我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(33)「農業・食料問題」(15)「農業の高付加価値化」の推進(その3)

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我が国の未来を見通す(33)「農業・食料問題」(15)「農業の高付加価値化」の推進(その3)

▼日本の農業が「有機栽培」などは向かないといわれる理由

 今回は当初から本題に入ります。前回の続きです。日本の農業には、「有機栽培」や「無農薬栽培」は向かない、つまり「農薬」や「化学肥料」が必要だとの分析がありますので、その理由を要約して紹介しておきます。

まず第1には、「温暖で雨が多く、夏は高温多湿な気候」です。雨と高温によって雑草や虫などの活動が盛んになるため、農薬を使わなければ病気や虫によって作物がダメになってしまいます。これに対して、欧州諸国は降水量も少なく気温も低めで、「有機栽培」などに適しています。日本は、気候の面で、農薬を使わない農業が不利になっているという事実は何となく理解できます。

 第2には、「利益が出づらく農家にとって厳しい」ことです。平成28年の有機農業に関する調査データによれば、「有機農業以外の新規参入者に比べ、年間の売上げや所得が低水準の者の割合が多い傾向」であったと報告されています。その結果、農業で生計が成り立つようになるまで年数がかかる傾向があります。

「利益が出づらい」の観点から実際のデータの代表的な例を取り上げてみますと、農薬を使用した場合と比較した“農薬を使用しない場合の平均減収率”は、水稲24%、小麦36%、大豆30%、りんご97%、もも70%、キャベツ67%、だいこん39%、きゅうり61%、トマト36%、ばれいしょ33%、ともろこし28%等との検証データがあります(JAPA農業工業会資料)。

農薬の使用を促進する側のデータなのですが、りんごはほぼ壊滅状態なことをはじめ、果物の生産に農薬を使わない選択肢はほぼなく、野菜も大幅減収が避けられない状況となり、米や小麦などであっても20~30%台の減収は避けられない厳しい状況になるという現実が待っています。

また、「労力がかかる」という理由から、有機農業による作付け面積を減らす農家が多いようです。「有機栽培」の場合、除草を含む労働時間が従来の栽培より増えるという特徴があり、販売価格や販路開拓の課題よりも大きな問題を突き付けています。逆に、農薬の使用は、農業従事者の減少・高齢化対策として「労力を減ずる」ための特効薬的な存在ともなっているのが現実です。

 第3には、「残留農薬の規制緩和」も「有機栽培」が拡大しない要因と分析されています。厳しい規制があれば農薬を削減する方向へと進んでいくはずですが、2013年に、一部の農薬の残留農薬規制が緩和されるなどその逆の動きもみられています。

少し補足しますと、農薬の規制緩和は、散布により作物に付着した農薬成分は、降雨によって洗い流されたり、太陽光や微生物の分解により短期間の間に減少・消失する、あるいは吸収された農薬成分は植物体内で分解されて減少するという解釈の延長にあると考えます。

農薬の残留基準値の認可は、厚生労働省の管轄ですが、例えば、ミツバチが大量死した一因とされるクロチアニジンという農薬については、ホウレンソウの基準値がそれまでの3ppm(1ppmは100万分の1の単位)だったものが、実証検討の結果、40ppmに大幅に緩和され、この範囲であれば、1日の許容摂取量を下まわり、健康に影響がないと判断され、認可された例があります。

 第4に「消費者の厳しい要求」も挙げられています。私たち買い手側が、農作物に対して厳すぎる要求をしていることも理由です。形が悪い野菜は人気がなく売れずに、きれいで形の揃った完璧な野菜が好まれます。いびつな野菜と形の良い野菜が並んで売られていたら、ほとんどの日本人は形がきれいな後者を選ぶことでしょう。

潔癖すぎるほど形が整った野菜が日本人には好まれるため、スーパーや卸も整った形の野菜を買い上げるようになります。そのため、日本ではリスクが高い無農薬栽培などよりも、収入が安定しやすい従来の栽培が主流となっています。

先日も「ふぞろい野菜を食べて農家さんを応援!」とのキャッチコピーで有機・特別栽培で育てられた「ふぞろい野菜セット」が1980円でネット販売されていました。このような野菜がスーパーなどでも普段に売られるようになれば、状況も変わることでしょう。

 最後に「エコロジー(環境)やサスティナブルに対する意識」です。最近でこそ、「SDGs」を知らない人がほとんどいない世の中になってきましたが、農薬は必要な虫や土中微生物を殺してしまい、過剰な肥料も食物連鎖のバランスを崩すことで土中微生物が棲みにくい環境を作ってしまいます。

