我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(20) 「農業・食料問題」(2) 我が国の農業・食料問題を取り巻く環境

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我が国の未来を見通す(20) 「農業・食料問題」(2) 我が国の農業・食料問題を取り巻く環境

□はじめに

 やはり冒頭にウクライナ問題に触れておきましょう。ロシアの作戦は当初の予定からかなり狂ったことは間違いないようで、作戦目的を「ドンバスの完全解放」と限定、ついには、「停戦」に至る具体的な詰めの段階まで歩み寄ってきたようです。

一方、真相は不明ですが、核兵器搭載の戦闘機がスウェーデンを領空侵犯したとの報道も流れたり、首都キーウ(キエフ)陥落をもくろんでいたロシア軍が撤退し始めた意図は、単に首都陥落を諦めたのか、あるいは化学・生物兵器、さらには戦術核兵器を使用するための“間合い”を取るためなのか、不明なところがあります。

これらから、ウクライナ情勢は再び大きな「岐路」を迎えていると考えられ、ウクライナや欧米諸国の報道などに一喜一憂するだけでなく、さまざまな展開の可能性を視野に入れつつ冷静に戦局の行く末を見守るべきでしょう。

 これまで私は、ウクライナ側の責任、つまり「戦争の抑止を間違えば今回のような事態になる」との観点から何度も取り上げてきましたが、最近、私自身の疑問が解けたこともありますので補足しましょう。

振り返えれば、冷戦終焉間近の1990年、ソ連がゴルバチョフによって自由化に踏み出した頃、ソ連邦の構成国だったリトアニアやラトビアは「独立宣言」しました。一方、ウクライナをはじめ、カザフスタン、ベラルーシなどは「主権宣言」をしました。その理由は、最高会議の過半数を共産党が占めていたため、「独立宣言」の採択が不可能で、国家の基本方針を先行するような形で「主権宣言」決めておくことで独立派が妥協したという事情があったようです。

実は、この「主権宣言」の条文に問題があり、2014年のクリミヤ侵略や今回の侵攻を生むことになった時限爆弾が潜んでいたといわれます。

その条文には「ウクライナは恒久的に中立国であり、いかなる軍国同盟にも参加しない。ウクライナは非核三原則を約束する」とありました。この時点では、「NATOに加盟する」などと言い出す雰囲気でなかったことは明白ですが、「非核三原則」を公表していた国は世界中で日本だけでしたので、「主権宣言」の起案者たちが日本を倣い、盛り込んだものと推測されています。

日本は、敗戦の結果として「非核三原則」以外の選択肢がなかったという事情がありましたが、このような事実を無視し、起案者たちは、将来の国家の基本方針となる文章にわざわざ自らの意思で自国の首を絞める条文を入れてしまったのでした。その理由としては、(1)当時のソ連の謀略だったという説と(2)ウクライナの“平和ボケ”の結果である、との説がありますが、その条文が公開された時にだれも異論を唱えなかったのも事実のようです。

この宣言が出発点となって、ロシア、アメリカに続き世界第3位の核保有国だったウクライナは、1994年、米英ロと「ブダベスト覚書」に署名し、段階的に核兵器を旧宗主国ロシアに返納した後、核施設を破壊して核保有国の地位を完全に放棄しました。

実は、この「覚書」の内容にも問題がありました。まず、「約束を破るために約束する」といわれるロシアが、「条約」よりずっと弱く、法的拘束力のない「覚書」を守るわけがなく、2014年、堂々と破り、クリミヤ半島を侵略しました。

また、「覚書」には、「米英ロは、ウクライナに対して武力威嚇及び行使を控える義務を確認する。ウクライナが侵略を受けた場合には国連安保理に対してウクライナを支援する行動を起こすことを要求する」程度の内容しか記載されておらず、米英のウクライナの防衛義務は記載されていなかったのです。よって、今回の事態においても、米英が安保理への働きかけと支援以外に何もしないのは、「覚書」違反ではないのです。

