我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(25) 「農業・食料問題」(7)変革する農業経営(前段)

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我が国の未来を見通す(25) 「農業・食料問題」(7)変革する農業経営(前段)

□はじめに

世界中から注目されていた5月9日のプーチン大統領の演説内容は事前の予測とは全く違っていたようでした。さまざまな評価や見方がありますが、その内容は、ロシアのウクライナ侵略の正当性をあの手この手で主張したに留まったと考えるべきでしょう。

その背景は明白です。これまでの成果を高らかに誇示するとか、勝利宣言することは各地で苦戦中の現実とあまりに相反する上、さりとて、“特段の決め手”に欠ける今後の展望を声高に叫ぶのもはばかられたのでしょう。

あのような内容の演説をせざるを得なかったプーチンの心中は察するに余りあるとしても、「私たちには、ナチズムを破壊し、世界戦争の恐怖を繰り返さないよう警戒する義務がある」のくだりについては、自らがナチスのように無辜の民を殺戮し、核戦力の使用をちらつかせ、世界中に恐怖を与えている行動と真逆なことは明らかで、何とも呆れました。

この演説はまた、ロシアと西側世界の「決別宣言」の意味合いもあると考えます。演説でも繰り返し述べているように、米国を中心とする西側世界の価値観とロシアや中国などの価値観に違いがあり、その亀裂が深まりつつあることも明白で、冷戦終焉後、“共存”の中にお互いの繁栄があるとしてきた取り組みが、再び対立の時代に戻ろうとしていると考えるべきでしょう。

国際社会の“共存”の象徴でもあった国際連合も、常任理事国の1国が行動を起こすような場合には全く機能しないことも証明されてしまいました。私自身は、歴史を学んだ経験から「国の統治制度には寿命がある」と考えていましたが、国際機関も同様でした。この事態が終焉する頃を見計らって、あるいは決着した後、だれが主導権をとって、かつどのように国際機関を再建するか、これまた難しいものと考えます。

その決着自体の見通しも一層困難になってしまいました。化学兵器や核兵器の使用という最悪のケースを警戒しての長期戦ともなれば、当事国のみならず国際社会全体の神経を疲れさせ、時にマヒさせる可能性もあるでしょう。

そのようななか、「ロシアの敗戦は時間の問題」との発言も報道されました。発言内容もさることながら、発言した人物が中国の元駐ウクライナ大使だったことから余計に驚きました。元大使はまた「ロシアは軍事面だけでなく、ハイブリット戦その他の領域でもすでに負けている」「ウクライナ侵攻は、冷戦後、最も重要な国際的出来事」とも発言しているようです。

過去にも、「世界史を変えた日露戦争」などの評価がありますが、やがて「ウクライナ戦争は、冷戦後の世界史を変えた」と評価されるのではないでしょうか。ウクライナ侵略のビフォーとアフターでは国際社会の構図や情勢などが全く“別次元”のものになったと認識する必要があるでしょう。

一方、このメルマガでもすでに述べたように、「民族の『血』はそう簡単には変わらない」ということについて、プーチンは、「われわれは、祖国への愛、信仰と伝統的価値観、先祖代々の慣習、すべての民族と文化への敬意を決して捨てない」と宣言して証明しました。

正直、嫌な時代になりました。考えられる我が国の未来はさまざまな課題が立ちふさがって前途多難な上に、さらに国防という国家の存立のための根幹の問題が再び全面に立ちはだかろうとしています。

各マスコミなどの楽観的な世論調査などはあてにならないし、あてにしてはならないと思います。今こそ、我が国のリーダーたちの「歴史的舵取り」が求められていると考えています。

▼「日本はいずれ存在しなくなる」の発言について

さて、話しは全く変わりますが、先日、ツイッターの買収で話題になっている世界一の富豪・イーロン・マスク氏が「日本はいずれ存在しなくなる」と発言し、物議をかもしました。発言の真意は不明ですが、「人口減少は文明にとって最大のリスクだ」と警鐘を鳴らしたとのことで、本メルマガ第1編で取り上げたように、私もその考えに同感します。しかし、残念なのは、マスクのような人物が発言をすると飛びついて話題にしますが、またすぐ忘れてしまう日本人の“性(さが)”です。

確かに、5月5日のこどもの日には、「41年連続で子供の数が減った」とのニュースが流れましたが、事実のみを報道するだけでその先にある問題の指摘や「人口増加施策に舵を切る必要性」を訴える意見はほとんどなかったと思います。

また最近、「子供の精神的幸福度」について、日本は、先進国38か国中37位だったとする報道や、「自分に満足している若者(13~29歳)」の割合」について、我が国は45%前後で、アメリカや欧州、そして韓国などと比較してワーストであるとの報道もありました。

