我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(54)「気候変動・エネルギー問題」(19) 我が国のエネルギー問題(その1)

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我が国の未来を見通す(54)「気候変動・エネルギー問題」(19) <strong>我が国のエネルギー問題(その1)</strong>

□はじめに

 たまには、映画の話題に触れてみましょう。Facebookでは紹介しているのですが、年末に邦画「ラーゲリより愛を込めて」を、つい最近は、アメリカのゴールデングローブ映画祭の非英語映画賞と歌曲賞に輝いたインド映画「RRR」を観賞しました。

 「ラーゲリ」の二宮和也演じる主人公は、島根県出身の実在した方で、戦後、シベリアに抑留され、1956年の日ソ平和条約締結によって最後の引き揚げとなる直前に現地で病気に亡くなった方です。私自身、シベリア抑留の状況については書籍や写真などを通じて全く知らないわけではなかったですが、あらためてその生活や労働の悲惨さ、生きて帰ろうとする抑留者の皆様の思いや葛藤などが本当にリアルの描かれており、何度も何度も涙が流れました。映画では、主人公のお人柄がたっぷり描かれた最後の方で、子供たちに残した遺書の「生きる上で大切なことは道義である」との言葉にも強く胸を打たれました。

 「RRR」のRRRは、蜂起(Rise)、咆哮(Roar)、反乱(Revolt)を意味し、インドがまだイギリスの植民地だった頃を舞台に、立場の違う2人の主人公が出会って友情が深まり、立場を知って争いもあったが究極的には助け合って目的を達成するというストーリーですが(細部は省略します)、評判どおりの迫力やキレキレのダンスもあって3時間があっという間でした。私自身は、英国のインド支配がいかに残虐で卑劣なものであったかを強く印象づけたこの映画をアメリカ映画界が認めたことに驚きましたが、そのくらい、当時の状況がリアルに表現されていました(実際にはこの程度でなかったことは容易に想像つきます)。

私は、日本人はこのような映画をしっかり観るべきと考えます。前者からは、今ある我が国の独立とか平和の陰にこのような日本人がたくさんおられたことを知ってもらいたいし、後者からは、わずか70数年前までは、インドのみならずアジアやアフリカ各地で西欧文明至上主義のもと、徹底的な人種差別による残虐な植民地支配がはびこっていた事実や、国家が独立するという意義や価値を感じ取っていただきたいと願っています。

「RRR」には100億円近い製作費が投入されたということですが、ハリウッド映画に引けを取らない完成度だったことから、この世界の“格差”が縮まっていることにも強く印象に残りました。インド映画を馬鹿にしてはいけません。

▼ドイツのエネルギーひっ迫と事態打開方策

 さて前回の最後に、エネルギー危機の原因は、地球温暖化対策を強調して間欠性のある再生可能エネルギーに依存し過ぎた結果、コロナ禍やウクライナ戦争という予期せぬ事態に追随できず、需要と供給のバランスが崩れてしまったことにあると述べましたが、問題は、このような“不可測な事態”が発生するのは今回限りなのか、あるいは、将来も起こり得る可能性はあるのか、ということにあります。これの対する見解も立場によって意見が真っ二つに分かれることでしょう。

この細部は後述するとして、今回の非常事態に対して、ドイツがどのように対処したかは、我が国にとっても大いに参考になると思いますので、概要のみを紹介しましょう。

ロシアのウクライナ侵攻によって、欧州諸国は、地球温暖化対策上、「化石燃料はダメだ」とばかり言っていられない状況になりました。“背に腹は代えられない”ということでしょう。まさかの時には、環境や気候変動よりも、日々の快適な生活や生存が優先するということのようです。

これまで信頼できるエネルギー供給国と信じ込んでいたロシアが当事国になったのです。特にドイツは、2020年時点で石油の34%、天然ガスの43%、石炭の48%をロシアからの輸入に依存していました。それにメルケル前首相とプーチン大統領の蜜月を背景に着手したパイプライン「ノルドストリーム2」が稼働すれば、対ロシアガス依存度は7割に達するところだったのです(「ノルドストリーム2」はすでに完成はしているようです)。

そのようなロシアガス依存の背景は、福島原発事故の後、地震も津波もないドイツが「脱原発」の大幅前倒しを決めたエネルギー政策に発端がありました。つまり、ロシアのガスの供給の増加と再生可能エネルギーの拡大に合わせて、原発を大幅に縮小するという計画でした。

