我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(27)「農業・食料問題」(9)「農業・食料問題」の解決方向

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我が国の未来を見通す(27)「農業・食料問題」(9)「農業・食料問題」の解決方向

□はじめに

 先週、絶好のタイミングでバイデン大統領が来日しました。うがった見方かも知れませんが、バイデン大統領は、このたびのウクライナ対応の失敗を早期に打ち消し、中国や北朝鮮に誤ったシグナルを送らない(だけの)目的で韓国と日本を訪問したと考えてしまいます。

特に日本に対しては、「核兵器の拡大抑止」、つまり「アメリカは日本の(核抑止を含めた)防衛への責任を完全に果たす」と明言する一方、「日本の安保理常任理事国入りの支持」や「台湾海峡の平和・安定の重要性の確認」など、かなり前向きな発言がありました。

なかでも、周囲を驚かせたのは、両首脳の記者会見時に「台湾問題に軍事的に関与する気があるか?」の質問に対して、即座に「Yes」と発言したことでした。「それが我々の決意だ」とも「ウクライナのような状況を許してはならない」とも補足しました。

これは失言だったとの見方もある一方、意図的だったとする分析もありますが、その後すぐに、ホワイトハウス(だれかはわかりませんが)が「政策の変更ではない」と発言を修正しました。シナリオどおりの連携プレーだったのか、アメリカは、大統領の発言でさえスタッフが修正する“不思議な国”なのか、真相は不明です。

この発言に対して、“習近平の発言をスタッフが修正することなど絶対にあり得ない”中国が猛反発しました。大統領の発言は、ウクライナと違い、インド太平洋、特に東アジアについては、アメリカが強く関与するとの意思の表明であったと受け止め、逆に“誤ったシグナルを送るな”とクギを刺したということでしょう。

個人的には、これでしばらくの間、中国が軽率な行動に出ることはないだろうと予測しますが、このような“状況”を長く持続させる必要があります。「超限戦」(戦争と非戦争、軍事と非軍事の境界をなくした戦い)の国・中国ですので、先日、ロシア軍と連携して爆撃機を飛ばしたように、今後もあの手この手とさまざまな“策”を繰り出してくることは覚悟しなければならないでしょう(「超限戦」の細部についても、機会があれば、いつか取り上げる予定です)。

さて、岸田首相は、防衛力の増強の約束やアメリカが提唱して発足した「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」へ積極的参加を表明しました。

我が国周辺には、ロシアや中国のみならず、自国民の慢性的な飢餓やコロナの蔓延など気にせず、花火のようにミサイル発射を繰り返したり、核実験の再開をもくろむ北朝鮮が存在します。自国民の犠牲より体制維持を優先する国に対しては「拡大抑止」の有効性に疑問符がつくことでしょう。韓国とて大統領が交代したからといって、国民の体質がそう簡単に変わるとは思えません。

我が国はこのような国々に囲まれていることを改めて認識する必要があると考えますが、“現実に目につむり、耳に栓をしつつ、「平和主義」を唱えておれば何事も起こらない”と信じる政治家が依然多いことが気になります。さらに、“アメリカに守ってもらえるなら”と憲法改正や防衛力増強などの「自助努力は必要ない」との意見が再び大きくなることも懸念されます。

話は逸れますが、イギリスの歴史学者トーマス・カーライルの名言「この国民にしてこの政府あり」は、国によってその意味が違うのだろうと思い始めています。ロシアや中国や北朝鮮のような専制主義国家にあっては、国民は稚拙なままで、政治などに特段の関心を持たない方が“都合がいい”のでしょうが、我が国や西側諸国のような民主主義の国にあっては、政治家を選ぶ「主権者」としての国民の“賢さ”が正しい政治を実現させ、それが国の命運を左右するのです。

ウクライナ戦争の悲惨な映像を毎日のように目にして、それでも多くの国民が“覚醒”しないのであれば、残念ながら、いよいよ“つける薬”はないと思ってしまう昨今です。

▼日本人にとって「農業」とは

さて本文です。今回から「農業・食料問題」の“解決策”について考えて行こうと思います。

我が国は、歴史的に長い間「農業国」であったことは今さら言うまでもありません。江戸時代は、「士農工商」とその実態はさておき、「農」は「武士」に次ぐ身分を与えられました。江戸幕府は、米本位制度を採用して財政基盤を整備、石高制によって藩の規模から武士の給与まで規定するとともに、米の生産能力によって年貢を課税していました。

明治以降、我が国にも産業革命が進展し、工業や商業が発展したとはいえ、主要産業としての農業の地位は変わらないまま戦後まで続いてきました。

しかし、その実態は農地の所有者である「地主」と、地主に地代を支払って農業を営む「小作」に分かれ、この「小作制度」が「農民を奴隷化してきた」とGHQににらまれました。それを受けて、政府は「農地調整法」の改正や「自作農特別措置法」を整備して「農地改革」を断行、小作制度の廃止とともに、小作地はいったん農水省が土地所有者となって登記し、その後、小作人に分割されました。

実際には、農地は政府が強制的に安値で買い上げ、耕作していた小作人に売り渡されました。急激なインフレーションもあって、土地の価値は大幅に下落して、実施的にはタダ同然で譲渡されたようです。

この結果、193万町歩(約191万ha)の農地が237万人の地主から買収され、475万人の小作人に売り渡され、小作地の割合は46%から10%に激減し、戦後の農村はほとんど自作農になりました。

こうして、「農地改革」はGHQが行なった日本改造のうち最も成功した改革といわれていますが、戦後の高度経済成長とともに都市化も進み、三世代同居などの大家族世帯が減少、核家族化が進行しました。多くの若者が生まれた地域を離れ、都会に仕事を求めて移住し、農業の「担い手」は残された親世代にゆだねられました。

