我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(92)『強靭な国家』を造る(29)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その19)

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我が国の未来を見通す(92)『強靭な国家』を造る(29)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その19)

□はじめに

 久しぶりに私的なことを書かせていただきます。4日の土曜日、神保町まで足を運び、開催中の「神田古本まつり」で手当たり次第に古本を物色したところ、いつものように“即決”を繰り返し、なんと12冊もの書籍を一挙に購入してしまいました。

“秋の夜中”などと悠長なことは言っておれない日々を送っているのですが、ジャンルも違い、著者も発刊年次もばらばらな書籍をみて、改めて自分の“好奇心の旺盛さ”に驚くほどでした。

実は書きたかったことは別にあります。どの書店を訪れても、古書ではありますが、それぞれの分野の“専門書”が小説や雑誌などに交じって“所狭し”と陳列されていました。改めてそれぞれの分野の研究に一生を捧げ、書籍のような形でその職責を残された専門家の皆様のご苦労とか責任とか愛情とかが伝わってきて感慨深いものがありました。

そして、古本だけによけいに時代の流れとか歴史を感じ、その積み重ねの延長に“現在社会”があることを再認識し、改めて自分の浅学菲才を恥じ、敬意を表するばかりでした。

最近は、必要な古書はほとんどアマゾンで買ってしまいますので、本当に久しぶりの神保町でしたが、もう少し時間の余裕ができれば、足を運ぶ回数が増えそうです。

5日の日曜日は、「ゴジラー1.0」の映画を観賞しました。これから観られる人たちのためにあらすじの紹介は省略しますが、終戦直後の東京にゴジラが上陸するというシーンでした。

ゴジラ自体はフィクションなのですが、ゴジラに立ち向かった主人公をはじめ、関係者の勇敢さはみごとなものでした。しかし、それ以上に、製作者がこの映画を通じて訴えたかった、当時の「日本人の精神」のようなものが手に取るようにわかり、「日本もまだこのような映画が作れるのだから“捨てたものではない”」と安堵しつつ、本映画の製作自体に感動して涙が流れました。この“捨てたものではない”の続きは、本論で取り上げましょう。

▼「国家意思」として目指したいこと

 さて前回の続きです。一般的な意味で「伝統」とか「文化」などと言っても、具体的なことがわからないと実際に「誇り」を持つことなどできないでしょう。

しかし我が国は、実際には、他の国にはなく、日本(人)独特の「良さ」とか「利点」とか「強み」など表現される、いわば“本質的特性”のようなものがたくさんあります。それらが実際の「伝統」や「文化」を形作っているのでしょうし、「誇り」の対象にもなり、かつ個人の意思や精神の集大成として「国家意思」のコア(核)として“目指す方向”にも直結するものになると考えます。

戦後の“行き過ぎた教育”のせいもあって(その細部はのちほど触れましょう)、多くの日本人の頭が消え去ってしまっている、日本(人)の“本質的特性”のようなものについて、有識者が紹介しているものを列挙してみましょう。

まず、ケント・ギルバート氏は、「日本で左派思想に惹かれる人々の中にも、実は驚くほど『伝統的な価値観』なるものを持った人がいる」として、安倍総理の『美しい国、ニッポン』に猛反発しても、日本という国や郷土に対しては、何の嫌悪感を持たず、むしろ絶対的な信頼と愛着を持っていることを強調し、つまるところ、彼らも“純粋すぎる日本人”であると結論づけています(『ついに「愛国心」のタブーから解き放される日本人』より)。

この指摘のように、巷には、(偏ってはいても)強いプライドとシャイさが同居しているような“純粋すぎる日本人”がたくさん存在することは事実ですので、ケント氏のこの結論にこそ “彼らをしてその気にさせる”大いなるヒントが含まれているのではないでしょうか。

保守層がよくやっている、“上から目線でたたみかける”ような物言いでは彼らの反発を強くするだけで、心を動かすことは難しいと考えます。知的レベルの高い人(特に高齢者)ほど自分自身(の考え方)に自信を持ち、プライドも高く、信念も強いでしょうから、これを“軟化”するのは簡単でないことを知る必要があるのです。

加瀬英明氏は、「日本は『和』の国である。日本の『和』の心は他国には存在しない。日本の『和』は、人々が合意することによって成り立っているものではなく、人々が意識することなく存在している」と語ります(『新しい日本人論』〔加瀬英明、石平など共著〕より)。

加瀬氏は、その「和」は“性善説”に基づいているとして、国内的には大きな強みだが、“性悪説”をとっている他国には通ぜず、国外に対しては大きな弱点になることも指摘しています。