私は、この内容を最近ようやく知って唖然としましたが、「ただ同然の覚書でウクライナは世界第3位の核戦力を放棄した」といわれるのはまさに事実だったのです。いま再び、主要11か国による新しい安全保障の枠組みなどが取りざたされていますが、そう簡単ではないでしょうし、仮に合意できても、「覚書」と同じように“骨抜き”になりはしないかと心配しております。

上記のような事情について私たちはほとんど知らないと思いますが、ウクライナ問題は、このような歴史を知らないと理解できないことを改めて付記しておきましょう。

もし仮にウクライナが現在も核戦力を(その一部でも)保有していたら、またすでに触れたように、通常戦力の大幅削減に「待った」をかけていたら、先のクリミヤ侵略も今回の侵攻も起きることはなかったと私は思います。

私たち日本人は、これが国際社会の「現実」であることをしっかり認識する必要があるのです。

私の後輩たち、防衛大学校卒業生の任官拒否が過去2番目の72人になったとニュースが流れました。それぞれ違う理由があるにせよ、ウクライナ人の“爪の垢”でも飲ませたいと思いつつ、とても残念であり、国民の皆様に申し訳ないと思っています。国を挙げて真剣に国防に取り組まなければならない今だからこそ、よけいにそう思います。

▼「耕作放棄地」の弊害

さて、本題に戻りましょう。前回、「耕作放棄地」の話題を取り上げました。またまた個人的なことで恐縮ですが、私は福島県田村市の寒村出身ということについてはすでに告白しましました。だいぶ前から過疎化が進んでいた地域でしたが、福島原発に近いこともあって東日本大震災を契機として一挙に過疎化に拍車がかかってしまいました。

墓参りなどのためにたまに帰りますと、幼なかりし頃の記憶にしっかり焼き付いている故郷の“原風景”の変わり果てた無残な「耕作放棄地」(「荒廃農地」というべきかも知れません)が目に飛び込んできます。そのような風景を見るたびに、時の流れを感じつつもある種の寂しさを感じざるを得ません。

 実家は、かつては2町歩(20反)ほどの稲作を営む、地域にしては大農家でしたが、「減反政策」の結果、大規模な稲作を諦め、酪農やドジョウの養殖で生計を立ててきました。すでに隠居暮らしをしている兄は、「政治家と官僚の愚策(「減反政策」を指します)によって50年も前に農家はつぶされた」とぼやきますが、かつては20軒ほどあった稲作農家は今では2軒のみとなり、実家の残った田んぼはその農家に貸しているようです。

読者の皆様の中の地方出身の方は、これほど極端ではなくとも、故郷の変わり果てた風景に感慨深い気持ちを持った方も少なくないと思います。私は、我が国の農業の衰退は、食糧問題に直結するだけに留まらず、元来、「農耕民族」の日本人が持つ故郷や農業に対する愛着心、言うなれば“アイデンティティ”まで何か別のものに変えてしまっているような気がしてならないのです。いやすでに変わってしまっているのかも知れません。そして、このことが日本の未来にどのような影響を与えるかについては、まだだれもわからないというべきでしょう。

それでは、我が国の「農業・食料問題」の解決を根本的に考えるために、まず、「農業・食料問題」をとりまく環境からその現状と見通し得る将来について考えてみましょう。

▼環境問題と農業・食料問題

 まず、地球規模で議論されている問題からスタートしましょう。その第1に「環境問題」です。

 「環境問題」といっても、「地球温暖化」「異常気象」「大気汚染」「生態系異常」「酸性雨」「砂漠化」「廃棄物問題」「自然災害の増加」「水の確保」など、実際の問題は広範囲に渡ります。

それらの細部については、本メルマガ第3編の「気候変動問題」で取り上げることにしますが、たとえば、農業問題に直結する「里山」の存在が最近、よく話題になります。里山とは、原生的な自然と人間が住む集落の中間に位置し、人間の働きかけによって環境が形成・維持されてきた山と定義するのが妥当でしょう。