CDU(キリスト教民主同盟)のメルケル首相退陣後のドイツの現政権は、社民党、緑の党、自民党3党の連立政権になっています。特に緑の党は、今では環境党として知られていますが、結成当時は、反体制、反核、反原発、ウーマンリブ、フリーセックスなどを謳っていた新左翼でした。その後も「反炭素」「反原発」を掲げ、2022年以降は「脱石炭」も掲げており、彼らが目指しているのは、再生可能エネルギー100%の世界なのです。

現政権は、緑の党の主張を取り入れ、2021年暮れに、6基残っていた原発のうちの3基を止め、2022年1月、再生可能エネルギー比率の目標をそれまでの65%から80%に引きあげました。

そこに、ロシアのウクライナ侵攻が勃発したので、ドイツは悲鳴を上げました。そのはずです、EUが対ロシア制裁を決めると、ロシアガスがストップして窮地に追い込まれることを覚悟して、ドイツも加わらなければならなかったのでした。そして案の定、ロシアのガスが徐々に減り始めると、ドイツは、誰が誰に制裁を科しているのかわからないような状態になり、その代替として、予備の褐炭発電を稼働させる方針を発表しました。褐炭は石炭よりCO2排出が多いことで知られていますが、これまでCO2を“毒ガス扱い”にしてきた緑の党を含む現政権にとっては、「苦渋の選択」などの言葉では言い表せないくらい、真逆の政策への変更を余儀なくされたのです。

ドイツは、ロシアの代わりにカタールやカナダへ天然ガスの供給を懇願しましたが、どこも不首尾に終わりました。そして残った3基の原発については、1基は予定通り止め、残りの2基は予備として4月まで待機させるという方針に発表しましたが、国民の反発もあって、4月半ばまで稼働延長を打ち出したのです。

昨年の9月26日には、2011年以来稼働していた「ノルドストリーム」が爆発し、その後の調査で50メートルほど破損していることが判明しました。その真犯人は未だに不明です。

このように、ドイツのエネルギー政策は大幅に揺れています。これまでのロシアガスより安いガスは存在しないため、インフレも進みました(最新の発表では昨年12月で9.6%)。ただ、政府がガス代を支援しているため、予想以上にインフレは減速しているとも分析されています。

幸いにも、今年の“暖冬”が味方したようですが、ドイツは、フランスからは原発で発電でした電力を、ポーランドやチェコからは石炭火力で発電した電力を輸入しています。これは「ドイツの原発は不可だが、フランスの原発はOK」あるいは「ドイツの石炭火力は不可だが、ポーランドやチェコの石炭火力はOK」ということを意味し、あまり身勝手で矛盾しているとの批判もあります。

最近、ドイツがウクライナに歩兵戦闘車「マルダー」を供与することとか、ポーランドがドイツ製の戦車「レオパルド」を供与することがニュースになりました。ウクライナ戦争勃発後、それまでの「紛争地域に武器を輸出しない」としてきたドイツはその政策を変更して、軍事、経済、人道支援の総額は、アメリカ、イギリスに次いで3番目に多くなっています。背景には、エネルギー源のロシア依存から脱却するため、おおよそのメドがついていることがあるのかも知れませんが、欧州の歴史的経緯からドイツ自体が複雑な立場にあることなども重なって、依然として不透明な部分が残っており、今後ともドイツの政策に注目する必要があるでしょう。

このように、エネルギー政策は、一歩間違うと国家の存亡にかかわるといっても過言でないでしょう。その前例として、我が国はドイツの今回の混乱(失敗というべきか)から大いに学ぶべきと考えます。

▼我が国の資源エネルギーの変遷

 

さて我が国のエネルギー事情です。ご存じの通り、各省庁は毎年、政治社会経済などの実態や政府の施策の現状を国民に周知することを目的に「白書」を発刊しています。個人的にも防衛白書をはじめ、これまで多くの白書を紐解いた経験がありますが、経済産業省の資源エネルギー庁が発刊している「エネルギー白書」は、その中でも我が国の資源エネルギーの実態や政策が実によく整理されている“優れもの”との印象を持ちます。ぜひ皆様もぜひ一度ご覧ください。白書の中身を抜粋する形でまず我が国の資源エネルギーの変遷を紹介しましょう。

 最も新しい2022年版白書の第1部第1章が「福島復興の進捗」から始まるように、我が国は、「東日本大震災」を契機にエネルギー政策が大きく変貌し、依然としてその後遺症から抜けきれないことがわかります。

 その細部はのちに触れるとして、GDP世界第3位の我が国のCO2排出量は全体の約3%ということからもわかるように、実質GDP当たりのエネルギー消費は世界平均を大きく下回る水準を維持しており、インド、中国の5分の1から4分の1程度の少なさであり、 省エネルギーが進んでいる欧州の主要国と比較しても遜色ない水準となっています。これは誇れることです。