これこそが、これまで再三述べてきた“孤立国・日本”の限界でもあり、「和」の考え方が、人類社会の理想に近いものであっても、これを世界の隅々まで普及させるのは永遠に不可能であると悟り、“ではどうすればよいか”を詰めていく必要があると考えます。

数学者の藤原正彦氏は、「この国は再生できる」として「美意識と武士道精神で、危機の時代を生き抜く」、あるいは「『日本人の品格』だけが日本を守る」ことを強調しています(『日本人の真価』より)。

その卑近な例として、このたびのコロナ禍において、「人権に気を取られている民主主義より全体主義の方が人の命を救う点で優れている」と主張しつつ“強権”を最大限に活用した中国と違い、あるいは、国民の自由に任せたところ、大パニックに陥って膨大な犠牲者を出す結果になった欧米列国とも違い、日本は、医療従事者の献身をはじめ、国民の高い公衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神などの“高い民度”を活用して、自粛要請という静かな決意でコロナを抑え込んだことを取り上げています。この事実は、世界的意義のあること結論づけます。

以前にも紹介しましたが、『「見えない資産」の大国・日本』(大塚文雄、R・モース、日下公人共著)は、中国やアメリカにはない強みとして、日本は、「インタンジブルズ」の宝庫であると強調します。

つまり、「日本人には美を求める心や平和を尊ぶ心や愛の心がたくさんある。また『道徳心』『好奇心』『忠誠心』『愛国心』などが、どこの国にも見られないほど豊かである」として、これら“無形のもの”が、場面場面で「一生懸命」とか「工夫する」とか、「約束を守る」「仕上げに凝る」「仲間を助ける」などの“形になって現れる”と強調しています。

私が尊敬する奈須田敬氏は、東日本大震災の直後の平成23年に『天下国家を論ず』と題して、30年にわたって発刊し続づけた『ざっくばらん』巻頭言20選を取りまとめた1冊を上梓しました。

本書の最後に「何百年に一度かの天変地異に見舞われて、現実は見るとおりの悲惨さ、というほかはない。こうなっては総理大臣、一市民のちがいもない。与党、野党のちがいもない。日本国民は肩をこすりあわせていきのびていくほかあるまい。―そう腹を決めたころから、新しい日本国民の芽生えを見出すことができそうだ。その芽は『ボランティア』という形ですでにかいまみせている」として「90年の生涯もけっして無駄ではなかった」と結んでいます。

ガザ地区などでも現に起きているように、他国なら略奪が発生してもおかしくないような悲惨な状況の中で、被災者は食べ物を分け合い、文句を言わず長蛇の列に並び、そして多くのボランテイアが被災地に入って、泥だらけになりながら様々な活動を続けました。奈須田氏は、そのような日本人の姿を“芽生え”としてとらえ、安堵されたのでした。

保守の論客・中西輝政氏は、自書『強い日本を目指す道』の中で、「グローバル化した世界だからこそ、その中で日本はむしろ、つねに『フルセット自前主義』の文明伝統に立ち返り、多極のなかで、『一極として立つ』という気概を示さねばならない。多極化世界でこそ、「自立の日本」を求められ、また可能となるのである」と提言しています。

この続きは、読む人が読めば感動ものでしょう。「この気概に気がつけは、再び日本が世界を引っ張っていく存在になることは不可能なことではない」として、「安定した時代の日本人は、皆『和魂(にぎみたま)』の持ち主で、『荒魂(あらみたま)』は眠り込んでいる。『和魂』は『目的喪失』危険も背中合わせなのである。だがひとたび危機の時代が到来すると、必ずや『荒魂』が眠りから覚め、『目を覚ませ日本!』と訴える。そして、世界の人々も、その声に耳を傾ける」と訴えます。

そしてこうしたリズムを繰り返すのが日本文明の一大特徴なのであり、「もはや途絶えた」と見えても「地下水脈」として日本人の奥深くに流れている。これこそが日本文明の核心たる「大和心」であり、「日本の底力の源泉」であると結論づけています。

さらに、「このことのもつ、ただならぬ重要性に気づいて、教育の場やマスコミでどんどん論じられるようになれば、日本人は急速に力を発揮する・・・それは各時代の日本人が証明してきたことだ」と付け加えます。中西氏もまた、日本は“豹変”する国であることを分かっているのではないでしょうか。

▼「国家意思」を表明することがスタート

いかがでしょうか。これらはほんの一例に過ぎないと考えますが、冒頭の「ゴジラー1.0」で述べたように、私が「日本はまだまだ捨てたものではない。まだまだ明るい希望が持てる」との想いを強く持てるのは、まさにここに紹介したようなところです。しかし、“希望を現実のものにする”には大ナタを振って荒治療する必要があることも事実でしょう。

