我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(23)「農業・食料問題」(5) 農業政策の概要

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我が国の未来を見通す(23)「農業・食料問題」(5) 農業政策の概要

□はじめに

 ロシアがウクライナ侵攻開始から2か月が経ちました。この2か月の間に、現在を生きる私たち人類は、これまでの人生で経験したことのないような、また、つい最近まで全く想像できなかったような、さまざまな“現実”を目の当たりにしました。しかも先行き不透明なまま現在進行形です。

 しかし、これらの“現実”から感じること、考えることは、国のよっても、人によっても差異があるようですが、地理的な近さもあっていち早く反応したのは欧州諸国でした。

なかでも、天然ガスの半分以上をロシアに依存しているドイツは、侵攻開始から3日後、ショルツ首相はGDP比1.5%の国防費を2%に増やすことを表明しました。近年、トランプ大統領に国防費増額を要求され、「ドイツはロシアに完全に制御されている」と名指しで批判されても重い腰を上げようとしなかったドイツの“決心変更”は電光石火でした。

また、EUの一員であってもNATOに加盟することなく、長年、中立を維持してきたスウェーデンやフィンランドでさえNATO加盟に舵を切ろうとしています。ウクライナ侵攻前と後では自国の安全保障をめぐる環境が180度激変したことを国のリーダーたちをはじめ国民の多くが肌で感じた結果であろうと考えます。

それに対してロシアを挟んで欧州と反対側に位置する日本は、欧州とアジアがシベリアという広大な地域で隔絶されている安心からか、あるいは多くの国民の“平和ボケ”が根底にあるのか、「次は自分」とか「明日は我が身」と感じる欧州諸国のような“肌感覚”を持てないのは明らかなようです。

2か月の間に、ウクライナ侵攻から我が国が学ぶべき課題や教訓、我が国が改善すべき国防政策などについては、各論ありますが、有識者、陸海空将官OB、政治家などの意見がほぼ出尽くした感があります。しかし、まだ結論づけるのは早いでしょう。これからの展開によっては、いま現在考えられているような提言などでは不十分という見方も出てくるものと予想しています。

その中で、共産党が「自衛隊は違憲だが活用する」と長年の持論を“ちゃぶ台返し”した表明には、元自衛官としては何とも複雑な気分になります。これまで何度も自衛隊をこき下ろし、防衛費を「人を殺すための予算」と批判していたことを知っているからです。

共産党はまた、「日本が他国に侵略できないようにしているのが憲法9条だ」とも明言していますが、「ロシアを悪にすることによって安心していないか・・・自分達の国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚する必要がある」との某女性映画監督の発言も気になりました。その場所が、こともあろうに東京大学の入学式でしたので、現下の情勢下、将来の我が国を背負って立つことを期待したい前途有為な若者の前で話す内容なのであろうか、と首をかしげました。さすが“護憲の牙城”です。そのような趣旨の発言を期待して呼んだのでしょう。

一方、その共産党でさえ、「環境が変わった」ことを肌で感じているからこそ、あえて自己矛盾を表明しているのでしょうが、某野党の幹部が「ウクライやコロナに“便乗する”のはいい加減にしろ」と発言していたのにも驚きました。“思考停止”を自覚していても、自分たちが政権を取るわけではないと判断した上での発言なのでしょうが、国民の代表として高額な報酬を受けている政治家である以上、一瞬でも「その資格があるのか」について考えてほしいと思ったことでした。

さて、結論から言えば、憲法改正は間に合わないと思います。しかし、現憲法下の防衛政策として「非核三原則」「専守防衛」「防衛予算GDP1%以内」など自制に自制を重ねたまま見直されることなく70年余りが過ぎた政策については、“得意な”解釈による“変更”、あるいは“新たな政策”を打ち出す必要があり、また可能であると判断します。今こそ、思い切った国防戦略を掲げ、国家の運営上苦しくとも国防力強化が必要なことは論を俟たないでしょう。