これには長い歴史があります。我が国のエネルギー需要は、1960年代以降急速に増大し、それまでの国産石炭依存から中東の地域で大量に生産される石油に転換したことによって高度成長時代を迎えることになりました。当時は石油が安価だったこともあって、1970年代前半には、一次エネルギー供給の75.5%を石油に依存していました。

しかし、1970年代に発生した2度の石油危機によって原油価格の高騰と石油供給断絶の不安を経験した我が国は、エネルギー供給を安定化させるため、石油依存度を低減させ、石油に代わるエネルギーとして、原子力、天然ガス、石炭の導入を進め、新エネルギーの開発を加速させていきました。その結果、一次エネルギー供給に占める石油の割合は、2010年には40.3%と大幅に低下し、その代替として、石炭(22.7%)、天然ガス(18.2%)、原子力(11.2%)の割合が増加することで、エネルギー源の多様化が図られました。

一方、2度の石油危機を契機に、製造業を中心に省エネルギー化(省エネ)が進むとともに、省エネ型製品の開発も盛んになり、こうした努力の結果、エネルギー消費を抑制しながら経済成長を果たすことができ、その結果が、実質GDP当たりのエネルギー消費が世界平均を大きく下回る水準の維持につながりました。

こうしてみますと、まだ人為的CO2の排出削減が世に叫ばれるだいぶ前、つまり、地球が寒冷化していた頃から、我が国はエネルギー消費を大幅に削減してCO2排出を抑制してきたことがわかります。

しか し、2011年に発生した「東日本大震災」の結果、その後の原子力発電所の停止により、原子力に代わる発電燃料として化石燃料の消費が増え、減少傾向にあった石油の割合が、2012年度に 44.5%まで上昇しました。その後、発電部門で再エネの導入や原子力の再稼動が進んだことなどにより、石油火力の発電量が減少しました。その結果、一次エネルギー供給に占める石油の割合は8年連続で減少し、2020年度には、1965年度以降最低の36.4%となりました。

ただ、この石油に加え、天然ガス、石炭を加えた化石燃料が一次エネルギー供給に占める依存度は、2019年時点で88.3%となっています。このあたりが環境団体から「化石賞」を受賞した要因になっていると考えますが、確かに、化石燃料の比率だけをみれば、原子力の比率が高いフランスや、風力、再生可能エネルギーの導入を積極的に進めてきたドイツなどと比べると高い水準にとどまっています。

化石燃料の依存度が高い国を挙げますと、中国が87.6%と日本に次ぐ高依存ですが、中国の場合、CO2排出量が大きい石炭の化石燃料に占める比率が61.1%と、日本の27.8%に比してダントツで世界一になっています。それ以外では、米国(81.8%)、イギリス(77.3%)、インド(75.6%)などが続くなど、列国とも依然として化石燃料の比率が高いことがわかります。

これらの化石燃料のほとんどを輸入に依存している我が国なので、前回紹介しましたように、エネルギー自給率12.0%という数字となって現れるのです。つまり、これらの安定的な供給は、今もそして将来も我が国の大きな課題と言わねばならないでしょう。

そして、二次エネルギーである電気は長期的には多くの分野で使う場面が増え、電力化率は、1970年度には12.7%でしたが、 2020年度には27.7%に達しました。家庭用及び業務用を中心に電力需要は2000年代後半まで増加の一途をたどりましたが、特に東日本大震災後は節電等により水準が一時的に低下し、2020年度以降はコロナ禍の影響で、最終エネルギー消費に占める非電力エネルギーの消費が減少したのに対して、テレワークの普及から情報・通信機器利用増加や在宅率上昇に伴う家庭用の電力需要が増加したことなどによって、2019年度対比で1.5%上昇した結果が2020年の数字のようです。

一方、昨年来、電気料金の値上がりが深刻な話題になっています。今年の4月頃には各電力会社とも平均28~45%の値上げを申請していることもニュースになっています。元々の自給率の低さに加え、東日本大震災の影響、気候変動対策、ウクライナ情勢などを考えるとこれまでが安すぎたのかも知れませんし、安定供給のためにある程度の値上がりは容認する必要があるとも言えるでしょう。

人為的CO2排出ゼロ、つまり2050年までに「脱炭素」を目指して、我が国が現状のエネルギー資源をどのように転換するか、つまり今後のエネルギー政策をどのように考えればよいのか、またそこにはどのような問題が内在しているのかなどについては、「エネルギー白書」で紹介されている政策を含め、次回以降、取り上げましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)