我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(19) 「農業・食料問題」(1) なぜ今、「農業・食料問題」なのか?

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我が国の未来を見通す(19) 「農業・食料問題」(1) なぜ今、「農業・食料問題」なのか?

□はじめに

 こうしている間にも、ウクライナでは無辜の民が何百、何千と殺戮されているかと思うと、本当に気持ちが滅入ってしまいます。

今回のウクライナ侵攻で明らかになったなかで強く印象に残ったことは、(1)核兵器を保有している、(2)大多数の国民が行動の「正当性」と(その事実を知っているか否かにかかわらず)「非情さ」を共有できる、などの条件を有する国は、その気になればプーチン同様の行動が可能だということです。

さらに、(3)拒否権を持つ国連安全保障理事会の常任理事国であれば、安保理のような場でも、おくびれもなく堂々と自国の行動の「正当性」を主張できるなど、第2次世界大戦後に創り上げた国際社会の安全保障システムそのものが機能しないことも判明しました。

 しかし、新たなシステムを再構築したとしても、この事態が一段落した後のロシアが仮に一時、国家として衰退するようなことがあってもいつか蘇り、ヘーゲルがいう「歴史に学ばない人間」が再び出現する可能性もあることでしょうし、虎視眈々と漁夫の利を狙っている国にあっては、今回の事案から多くを学び、自ら意図する勝利のためのさらに巧妙な「手の内」を考察しているでしょう。

 ウクライナ側も、わずかに30年あまりの短い独立の歴史の中にあって、その状態を永く維持するために、今回のような侵攻があることを予期して、それを“未然防止”するためにさまざまな知恵を働かせ、国を挙げて国防力の強化に努めて来なかったことは、歴代の大統領をはじめリーダーたち、それを選出した国民の“落ち度”だったとどうしても考えざるを得ないのです。

 何度も繰り返しますが、我が国が学ばなければならないことは、自国の防衛に失敗したウクライナという国のあり様や国民の精神です。

 侵攻開始から1か月あまり、ますます戦局は混迷を深めていますが、ロシア軍の作戦が当初の予定(見積)とかなり違ってしまったことから、それを打開するためにより非情な手段に訴えることが懸念されます。人類の歴史は、建設と破壊の繰り返しですが、現状程度の破壊で早期に終結することをひたすら祈るばかりです。

 さて、前回まで我が国の「少子高齢化問題」を取り上げました。その影響がさまざまな分野でじわりじわりと顕在化して来ることは間違いありません。しかし、これから取り上げる「農業・食料問題」は、さまざまな理由から危機状態がもっと早く現れる可能性があるでしょう。これまで予測しなかったような内外情勢の変化が危機をさらに高めることも考えられます。

 たとえば、今回のウクライナ情勢によって、すでに小麦などの穀物や原油などの価格が上昇し、世界全体が食糧危機やインフレに突入する可能性も叫ばれています。のちほど詳しく触れますが、食料自給率が低く、円安が進む我が国への影響は半端じゃないでしょう。問題の顕在化が“眼前に迫っている”との見方もできるのです。

 江戸時代の江戸湾の防備などの国防問題についても同じですが、深刻な状態が迫ってこないと真剣に考えない、あるいは、考えても“まだ時間がある”と先延ばしするのは、我が国の歴史で何度も繰り返してきましたし、ある種の「国民性」として定着してきました。戦後はそれに輪をかけて、あらゆるものに対する「平和ボケ」が蔓延しました。

 「平和ボケ」の国民によって選ばれた政治家も「平和ボケ」になるのは致し方ないことでしょう。それに、「国民のしもべ」たる官僚も国民の精神におもねるし、高級官僚はすぐ人事異動するので、“無作為の過失”を問われることはありません。

 今回、取りあげる「農業・食料問題」は、私など門外漢が取り上げる必要がない問題です。関係者は皆、その実情を分かっていますし、将来を憂いています。これまでもさまざまな対策を講じてきました。その代表的な政策は、1970年代から2017年まで約50年も継続してきた「減反政策」でした。しかし、状況を抜本的に改善するには至らず、むしろ事態を悪化させて今の状態になっています。それは、なぜなのでしょうか。

 国内外を問わず、どの分野も「目利きができる賢者」が出現しないと衰退するのは世の常なのでしょう。「農業・食料問題」についても、近い将来、目利きの鋭い賢者の出現を待望しつつ、皆様と一緒に考えてみることにしましょう。

▼食料自給率の低さが際立つ日本──増える「耕作放棄地」

 さて読者の皆様は、我が国の食料自給率が先進国で最も低いという事実を知っているでしょうか。一般に自給率は、「カロリーベース」と「生産額ベース」で表されますが、我が国の場合、自給率は年々削減傾向になり、最新のデータでは、カロリーベースでは38%、生産額ベースでは66%といずれも先進国で最下位です。毎日の食卓に並ぶ食料の3分の1あまりしか自給せず、ほかは外国からの輸入に頼っているのです。

 自給率のトップはカナダ(カロリーベース255%、生産額ベース120%)、2位がオーストラリア(カロリーベース233%、生産額ベース133%)、3位はアメリカ(カロリーベース233%、生産額ベース90%)です。これらの国は自国で消費する以上の食料を生産し、余剰分は輸出に回しています。