里山の存在が土地の荒廃や砂漠化、つまり土砂崩壊を防止するともに、土壌の侵食を防止します。さらには、洪水も防止し、生物の多様性を保全するともいわれます。何と言っても、前述しましたように、里山は、田畑とともに「うさぎ追いしかの山」の“原風景”としてとても重要な要素であり、環境問題として片づけてしまう以上に大きなインパクトがあると考えます。

環境問題は、地球規模で叫ばれていますが、その実は、里山のように身近にあることは明白で、最近の「SDGs」の取り組みにも直結しています。その細部については後で触れることにしましょう。

地球規模の問題のひとつに「エネルギー問題」もあります。農業・食料問題とエネルギー問題は直結しないような気がしますが、地球環境に対して負荷のないエネルギー、つまり二酸化炭素を吸収して成長しているバイオマス資源を燃料とする発電が増加傾向にあります。

我が国においては、2020年現在、自然エネルギーの割合は約20%でそのうちのバイオマス発電はさらに約20%ですので、全体からみればわずかに4%ほどです。一方、現在、石油消費量の額30%をバイオ燃料に代替しようとしているアメリカは、バイオマス資源を現在の年間4億7300万トンから約11億トンに拡大可能と見積もっているといわれます。広大な農地を有するアメリカなればこそ可能なバイオ資源なのですが、問題はこのトン数です。

1人の人間が1年間に食べる食料は平均約1トンと言われますので、日本全体では年間約1億3千トンの食料が必要なことになります。ラフな見方ですが、アメリカは、現在の日本人の年間食料の3年半分、将来はほぼ10年分の食料をバイオエネルギーに変換することになります。

将来、食料の確保がますます重要になってくる我が国にあっては、農業生産物を食料にするか、バイオマス資源にするか、というような問題が発生するのは考えにくいですが、アメリカのような農業大国にあっては、「外国への食料輸出か、自国のエネルギー資源か」という判断が発生する可能性があることでしょう。少なくとも、食料の価格に大きな影響を与える可能性があることは覚悟すべきと考えます。

▼少子高齢化・過疎化・空き家問題

 少子高齢化問題や過疎化問題については、第1節でたっぷり取り上げました。過疎化によって、「限界集落」や「消滅可能性都市」の拡大と農業従事者の高齢化・減少は直結する問題でしょう。

 すでに紹介しましたように、政府は1970年以来、「過疎化地域自立促進特別措置法」等の「過疎4法」を制定・実行して、さまざまな政策を実行してきました。岸田首相は、目玉政策の一つとして地方の活性化を狙った「デジタル田園都市国家構想」を掲げていますが、そのような政策が過疎化を防止する手段になるかどうかは不明でしょう。

 過疎化と密接な関係にある「空き家」についても触れておきましょう。我が国の居住総数は約6260万戸といわれますが、現在その約15%に相当する約929万戸の空き家が存在します。その数も、昭和の終わりの昭和64年は394万戸だったものが、平成10年は576万戸、平成20年は757万戸と年々増加し、今に至っています。

 空き家も地域差があります。ただし「空き家率」で比較すると必ずしも過疎化地域とは一致していません。全国で空き家率が最も高いのは山梨県(22%)、次いで長野県(20%)、和歌山県(18%)と続きます。別荘も空き家とカウントされていることから高くなっていると考えられます。

全国的にみれば「西高東低」、つまり、西日本の方の空き家率が高くなっており、意外に低いのが比較的過疎化が進んでいるといわれる東北地方です。中でも、宮城県(9%)、山形県(11%)などは全国で空き家率が最も低くなっています。これには、親子の同居率が高いことや“家”に対する考え方の違い、日本海側には雪の影響で空き家はすぐに傷んでしまうというようなこともあるのかも知れません。

 現在、「空家等対策特別措置法」(平成26年制定)に基づき、国も地方自治体もさまざまな空き家対策に取り組む一方、民間企業も大手不動産が「空家バンク」を全国的に展開するなど、積極的に取り組んでおります。なかには、「農地付き物件」もあるなど、空き家は、将来の農業問題の解決に向けて重要なインフラであると考えます。その細部はのちに触れることにしましょう。

今回はこれくらいにして、次回、我が国の食料事情について詳しく取り上げてみたいと思います。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)