我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

Home » 農業・食料問題 » 我が国の食料事情 » 我が国の未来を見通す(21) 「農業・食料問題」(3) 我が国の食料事情

我が国の未来を見通す(21) 「農業・食料問題」(3) 我が国の食料事情

calendar

reload

我が国の未来を見通す(21) 「農業・食料問題」(3) 我が国の食料事情

□はじめに(ロシアの「ハイブリット戦」)

 今回もウクライナ情勢について続けましょう。先週前半までは「停戦」合意間近のような雰囲気でしたが、キエフ郊外の一般市民の大量殺戮のニュースが流れて以来、ウクライナ情勢はまたまた混迷を深めてしまったようで、今後もしばらくこのような悲惨なニュースが続くことを覚悟しなければならないのかも知れません。

 今回は、ウクライナ侵略を引き起こしたロシアの「軍事ドクトリン」について簡単に触れてみたいと思います。テレビなどに頻繁に顔を出すロシア研究家であっても「軍事」を知らないせいか、あまり話題にならないのは不思議です。

 個人的には、その痛ましいばかりの一般市民の殺戮こそ、ロシアが推し進めている軍事ドクトリンともいうべき「ハイブリット戦」の実態そのものであろうと考えています。

その細部まで説明する紙面の余裕はないのですが、本ドクトリンは、「旧ソ連の構成圏でロシアの国益が侵されたら、非軍事力な手段から軍事力の行使まで含めて国益を擁護する」というロシアの「安全保障戦略」に基づいていることは明らかで、この考えは、プーチンのみならず、華やかなりし頃のソ連邦を経験し、かつ冷戦終焉で屈辱感を味わった世代が共有しているのであろうと推測します。

「ハイブリット戦」構想は、非軍事手段として「サイバー戦」「電磁波戦」、軍事手段として「通常兵器戦」「核兵器戦」と区分され、「平時あるいはグレーゾーン」から「武力紛争」「局地戦争」「地域戦争」「大規模戦争」とラダーをつけて、逐次エスカレートしていく戦略を考えています。現時点では、ロシアとウクライナのみの戦争にとどまっている「局地戦争」段階で、非軍事手段を併用した「通常兵器戦」の領域にあると考えます。

 振り返るとロシアは、この「ハイブリット戦」構想に基づき、2007年のエストニアで大規模なサイバー攻撃を実施して国家を麻痺させたのを皮切りに、2008年にはグルジア紛争時にはサイバー攻撃と軍事攻勢を同時に行ない、紛争目的をわずか5日で達成しました。そして2014年には、巧みなサイバーを実施し、ウクライナ国内、特に東部地区の情報搾取や情報操作を行ない、社会混乱に乗じてクリミア併合の電撃作戦を成功させました。

 今回は、当初から核兵器の使用をチラつかせながら、本作戦が「地域戦争」や「大規模戦争」に至らないように欧米諸国をけん制したところ、それを恐れたバイデン大統領は当初から「武力介入しない」ことを明言したため、「局地紛争」を容認してしまいました。プーチンの方が一枚上手だったということでしょう。

 ロシアは、このような経験を経て、隠密作戦としての「サイバー戦」と公然作戦としての「プロパガンダ」の両輪から成り立っている「情報戦」(最近では、「影響工作」とか「認知領域」とも呼ばれるようです)にますます磨きがかかりました。

 今回の侵攻においては、サイバー攻撃はまだその全容はあきらかになっていませんが、侵攻前からウクライナ全土にわたって強力な攻撃を仕掛けたことでしょうし、中国がその一部に加担していたこともニュースになりました(中国はロシアの侵攻を知っていた証拠と指摘されています)。

 そして、侵略前からまた最近に至るまで、「誤情報」や「偽情報」、いわゆる“フェイクニュース”を巧みに使い、ロシア国内はもとより、こともあろうに国連に場においても、一切悪びれることなくプロパガンダを仕掛けています。これによって、自国の世論の支持、ウクライナや国際社会の情報操作・世論操作、さらには分断及び不安定化・弱体化を企図していると考えられます。

一方、これまでの経緯を振り返ると、ロシアは、その“成功体験”から、自らの「ハイブリット戦」に対する過信もあって、勝利を安易に確信して行動に出たものと推測しますが、いつの時代であっても、「戦争」は自らの計画通り進展することはあり得ません。ウクライナの徹底抗戦や国際社会の強い反発などは“想定外”だったのかも知れません。少なくとも、そのような事態の見積りについて、事前にプーチンにインプットされていなかったことは明らかでしょう。

ロシアはまた、「ハイブリット戦」構想の中で、宇宙、サイバー、電磁波、極超音速ミサイルの開発などを重視してきたことは明白ですが、その代償として、肝心要の陸軍、特に機動部隊については、装備の近代化や運用・訓練の優先順位が低かったのでしょう。将校から兵士まで軍人たちはほとんど“初陣”だったようで士気も低く、映像を観る限り、素人の域を超えていないような稚拙さがいくつも散見されます。

