっていないのかも知れませんが、小麦の輸出量は世界のトップを走っています。一方、食料品関連の輸入品として「果実・野菜」「肉類」「酪農品・鶏卵」「飲料」「コーヒー等」、それに最近、日本のJTグループが協力企業になっていると話題になった「タバコ」など多岐にわたっていることも事実です。

これらから、ロシアの「食料安全保障」の柱は、“国内消費者への供給を維持するために輸出を制限する”という発想になっているようですが、一方、ウクライナ侵攻を可能にした背景には、この次に述べるベルエネルギーと合わせて、“非軍事面の戦力化”についても目算があって、実際にそれを行使していることに着目する必要があるでしょう。

中国の食料自給率は、近年、輸入量の増加に伴って低下傾向にあります。穀物の自給率は97%以上を保ち続けてはいますが、食用油材料の自給率はこの20年間で81%から25%に、大豆の自給率は60%から17%にそれぞれ減少するなど、食料自給率は20年間で100%前後から76%前後にまで落ち込んでいるといわれます。

穀物の自給率自体も、洪水、干ばつ、イナゴの被害などから、実際の穀物倉庫の中は空ともいわれ、中国社会科学院が「中国の食料供給不足は2025年末までに約1億3000万トンに達する」との見通しを示したことで、不安や買い占めの懸念も出ているようです。最近の福島原発の処理水放水に対抗した輸入禁止処置も、その背景には“国民の目をそらす”など様々な思惑があるとみて間違いないでしょう。

余談ですが、少しだけ回り道しますと、福島原発の処理水で問題になっているトリチウムは、水と結合してトリチウム水となっているため、簡単に処理できません。そのため、今回の処理水の放出にあたっては、トリチウム濃度を1リットルあたり1500ベクレル以下に薄めて放出しています。この基準は、国が設けたトリチウムの環境への放出基準1リットルあたり6万ベクレルの40分の1、また、WHO(世界保健機関)が示す飲料水の基準の1万ベクレルの7分の1程度にあたる水準です。トリチウムはまた、環境中で自然崩壊し、その半減期は約12.3年といわれます。

今回の処理水の放出予定量は22兆ベクレルですが、中国の東シナ海や南シナ海に面した4つの原発が1年間に放出しているトリチウムの総量は約450兆ベクレルであることはすでに判明しています。しかもこの事実について、中国と周辺国との間で何らの合意はなく、説明もしていません。

中国は、「通常の稼働下で排出される冷却水とは質が異なる」などの“難癖”をつけていますが、日本の政府がなぜ証拠となるデータを示して「それならば、“すでに汚染されている”中国の海産物は輸入しない」と反論しないのか、不思議でなりません。

自らの「国益」のために、長年、“でっちあげた歴史”を「歴史戦」の道具として活用してきた中国ですから、「科学的根拠がない」などの批判に“動じる”ことはまずないでしょう。我が国のような「世論」がありませんので、政府のやりたい放題です。私たちは、この機会に改めて、そのような国が我が国の隣国にあって、今後も存在し続けることを強く認識する必要があるのです。

長くなりました。本題に戻します。我が国は、我が国の食料事情からして、「大事な食料を買おうとしない国に売る必要がない」と断言します。ちょうど良い機会なので、食料輸出は最小限にして、備蓄を増やす方向に舵を切り直すべきと考えています。

その理由を解説しましょう。以前、我が国の食生活近代化、つまり洋食推進運動は、アメリカの「したたかな食料戦略」のせいだったと解説しましたが、我が国は、食生活そのものを米など比較的自給率の高い食料を主とするように戻し、なおかつ長期備蓄のノウハウを考案しつつ、必要ならば法律を改正して、備蓄量の増加に努めることを「食料安全保障戦略」の柱にすべき時が来ていると考えます。その戦略の実現が「国力」を維持するために必要不可欠なのです。

一方、そこにはとんでもない“落とし穴”があることもすでに指摘しました。我が国は、この化学肥料の原料の資源に乏しく、3要素といわれる「尿素」「リン酸アンモニウム」「塩化カリウム」のほとんどを輸入に頼っていることです。その内訳は、「尿酸」の自給率はわずか4%のみで、残りはマレーシア(47%)、中国(37%)、サウジアラビア(5%)などから輸入しています。「リン酸アンモニウム」や「塩化カリウム」に至っては自給率0で、「リン酸アンモニウム」の輸入先は“中国がダントツの1位(90%)”、残りがアメリカ、「塩化カリウム」の輸入先はカナダ(59%)、ロシア(16%)、ベラルーシ(10%)と続きます(諸般の事情から本来なら公にしたくない数値ですが、すでに公にしている人がいますので出すことにします)。