顧みますと、戦後のわが国は、GHQの巧妙な「対日戦略」に何ひとつ逆らうことなく国家を運営してきました。講和直後の「吉田ドクトリン」などはその典型と考えますが、それからしばらく経って、GDPが戦前を上回った1956年頃から「もはや戦後ではない」との言葉を一人歩きしました。また、安倍元総理は、「戦後レジームから脱却」を掲げ、「教育基本法」の改正にも着手しましたが、その成果が上がっているとは言えないことはすでに取り上げました。

これらを総括するに、戦後世代の最大の過失は、「国家100年の計」といわれ、後に続く世代の「教育」に特段の関心を持たないまま放置してきたことにあると言えるのではないでしょうか。

つまり、GHQによる強制的な“墨塗り”教科書の内容を見直すことなく、70数年あまり、“行き過ぎた教育”を継続してきました。その結果、ここに紹介したような、日本の“本質的特性”を若者に教え、多くの日本人に認識させることができないまま時が流れました。

このような状況を創った最大の要因も終戦直後までさかのぼると考えます。少し補足しましょう。少し前の調査結果によれば、「自衛隊は憲法違反だ」と答える憲法学者は約6割を数えるそうですが、素人の私などからみても、憲法第9条を正確に読めば、この数字は法理論的には納得できない数字ではないと考えます。問題はそれから先です。この6割の学者のほとんどが「だから自衛隊を解体しろ」の方に走ってしまい、「自衛隊抜きでは国防が成り立たない。これは一大事だ。憲法を改正しよう」と声を上げている人は数えるほどしかいない状態が続いたのでした。

言葉を代えれば、最も高い知性を有すべき法学者をして、法理論の解釈を先行するあまり、「国防」とか「国のあり方」などに疑問や関心を持たない程度の“知的レベル”に留まってしまいました。

戦前の反省や軍への反発などについて理解できないわけではないですが、極端な話をすれば、「こちらから泥棒に入らなければ、我が家に入る泥棒はいない。よって、戸締りをする必要はない」と言っているようものなのです。そのようなことになぜ疑問を持たないのか、私は長い間、理解不能でした。

そして、このような恩師(達)のもとで、同じような思想や法理論を叩きこまれ、自らの知性や主義主張になんら疑問を持たないまま拡大再生産された多くの大人たちが、やがて法曹界、教育界、経済界、さらには政治家、官僚、有識者、マスコミ人などそれぞれの分野を“牛耳る”ようになりました。最近、政府の有識者懇談会による「日本学術会議に社会貢献要求」との記事を見つけ、当会議はこれまで“社会貢献すらしなかったのか”と呆れました。

このような状態では、「国家100年の計の教育を見直そう」との雰囲気などできるわけがなく、70数年余りの長きにわたり「教育」は放置されたままになってしまいました。私たち大人世代は、最近の「Z世代」を批判する資格はないと言えるでしょう。自分たちが「Z世代」を生んできたのですから。

さて、話を戻しましょう。周辺国が“日本をこのまま眠らせておき、覚醒しないように”と歴史問題などを蒸し返す狙いは、紹介したような日本(人)の“本質的特定”に“こわさ”を感じているからなのかも知れないのです。その考えが過剰防衛に走り、軍事力の拡大路線を走らせている要因の一つになっていると言えるでしょう。

私たち日本人は、認識しているか否かは別にして、日本文明の「心」あるいは「コア(核)」とも言えるような特性を依然として保持しています。保持していることが日本人のアイデンティティそのものでしょうから、これらを「誇り」として、今こそ、個人の意思や精神の集大成として「国家意思」の“目指す方向”に掲げることを求められていると考えます。

戦後の「教育」によって造成された価値観に凝り固まっている人たちにとっては、“思いもよらない”「国家意思」のたたき台を提示されても、にわかに賛同することはないでしょうから、我が国の無形の「資産」として後世に残すべき日本文明の「心」を謳うことについては譲れないとしても、どのような言葉や文章をもって表現すればよいか、などについては最大限の工夫が必要でしょう。

そのような内容を包含する「国家意思」を表明することがスタートであり、それを受けて、中西氏の言うがごとく、政界や教育界やマスコミ界で活発な議論を展開して頂きましょう。その結果、本質さえ変わらなければ若干の修正は“良し”としましょう。いずれにせよ、「国家意思」の表明がスタートであり、「国家戦略」とタックを組むことによって、輝かしい未来をつかみ取ることができると私は確信しています。今回はこのくらいにしておきます。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)