 「ハイブリット戦」の中で、非軍事手段と軍事手段の比率は4対1といわれ、圧倒的に非軍事的手段を重視しているのもロシアの特色です。その狙いとして、「政治的反勢力の形成」や「政治・軍事指導者の交代」なども含まれます。要人を拉致し、反勢力に仕立て上げる(逆らえば殺害する)ことや、抵抗するウクライナ人を「浄化」(久しぶりにこの言葉を聞きました)という名目で殺害しているのはまさにこの一環と考えるべきでしょう。

今回の侵攻の目的は、開始当初は「中立化」と「非軍事化」の次に「ネオナチ」だったと記憶していますが、途中からその優先順位を変更し、最近は、「ネオナチ」の一掃を最優先し、「浄化」を正当化していると推測されます。それにしても、「ネオナチ」というレッテルとゼレンスキー大統領がユダヤ教徒であることとは関係あるのかどうか不明ですが、歴史を知る者として不思議な感覚に襲われます。

現代戦は、「戦場」で起きていることは、衛星写真、サイバー、通信盗聴、さらにスパイ活動などによってほぼ100%筒抜けでしょうし、今回は特に、SNSを通じて、その実相がほぼリアルタイムに全世界に拡散されます。

ロシアは、そのような事実を知った上で、逆に利用し、悲惨な状況を見せつけることによって、不退転の強い意思を誇示する一方、「ウクライナ側の自作自演」としてプロパガンダにも利用してきましたが、さすがに“まずい”と考え始めたのか、「隠ぺい工作」も行なっているようです。しかし、その残虐性はすでに世界中に知れ渡り、強力な反発を受ける結果となってしまいました。

「ハイブリット戦」は、核兵器の使用まで想定していることから「目的のためには手段を選ばない」ことも明白で、ロシアを追い詰めれば追い詰めるほどその残虐性が増大することも懸念されます。

歴史を紐解くと、ロシア(軍)の極悪非道ぶりは枚挙に暇がありません。今も今後も変わらないでしょう。民族の“血”はそう簡単には変らないと覚悟し、警戒心を怠ってはならないと私は考えてきましたし、今もそう思っています。

 ウクライナ側も熾烈な「ハイブリット戦」を展開していることは間違いなく、ゼレンスキー大統領の日々の活動もまさに情報戦ですし、真相は不明ですが、ロシア軍の“個人情報”を丸ごと手に入れるウクライナ軍の情報収集能力も決して低くないことは明らかです。

このようなテーマになりますと、筆が速くなり、つい長くなります。いずれ、NATOの現状や問題点にも触れてみたいと考えています。今回はこの辺にして本題に入ります。

▼我が国の「食生活」の変化

 我が国の農業・食料問題を考える際に、日本人の「食生活」の変化をチェックする必要があると考えます。ここ数十年の間に、国民の「食生活」は様変わりしました。

 昭和40年頃の日本人の一人当たりの食事の内容と消費量は、ごはんは一日5杯、牛肉料理は月1回(1食150gの肉料)、牛乳は週に2本、植物油は1.5ℓボトルを年に3本、野菜は1日300g程度、果実は1日80g程度、魚介類は1日80g程度だったといわれます。

それが平成25年になると、ごはんは1日3杯、牛肉料理は月3回、牛乳は週に3本、植物油は年に9本、野菜は1日250g程度、果実は1日100g程度、魚介類は1日75g程度に変化します。

これからわかるように、主食の米、野菜、魚介類が減り、逆に牛肉料理、牛乳、植物油、果実の消費が増加しています。牛肉や牛乳の飼料、植物油の原料、野菜、果実、魚介類の加工品も輸入していることから、“比較的自給できる食料品の消費が減り、輸入に依存している食料品の消費が増加している”ことがわかります(細部はのちほど触れます)。

また、日本人の食事の栄養バランスも昭和35年頃は、炭水化物76.4%、タンパク質12.2%、脂質11.4%だったものが、45年後の平成17年頃には、炭水化物58.0%、タンパク質13.1%、脂質28.9%になるなど、炭水化物への依存度が極端に減り、脂質、次いでタンパク質に依存するようになったことがわかります。最近は、脂質の過剰摂取や野菜の摂取不足など栄養の偏りも指摘され、その結果、肥満者が増加し、2型糖尿病患者やその予備群の増加につながっていることも指摘されています。欧米人の食生活にだんだん似てきているのです。

▼主要農産物の自給率

 さて、我が国は現在、食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースで66%と低く、先進国の中で最低水準になっていることはすでに述べました。問題なのはその内訳にあります。