欧州諸国では余剰が出ているフランスや自給率100%に近いドイツを除き、食料の一部を輸入に頼っている国が多いですが、自給率が最も低いスイスであっても、(生産額ベースでは我が国と同じ66%ですが)カロリーベースで52%を維持していることをみますと、我が国の自給率の低さは際立っています。

この背景は、我が国が世界で11位番目の人口の割には、国土面積の約7割を森林が占めて農地面積は限られており、1人当たり農地面積が3.5アールしかないことにあります。我が国でなじみの「反(たん)」を使うと、1反は約10アールですので、約3.5反ということになり、坪数に直すと1反は約300坪ですので、わずか105坪しかありません。

この面積は、オーストラリアの約400分の1、アメリカの約40分の1、イギリスの約8分の1と諸外国に比べて圧倒的に小さい面積です。その意味だけからすれば、第1編で取り上げた「少子化」の進展は、食料問題の緩和という点ではプラスに作用することになります。

問題は、このような農地面積が限定されている我が国にあって、「耕作放棄地」は増え続け、最新のデータでは、おおむね富山県の面積に相当する約42.3万ヘクタールに及んでいるということです。

この「耕作放棄地」とは、「以前は耕作していた土地で、過去1年か以上作物を作付け(耕作)せず、ここ数年の間、再び作付けする意志のない土地」と定義されています。

ちなみに「現に耕作されておらず、耕作の放棄により荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能となっている農地」と定義される「荒廃農地」も指標として使われます。つまり、「耕作放棄地」をそのまま放置すれば、やがて作物の栽培のために再生不可能な「荒廃農地」になるということです。

我が国の荒廃農地は、すでに約28万ヘクタールに及び、神奈川県の面積(24.2万ヘクタール)より少し大きいくらいの面積に相当します。

このように「耕作放棄地」が年々増加する傾向にありますが、それの原因や対策についてはじっくり考えることにしましょう。

そもそも我が国の農地面積は、昭和36年頃は約608万ヘクタールほどありました。その5割強が田んぼで約332万ヘクタール、残りが畑で約270万ヘクタールでした。それが「減反政策」(これものちほど詳しく触れます)の推進や市街化の拡大による宅地等への転用、それに「荒廃農地」が拡大することによって、平成27年時点で約450万ヘクタールに減少しました。50年余りの間に全体の4分の1に相当する約160万ヘクタールも減少したことになります。

▼「農業従事者」の激減

 科学技術の発展など時代の進展により、産業構造が変わりつつあり、農業など第1次産業が減少の一途をたどり、第2次産業、第3次産業へシフト、最近は第4次産業革命が進展することによって、それぞれの産業の従事者も様変わりしています。

 農業従事者については、昭和60年頃には350万人を数えたものが、平成31年には140万人に減少しました。わずか35年ほどの間に200万人あまりの減少です。背景には農業の機械化もありますので、昔のように一家総出で一年中、朝から晩まで田畑で農作業をするという時代でなくなったことは間違いないでしょう。

 ただ、昭和60年頃の自給率は、カロリーベースで53%ほどありましたので、当然ながら自給率の減少と農業従事者の減少は相関関係があるということも間違いありません。

 実は、問題なのは農業従事者の「内訳」にあります。つまり年々年若者や女性の従事者が減り、その分、高齢化が進んでいることです。約7年前の平成27年には基幹的農業従事者(自営農業者)は178万人で、そのうち65歳以上が114万人と全体の約65%を占め、49歳以下は17.4万人で約10%でした。それから5年後の令和2年には、全体の従事者が136万人と約40万人減りました。65歳以上の従事者も約19万人も減ってはいるのですが、農業従事者に占める割合は約70%に上昇しました。

わすか5年の間にも高齢化率がさらに進んだわけですが、その後に続く60歳~64歳が14万人(10%)、50歳~59歳が13万人(9%)、40歳以下が15万人(10%)、合わせても42万人しかおらず、近い将来、高齢化した農業従事者がリタイアすることによって農業従事者そのものが激減することは明白なのです。

 すでに述べたように、わずかに38%の自給率しかない食料ですが、その自給量の7割は65歳以上の高齢者によって支えられているのが現実ですので、近い将来、これらの高齢者がリタイアすれば、自給率はますます減少することでしょうし、全国各地の「耕作放棄地」も増えることでしょう。

 現時点では、日本人の誰もが「明日、食べるものがない」などとは思わないことでしょう。しかし、5年後、そして10年後はどうでしょうか。世界全体を見れば、人口はやがて100億人に到達すると見積もられます。温暖化が進み、現在の穀倉地帯の気温が上がりすぎ、農業には適さなくなるという分析もあります(詳しくは、第3編で取り上げます)。

 ウクライナ情勢の行く末によっては、今年中にも食料の争奪戦が始まる可能性すらあります。小麦の輸入をロシアやウクライナに頼っていた中東諸国ではすでにその状態にあるとのニュースも流れています。

「農業・食料問題は」はこのまま放置すると「少子高齢化」問題より先に、我が国の未来に立ちはだかる“暗雲”となる可能性があります。「ではどうすればいいか」について、多くの国民が“我が事”として考える時が来たのではないでしょうか。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)