スウェーデンでは4歳頃から環境に関する教育が始まり、「環境に対して何が正しいか」ということを自分たちの頭で理解して行動することが当たり前になっており、例えば有機栽培のバナナを売ることなどがスーパーマーケット企業の付加価値にもなっているようです。

これに対して、日本は、最近、スーパーやコンビニなどのビニール袋が有料化されたくらいで、まだまだ環境にやさしい野菜作りに対する意識改革は進んでいないのが現状でしょう。前述の“ふぞろい”よりも環境やサスティナビリティに対する高い意識を持つ人がいま以上に増えてくれば、日本の農業も大きく変わる可能性はあります。

このように、日本の農業においては、「有機栽培」や「無農薬栽培」(ましてや「自然栽培」)を選択することは想像している以上に厳しい現実が待っており、体や環境に悪いからという理由だけで、全ての農薬を切り捨てることは容易なことではありません。

一方、現時点においても少ないながらも「健康のため」「環境のため」にと、有機栽培などで育てたいと頑張っている農家も全国にはかなりあります。なるべく農薬を使わない、地球にやさしい野菜がもっと当たり前の社会になるよう、私たち消費者も本当に体に良い野菜を選ぶ時代が来ているということではないでしょうか。

▼「農業の魅力化」に取り組む企業例

「農業の魅力化」を推進するための4つの“切り口”のうち、「農業の企業化・大規模化」、「スマート農業」の推進、「農業の高付価値化」を終了するタイミングで、法人として農業に取り組む企業が多い中で、「農業の魅力化」に向け、特色のある2つの企業を紹介しておきます。

◆「ダイヤモンド十勝」の取り組み

 

まず、北海道帯広市郊外の芽室町に所在する農業生産法人「ダイヤモンド十勝」です。2014年に設立された「ダイヤモンド十勝」は、十勝平野をバックグラウンドに「共存共栄」を企業理念として、持続可能な農業を掲げ、「生産」「加工」「保管」「販売」までの「フードバリューチェーン」によって付加価値を高めている企業です。一般的にいわれるバリューチェーンにプラスして「保管」を組み込んでいるのが特徴です。

「生産」については、大型農業機械および自動運転トラクターや衛星によるほ場水分量の把握などの「スマート農業」を導入して、社有地約90haのほか、地元約100戸からの業務請負と合わせて約4000haに及ぶ広大な農地に耕作しつつ、十勝の4作物(小麦、イモ、ビート、豆類)のほか、西洋わさび、人参、キャベツ、カボチャまでさまざまな種類の農産物を生産しています。

 「加工」(選果→加工→パッキング)については、近傍にいくつかの加工場を持ち、地元の雇用を創出しています。加工場は、洗浄などは機械を導入していますが、選別や箱詰めは「手作業」で行なうことによって新たな付加価値を生み出しています。農業生産物を分散しているのは、収穫して加工に回す時期が集中するのを回避するという狙いもあるようです。

特筆すべきは、「保管」と連携して、加工場の長期稼働を考えていることです。なかでも西洋わさびは収穫後、適正な温度管理により半年以上の保管が可能ということです。このことは、冬季間はほとんど仕事がなくなる十勝地方にあって、西洋わさびの加工場を稼働し続けることができ、加工場で働く地域の人達に感謝されているようです。

この「保管」についてですが、「ダイヤモンド十勝」の近傍に親会社でもある横浜冷凍株式会社(ヨコレイ)が保有する「十勝物流センター」があります。一般に、農業生産物の収穫時期はほぼ秋に集中しますが、消費は通年です。つまり通常、需要と供給に時間的ズレが発生しますが、そこで「保管」の役割が重要になってきます。

ヨコレイは、大型の冷凍施設を保有するばかりか、収穫した生産物に合った保管のノウハウを熟知し、西洋わさびのように、新鮮なまま長期保存を可能にしているのです。

最後に「販売」です。生産法人の規模が拡大し、生産物の種類や生産量が増加すればするほど、販売網の安定確保(販路、価格など)がその成否を握り、さらには生産物の販売管理・販売促進も必要不可欠になってきます。ここでもヨコレイの販売部門である「十勝営業所」が生産物の販売の一部を担っており、流通業者や加工業者を含む消費者に生産物を届ける重要な役割を果しております。