 主な農産物の自給率をみてみますと、コメは100%で問題ありません。しかし、このことが逆に自給率の低さに危機意識を持たない要因になっている一面もあります。主食としての米への依存率が年々下げっているという現実を顧みず、「最悪の場合、ごはん(米)を食べればいい」とある種の油断のようなものがあるような気がしてならないのです。

 米以外の自給率は、小麦13%、大麦8%、大豆7%、ばれいしょ73%、野菜78%、果実42%、牛乳・乳製品63%、魚介類60%、牛肉59%、豚肉53%、鶏肉62%となっています。

米以外の炭水化物や大豆の自給率が1割前後しかないことは問題でしょう。特に、日本人のソールフードといわれる味噌や醤油もその原料となる大豆はわずかに7%の自給率しかなく、ほとんどが輸入大豆に頼って加工しているのが現実です。

それに、5割程度の肉類を自給するための飼料となる「とうもろこし」の自給率はなんと0%、すべて輸入に頼っています。

実は、もっと大きな問題が内在しています。これらの農業生産物を特定に国に依存していることです。たとえば、小麦の輸入は、アメリカ(45%)、カナダ(34%)、オーストラリア17%が上位3か国です。大豆は、アメリカ69%、カナダ15%、ブラジル15%、牛肉は、オーストラリア54%、アメリカ38%で上位2か国がほぼ独占し、飼料用のトウモロコシに至っては74%をアメリカに依存しています。

これらから、我が国の生殺与奪の権は、ダントツでアメリカが握り、次いでカナダ、オーストラリアと続きます。戦後の日米安全保障条約は、今や、外交や防衛上の要求のみならず、我が国の食料安全保障政策上も必要不可欠であると認識することが求められているのです。

▼食料輸入に影響を与える要因

 すでにとりあげたように、このたびのウクライナ問題が一時的あるいは長期的に小麦などの供給体制に著しい影響を与えることが懸念されていますが、それ以外にも我が国の食料輸入には大きなリスクが内在しています。少し詳しくみてみましょう。

 そのためには、国際社会全体の中の農業生産物の「供給」と「需要」を両サイドからそれらに影響を与えると考えられる要因をチェックする必要があります。

まず、「供給」に与える要因です。これまでも異常気象と言わないまでも天候不順、あるいは逆の「豊作」が農産物の供給量や価格に多大な影響が及ぼしてきました。天候不順では、2006年の豪州大干ばつ、2010年のロシア干ばつ、2015年の欧州高温多湿、2016年の南米天候不順など取り挙げればキリがありません。逆に豊作も、2008年の世界的な小麦等の豊作、2013・14年の世界的なとうもろこし等の豊作などもありました。

近未来的には、人工衛星による地球の観測開始以降最大の噴煙が発生したといわれる、今年1月15日のトンガ海底火山の噴火の影響は現時点では不明です。1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山の噴火の2年後、記録的な冷夏となって日本の米が大凶作になったことを覚えている方も多いことでしょうが、南半球とはいえ、トンガ海底火山はピナトゥボ火山クラスといわれますので、その影響が少なくないことは明らかでしょう。

将来的には「地球温暖化」、つまり気候変動の影響を著しいといわれます。これについてはさまざまな説がありますが、本メルマガでは第3編「気候変動問題」で詳しくとりあげることにします。

その中で、次のような一方的な見方もあることを紹介しておきましょう。温暖化が進むことによって、農作適地については、北半球は北上し、南半球は南下します。その結果、現在、農業生産物の輸出国のアメリカ、ブラジルなどが生産・供給量が減少して「負け組」に転落し、ロシア、カナダ、ウクライナなどの生産・供給量が増加して「勝ち組」となるのだそうです。海流も同じような動きになり、海洋資源の供給地域も移動するといわれます。地域によっては「水不足」も取りざれています。これらについても第3編で取り上げましょう。

「需要」に与える要因もたくさんあります。まず、世界人口の増加です。世界人口は、2021年現在、78億7500万人で(前年比+8000万人)、このまま増加し続け、2050年頃には97億人ぐらいなり、その後は少し減少すると見積もられています。その内訳は、先進国はほとんど横ばいですが、中間国が約8億人増、開発途上国がほぼ倍増の20億人増になります。

この結果、発展途上国の食料需要が現在の約10億トンの1.6倍に相当する21億トンになり、中間国の需要も現在の23億トンから33億トンに増加します。

またすでに取りあげたようなバイオ燃料用の農産物の需要もかなりの確率で増加することが見積もられています。

農業生産物の輸入については、我が国はこれまで「供給」「価格」「品質」の「3つの安定」を追求してきましたが、将来は「供給」と「需要」の両面の阻害要因が拡大し、「3つの安定」が脅かされる可能性があると考えるべきでしょう。これらに対する対策等については次回以降取り上げましょう。長くなりました(つづく)。

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

この記事をシェアする

著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)