産経新聞の世論調査によれば、「防衛費増額」については57%が賛成、しかも若い世代ほど高い傾向にあるようです。若い世代の方が危機感を肌で感じている証拠なのです。

 ウクライナ情勢から最も重視して学ばなければならないことは、「ウクライナは抑止(戦争の未然防止)に失敗した姿である」ということです。「我が国土があのような姿にならないようにするためにはどうすればいいか」を検討するのが最優先です。

そのような中で、(依然議論中のようですが)自民党の安全保障調査会が少しは目が覚めたような提言をまとめているのが唯一の救いと思っています。政治家の先生方は、今こそ与野党問わず国会議員の役割や存在価値を自覚し、私利私欲、主義主張、党利党略、さらにはこれまでのタブーを排して、専門家の意見などを取り入れつつ、あらゆる知恵を出して国民の先頭に立って必要な政策を取りまとめるべきでしょう。

この際、(あえて具体的には書きませんが)あらゆる「将来情勢」を漏らさず見積もり、必要な選択肢を排除せず、真に実効性のある国防力を構築すること、そして、戦後考えて来なかったような「強靭な国家創り」を目指してほしいと願っています。そこにこそ、我が国の未来がかかっていると私は考えます。

内閣支持率は66%近くもあるようですが、西側諸国と歩調を合わせて経済制裁などを決断した結果として肯定的にとらえているのだとすればそれは間違いでしょう。今こそ、ドイツのショルツ首相のように即断即決し、国民の先頭に立って大方の国民の意識を変える“強いリーダーシップ”が求められていると考えます。現首相にそれが期待できるかどうかについては私にはわかりません。今日はこのぐらいにしましょう。

▼農業女子プロジェクト

 さて前回の続きで「農業女子プロジェクト」です。本プロジェクトは、「女性農業者が日々の生活や仕事、自然との関わりの中で培った知恵を様々な企業の技術・ノウハウ・アイデアなどと結びつけ、新たな商品やサービス、情報を創造し、社会に広く発信し、農業で活躍する女性の姿を多くの皆さまに知っていただくための取り組み」とされ、平成25年、農水省主導で設立されました。

 その趣旨は、「農業内外の多様な企業・ 教育機関等と連携して、農業女子の知恵を生かした新たな商品・サービスの 開発、未来の農業女子をはぐくむ活動、情報発信等を行い、社会全体での女性農業者の存在感を高め、女性農業者自らの意識の改革、経営力発展を促し、職業としての農業を選択する若手女性の増加を図る」とされ、農業女子同士のネットワークづくりにも取り組んでいるようです。

プロジェクトの目的としては、①社会、農業界での女性農業者の存在感を高める、②女性農業者自らの意識の改革、経営力の発展、③若い女性の職業の選択肢に「農業」を加える、ことがあります。背景に、現在の農業人口に占める女性の割合が4割以下で、そのうえ減少傾向にあるとの危機意識があることは間違いないでしょう。

「農業女子プロジェクト」の最新のデータ(令和3年12月時点)では、参加メンバー886人、参画企業37社、教育機関8校です。本プロジェクトに参加している主要企業には、農機具メーカーや食品会社などに加え、農業生産法人を目指している企業などその範囲は拡大しつつあり、教育機関側も東京農業大学、桜美林大学、近畿大学、山形大学など逐次全国に拡大しつつあります。

本プロジェクトの効果もあって、新規就農者の女性の占める割合は、平成25年が全体の23%の1万1600人、平成28年が25%の1万5200人、令和元年も25%に相当する1万3800人となっていますが、今なお道半ばと言えるでしょう。この続きは、のちほど取り上げることにしましょう。

▼農林水産省の役割

私は、防衛や軍事ついてはある程度の考えを理解し、共有もできるのですが、農業政策(農政)に関しては、これまで行政当局が取り組んできたことを評価する技量が足りません。その細部について少し触れてみましょう。

 まず、農林水産省です。農林水産省は、本省の職員数は1万3800人あまりを数え、法務省、国土交通省、厚生労働省、財務省に次ぐ大所帯の役所です。その役割は、①農業施策の企画・立案であり、関係省庁と調整の上、法律案・予算案を作成し、国会説明も実施します、そして、②農業施策の実施として法律・予算の執行、行政指導等を行なっています。また、③情報の発信機能も保有し、食料・農業・農村白書の発刊、WEBサイトの管理、さらに農業や食料に関する統計情報も集計・公表しています。最近は、④国際交渉へも参画し、国内の農林水産業への影響等へ反映させています。