せっかく手に入れた農地でしたが、タダ同然だったことからそれを手放すことに抵抗を感じない人も多かったのかも知れません。市街地近傍の農地は宅地化され、山間部の農地の一部が荒廃していることはすでに取り上げたとおりです。

そして、一度故郷を捨てた人たちが人生の後半になって再び故郷に戻って農業に関わることは稀なケースで、多くは都会に留まったままになってしまいました。

そうしている間に、「ミレニアム世代」とか「Z世代」といわれるような若者たちの気質や価値観そのものが大きく変更してしまいました。

一例を挙げますと、最近の若者気質のうちの働く目的は、「楽しい生活がしたい」が年々増加傾向にあって全体の40%を超え、「経済的に豊かになる」がほぼ横ばいの30%弱、両方合わせると70%前後になります。半面、「自分の能力を試す」は、平成10年頃までは30%だったのが、最近では10%台まで年々減少し続けています。そして、「社会に役立つ」は、しばらく5%ほどだったのがやや上昇し10%を超える時期もありましたが、再び10%弱に留まっています。

一方、すでに述べましたように、農業の対するイメージは、①休みがない、②天候に左右される、③安定した収入が確保できない、④初期費用のハードルが高いなど、若者の働く目的と農業のイメージや農地の立地条件が極端に乖離してますます広がっているところに、これまでのさまざまな農業政策が直接の成果に結びつかない、大きな要因になっているものと推測できます。

 つまり、「このままでは、日本人、特に若者の『農業回帰』を期待するのは無理」と考えざるを得ないのです。

▼「農業の魅力化」のための4つの“切り口”

私は、農業政策についても「少子高齢化」対策同様、政府が関係省庁の官僚に任せることなく、危機意識をもって断固として大ナタを振ることしか最終的な解決方法はないと考えていますが、それについては本メルマガの最後にまとめたいと思います。

若者の価値観に照らして農業問題の解決策を考えた場合、何としても「職業としての農業の魅力化」を図ることが最優先課題と考えます。極端な言い方をすれば、企業に雇われる従業員のように、天候や季節に左右されず、毎月決まった給料が入り、状況が許せばボーナスまで入ってくるシステムの構築です。

とは言え、農地は全国に分散しています。地域によって気候も違えば生産する農産物も違いますので、一律の基準で魅力化を推進することは不可能です。そして、地方では過疎化が進み、農業の「担い手」そのものが少ない上、高齢化しているという問題もあり、状況によっては都会地に住む人たちを集める必要もあるでしょうから、立ちはだかる課題が山積していることは容易に想像できます。

「職業としての農業の魅力化」をはかるための“切り口”はさまざまあると考えます。第1には、「農業の企業化・大規模化の推進」です。このことは、これまで農地所有者がその家族を主な働き手として細々と農業に従事してきた「農業経営体」そのものを大幅に「構造改革」することを意味しますので、そのハードルはかなり高いものと想像できます。

しかし、「農業の企業化・大規模化」は、農業の「担い手」のサラリーマン化の実現の道でもありますので、これまで述べてきたように、政府は、農地リースの拡大や農業の「6次産業化」を狙いとした農地法の度重なる改正などを行なって、これを促進してきました。

その結果として、目標とする「構造改革」は進展しているのか、あるいは、その効果が目に見えるように現れない要因は何なのか、その要因を見つけ、取り除きつつ、将来、「農業の企業化・大規模化」を拡大できるかどうかがポイントであると考えます。

第2には、「農業のスマート化」です。この狙いの筆頭は、「労働力の軽減」です。農作業自体が辛く、かつ効率性が低い現状をいかにドラステックに改善できるかどうかは、農業の無人化、機械化、省人化の推進など「スマート化」にかかっているでしょう。しかし、「農業のスマート化」はそれだけが目的ではないようで、ドローンやAIを導入した収穫管理や流通管理を含め、若者を“惹きつける”ためにも「スマート農業」の推進が必要不可欠と考えます。

幸い、科学技術が飛躍的に進歩し、近年「スマート農業」の導入が現実のものになりつつあります。この点についても、農林省や関係企業・大学などが真剣に取り組んでいますが、依然、まださまざまな部分に障害が残っているようです。

第3には「農業の高付加価値化の推進」です。これについてもすでに真剣に取り組んでいる企業等がありますが、なかでも「健康ブームの活用」がその筆頭でしょう。いわゆる無農薬農産物の生産です。課題は、その生産体制の規模をいかに拡大するかにあると考えます。そして、農作業そのものが「体を動かす」という意味で健康を増進する効果あることをなど健康増進と一体化させることでしょう。

最後に、「農業の魅力化のPR(発信力拡大)」です。私たちは普段の生活の中では、スーパーやデパ地下、あるいはコンビニに行けば、農産物をはじめ、あらゆる食品が手に入ります。それが当たり前になってきて、これら農産物や食品がどのように生産され、加工され、流通されているかなど、関心すらありません。

もっと多面的に、かつしつこくPRして、多くの国民の間に我が国食料事情や危機感、農業に従事する社会貢献などまで定着させる必要があるでしょう。

まず中堅やシニアクラス(50~60代前半)が活模範(かつもはん:生きた見本)となれるかどうかにかかっているのかも知れません。そのためにも、現在全国で推進中の「地方創生」あるいは「生涯現役促進地域連携事業」などに、職業としての農業も取り入れ、地元で働くシニア世代や故郷Uターン組の間に農業従事者を増やす事業を創造し、あらゆる機会を活用してPRすることがその出発点ではないでしょうか。

次回以降、4つの“切り口”について、それぞれの細部について取り上げて考えてみましょう。

(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)