このように、「ダイヤモンド十勝」は未来型の農業生産法人としてのさまざまな機能を果たしており、これから農業分野に踏み出す企業のビジネスモデルになると思います。もちろん近傍に親会社の大型保管施設や販売支援があるという立地条件が成功の後押しをしていることも見逃せない事実です。

これらのインフラのすべてを農業生産法人等が保有するのは不可能に近いでしょうから、特に「保管」とか「流通ネットワーク」については、国や地方自治体が関係企業などの協力を得て、公共財として利用可能な支援態勢の構築が望まれます。

◆「パソナ農援隊」の取り組み

淡路島に本社を移して話題になったパソナグループという総合人材派遣会社がありますが、このパソナグループには、農業分野の人材育成・雇用創出、農業の6次産業化を実践し、自立できる新規就農者の育成を手がける「パソナ農援隊」という子会社があります。

パソナ農援隊は、最近、淡路島に「自然と共生する“農ある暮らし”」をテーマに、野菜の収穫や土づくりなど「農」体験、自然栽培の食材で健康的な「食」提供、自然素材の「住」環境で持続可能なライフスタイルが体感できる体験型施設「淡路ネイチャーラボ&リゾート」を開設しました(現在、一部は建設中です)。

約3万8千平方メートルの広大な敷地に、無農薬の野菜栽培や食循環を学ぶ堆肥作りができるばかりか、順次、レストランや滞在施設を造り、自然の中での暮らしを体感できるようになっています。

 また、前回取り上げました、淡路島在住の花岡明宏氏の指導を受けながら、肥料や農薬を使わない「自然栽培」によって野菜や米を育て、家庭やレストランに直接販売している部門も社内ベンチャーとして立ち上げ、島内約10軒の農家と連携しています。

現時点の体験の事例としては、無肥料・無農薬の自然栽培体験のほか、食循環を学ぶコンポスト(堆肥)作り体験、味噌や醤油、甘酒などの発酵食品作り体験、ヨモギやシソなどの和ハーブを学ぶドリンク作り体験などを想定しているそうです。

私自身も、現地で「アーバスキュラー菌根菌」の培養や「自然農法」による野菜の生育現場を確認し、生育した野菜も試食させていただきました。見たまま食したままを紹介しますと、ホウレンソウの葉という葉が(しおれることなく)イキイキと空に向かって伸びていたことと、食べてみると、野菜本来の味とでもいうのでしょうか、思わず感動したことをよく覚えています(試食した方はみな、同様の感想を持つそうです)。

この取り組みは、これもすでにとりあげました「フードバリューチェーン」のオーケストレーターの役割を担い、消費者の立場に立った農業のあるべき姿の普及を狙いとしていることに加え、政府が2040年頃までに整備を目指している「次世代有機農業技術」の1つである「土壌微生物機能の解明と活用」に向け、その実績の積み重ね的な役割を担う未来型の農業へのチャレンジでもあると考えます。

▼未来に向かって

「才覚ある人にとって最大・最強・最高の舞台」といわれる農業ですが、富士山の頂上をめざす登山ルートが複数あるように、我が国の農業を救済し、未来型農業の完成に近づくルートも数多くあり、それぞれ課題を抱えていることもまた事実でしょう。そうしたなか、ここに紹介した2つの事例のみならず、多くの企業がそれぞれの能力と役割と関心の範囲内でチャレンジ中なのは心強い限りです。

これらの成果が、耕地面積や農業従事者の減少、あるいは世界的な食料難が予想されるなかにあって先進国ワーストの食糧自給率37%(カロリーベース)という「現実」に対応できるのか、質・量両面の観点から間に合うのか、つまり「農業・食料問題」の救済策として有効なのかどうかについては、私自身の知見を超えますが、救済成功のパーセンテージを高めるためにも、大事なことは「農業の魅力化のPR」にあると考えます。

なぜ「農業のPR」ではなく、「『農業の魅力化』のPR」としたかには理由があります。我が国の「農業・食料問題」に対しては、多くの国民がその認識を共有し、農業の高付加価値化を進め、全国各地の「才覚ある」人がチャレンジするような“輪を広げる”ことに未来の農業の成否がかかっていると私は考えます。

そのためには、「農業」が保持しているイメージを払拭し、未開拓分野の職業であり、関連技術の進化により大飛躍が期待できる「魅力ある農業」のPRが必要不可欠なのではないでしょうか。詳しくは次回、とりあげましょう。いよいよ第2編「農業・食料問題」の終盤です。

(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)