 なかでも、農水省は、「農業振興地域制度」にも力を入れ、絶大な権限も保持しています。この制度は、農水省の文書をそのまま記載すれば「自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域について、その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図るとともに、国土資源の合理的な利用に寄与する」ことを目的に行なわれている制度です(役人の文章は本当に理解困難です)。

本制度は、農業上の土地利用のゾーニングを行なう「農業振興地域制度」と個別の農地転用を規制する「農地転用許可制度」から成り立っており、優良農地の確保と効果的な農業投資を一手に担っているようです。この制度によって、確保すべき農用地面積の目標、農業振興地域の指定・変更、あるいは農地振興のマスタープランなどを定めています。

これらはすべて農水省の役割であり、このため、地方農政局(全国に7カ所)が設置されており、地方公共団体と協力して農政を推進する体制を維持しています。

▼農地振興地域整備計画の概要

 具体的な農業政策(施策)に少し触れてみましょう。まず「農業振興地域整備計画」という計画があります。都道府県知事により農業振興地域に指定された市町村が、おおむね10年を見通して、地域の農業振興を図るために必要な事項を定めたものです。

具体的な内容は、「農業振興地域の整備に関する法律」第8条第2項に定められており、概要は次の通りです。


 まず、「農用地利用計画」ですが、農業としての利用の確保を図るために行なう土地利用規制の基礎となる具体的な計画を定めています。そこには、「用地等として利用すべき土地の区域及びその区域内にある土地の農業上の用途区分(農地、採草放牧地、混牧林地、農業用施設用地)」などが細部にわたって定められています。

また、農業生産の向上を図るために行なう基盤整備やライスセンター(米の乾燥施設)などの施設整備、農業を担うべき者の育成・確保等について、その方向や計画(マスタープラン)なども定められています。基盤整備の中には、排水改良、区画整理、農道整備などの事業概要も規定されています。

考えてみますと、ダム、用排水機場、水利施設など大規模潅漑施設は国の公共事業でなければ整備できないことは明らかですし、それにつながる幹線水路や支線水路などの各施設は、国と地方が分担して整備、管理する必要があります。広域の区画整理なども、規模によっては地方自治体レベルでは実現困難な場合もあります。

また、行政側の独自施策として、最近は「次世代施設園芸」(愛知県豊橋市)のような例もあります。ここでは、下水処理の放流水を活用して化石燃料の3割以上を削減しつつ、空調や機械の複合環境制御技術によりミニトマトなどを安定的に収穫しているようです。

行政も積極的に「スマート農業」に取り組んでいます。ロボット農機による自動走行システム、収穫作業のロボット化、ビックデータを活用したきめ細かい栽培管理、AIの活用などですが、細部についてはのちほど詳しく触れることにしましょう。

さて、ほとんどの先進国は、食料をすべて輸入に頼る危険を避けるために自国の農業を保護しているのが現状です。我が国においても、農家に対する補助金が農家の所得を下支えしてきたという歴史があります。最近は生産性を高める補助金や各種交付金が増加傾向にあるようですが、補助金等が行き渡ることを重視するあまり、有効に活用されていないのではないかとの指摘もあります。

農産物は絶えず需給の波に左右されるという性質があります。生産性を上げることが価格破壊につながり、自分の首を苦しめる結果につながる場合もあります。その結果、生産性の低い農家や価格競争から脱落した農家が淘汰されて離農し、農業従事者が減少するという現象も発生しました。前にも触れましたが、その端的な例こそ、稲作の奨励⇒過剰生産⇒減反政策⇒農家の崩壊でした。このような現象は、今後も発生する可能性があるでしょう。

そこに、農業政策の難しさがある一方、農業自体がさらなる「構造改革」を推進する必要があるとの指摘もあります。農業問題解決の“核心”はどうもそのあたりにありそうです。次回、農業政策の具体的例として「荒廃農地」の解消策について触れた後に、別な話題に進みます。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)