肥料の自給率まで考えれば、自給率100%に近い米でさえも“実質的な自給率”は11%程度、自給率80%の野菜は実質8%程度、その他の食料品の自給率もかなり低いとの分析もあります。「化成肥料がダメなら有機肥料や堆肥を使えばいいじゃないか」との考え方もあろうと思いますが、有機肥料も見事なまでに輸入に依存しています。

今回のウクライナ戦争が小麦などの価格が異常に高騰しましたが、食料品の価格は、気候の変動や世界情勢に大きく左右されることは明らかで、今後、世界人口が増えるにつれて、肥料や種苗までを含む“食料争奪戦”が発生することは必定でしょう。しかも我が国の生殺与奪のかなりの部分について、すでに対立している、あるいは将来対立する可能性の高いと判断しなければならない国々に握られているという“現実”を直視する必要があるのです。

繰り返しますが、農業従事者の減少対策と食料自給率の向上のために我が国は総力を結集すべきであり、その結果として「世界で最初に飢えるのは日本」と揶揄されるような事態を回避することに万全を期す必要があります。そのためにも、私たちは、「『お金を出せば輸入できる』ことを前提にした『食料安全保障』はすでに破綻している」との認識のもと、農業や牧畜など国内の1次産業の強化、長期的な食料備蓄の大幅な推進など、「食料自給なくして独立なし」との気概をもって、「国力」の維持を考える時に来ているのではないでしょうか。

▼「エネルギー自給率」が「国力」に及ぼす影響
 
エネルギーについても同様のことが言えるでしょう。今年は格別に長く、暑い夏を迎えています。気象庁も「異常な夏」であることを宣言しました。まさに地球の「気候変動」のせいにしたくなる気持ちを否定するものでありません。

一方、ガソリン価格高騰は話題になりますが、この酷暑の中で、ほぼ毎日24時間、エアコンをかけっぱなしで快適な日々を過ごしている“贅沢”に不安を感じている国民はほんのわずかであろうと想像しています。

すでに紹介しましたように、主要国のエネルギー自給率のランキングは、1位ノルウエー(700%)、2位オーストラリア(320%)、3位カナダ(176%)、4位アメリカ(98%)、5位イギリス(70%)、6位フランス(55%)、7位ドイツ(37%)と続きます。

国際情勢がどのようになろうと、エネルギー供給の面で全く懸念する必要がないのは、4位のアメリカくらいまでで、それ以下については何がしかの影響を受けることは必定です。現に、天然ガスの供給をロシアに依存していたドイツがウクライナ戦争で多大な影響を受けたこともすでに紹介した通りです。

ちなみに、ロシアは天然然ガス、原油、石炭などの生産量が世界のトップクラスで、エネルギー自給率は188%(2015年)といわれます。また中国は、国内のエネルギー資源は決して豊かとはいえませんが、石炭、石油、天然ガス、原発、再生可能エネルギーからなるエネルギー供給体制を絶えず改善し、エネルギー自給率を常に80%以上を保っているようです。

それに対して、元来、エネルギー資源小国の我が国のエネルギー自給率は年々低下傾向にあり、先進国では最下位、世界水準で言えば34位の11.8%にしか過ぎません。しかし、実質は7%であるとか、原発の再稼働を認めなければ4%しかないといわれます。つまりエネルギーの供給のおおむね9割を諸外国に依存していることになります。そして、近年、再生エネルギーのシェアが増えているとはいえ、エネルギー供給の約83%は、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料に依存しています。

大東亜戦争においては、“石油”を求めて「南進」したように、過去も現在も、そして将来も、エネルギー資源の安定確保は「国力」を維持するための死活問題であることは論を俟ちません。

すでに紹介しましたので細部は省略しますが、その根拠が怪しい“脱炭素”という「気候変動」対策のために、欧州列国同様、国を挙げて取り組むような“ゆとり”は我が国にはないと考える必要があるでしょう。「国力」を維持し、将来にわたって「強靭な国家」を造るためには、安全保障など他の施策への影響を考慮しつつ、エネルギー資源の安定確保を最優先すべきと私は考えます。

「気候変動」対策については、中国のように、“したたかに”可能な範囲で各施策に反映すべきでしょう。環境団体から「化石賞」を受賞するような“国益とは全く無縁の不名誉”よりも、もっと優先すべきことがあることについて全国民が認識することが肝要です。

どこまで行っても、我が国の未来は“難問山積”という印象を持ちますが、私たちは知恵を出し合って乗り越えていく必要があるのです。その成否は、国内的には「政治力」、対外的には「外交力」が握っているといって過言でないと思いますが、それらを司る政治家の先生方や官僚の皆さんは、これまで繰り返し述べてきたような課題認識とか問題意識を保持しているのでしょうか。今回はこのぐらいにして、次回、そのあたりを少し掘り下げてみたいと考えています。(つづく)


宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)