コロナ過のような一過性の影響はあるとしても、なぜこのような国家になってしまったのか? 私たち、戦後の舵取りをしてきた世代、つまり昭和から平成時代の大人たちに責任はないのか? これらの打開策はあるのか?……第2編のテーマである「農業・食料問題」も同様ですが、根底に共通の要因があるような気がしてなりません。それらを追い求めながら本メルマガを進めていきます。

▼自社の「植物工場」保有

農林省のホームページを開けると、冒頭に「平成21年の農地法の改正により、法人が農業に参入しやすくなりました」から始まる企業などの農業参入を呼びかけるコーナーがあります。

そして、実際に農地を借りる場合は、①農地中間管理機構(農地バンク)が行なう借り手の公募に応募し、都道府県知事が認可して公告した「農用地配分計画」により権利を設定する方法(農地中間管理事業の推進に関する法律)、 ②農業委員会等の許可を受ける方法(農地法)、 ③市町村が定める「農用地利用集積計画」により権利を設定する方法(農業経営基盤強化促進法)による3つの方法があり、それぞれ具体的な手続きの説明が続きます。

 これらもあって、農業分野に進出している企業は増加傾向にあることはすでに触れましたが、このような農地を利用する「土地利用型」の参入もあれば、全く別な形で農業に参入する企業もあります。先にそれらについて取り上げておきましょう。

まず、増加傾向にあるのが、自社で「植物工場」を保有して野菜を生産する例です。「植物工場」の歴史は意外に古く、第1次ブームは1980年代、「つくば科学万博」(1985年)で日立製作所が展示した人工光型モデルプラントによってもたらされました。

 続いて、第2次ブームは1990年代、マヨネーズの拡販のため、キューピー株式会社が「植物工場」のユニット販売を始め、栽培ベッドをV字型に配置し、FRP成型パネルで標準化を図ったことによるものといわれます。

 そして、第3次ブームは2000年代です。日産1万株の多段式大型プラントも出現し、2010年には国の成長戦略に「植物工場」が記載されました。

現在は、経済産業省や農林省に加え、千葉大、大阪府立大、愛媛大なども協力しつつ関係企業が集まってオープンイノベーション型拠点整備事業が展開され、研究開発も加速するなど、さまざまな支援策が後押しとなって工場開設が増加しているようです。

6~7年前までは、「植物工場」といえば「もうからない商売」の代名詞のようにいわれ、参入したものの数年で撤退した企業もあったようですが、最近は、天候不順による野菜価格の高騰や安全志向の高まり、LEDの導入によるランニングコストの低減、加えてコロナ禍の影響などが後押しとなり、採算どころか、“もうけ”をもたらす存在になりつつあるのです。

何よりも、「計画生産により、約束した野菜がコンスタントに届く」ことに加え、全国各地に点在する遊休施設の活用によって初期費用のコスト削減が見込まれることも魅力です。

 現在の「植物工場」算入の主要企業は、三井不動産、飛鳥建設、昭和電工、富士通、PCIホールディングス、王子ホールディングス、ローソン、東京センチュリー、セブン・エレブン(以上、自社評価の高い順)などです。

▼「流通プラットフォーム」の導入

農業の衰退の原因は、担い手の高齢化、後継者不足、生産性と収益性の低さなどに加え、その課題の1つに「流通」が挙げられていました。最近のコロナ禍を背景に、デジタル技術を活用した生鮮流通・取引の革新が卸売市場にも広がりつつあるようですが、農林水産事業者の電子商取引(EC)も盛んになっています。

その草分けは2000年頃からのようですが、2010年になりますと、食品スーパーや百貨店などのネットスーパーへの事業参入が相次ぎ、生鮮食品の宅配サービス「楽天マート」や「アマゾン・フレッシュ」のサービスが日本でも始まり、ECビジネスを専業とする企業によるビジネス展開も熱気を帯び始めました。

 特に2015年頃から、新しい潮流として、生産者が消費者やバイヤーなどの実需者とオンライン上で直接コンタクト可能な場を提供するサービスが開始されました。2015年設立の「ポケットマルシェ」や16年設立の「食べチョク」などが有名ですが、これらのプラットフォームは、購入者である消費者が出品者である生産者と直接コミュニケーションをとりながら生鮮品を購入できる点で、これまでの食品宅配ECサイトとはモデルが異なります。

物量などの面で販路が限定される小規模生産者からみると、自身の生産プロセスや商品のこだわりをオンライン上で直接、消費者へ伝えることができる新たな取引の場となるだけでなく、消費者やバイヤーとの直接のコミュニケーションを通じて、自身の商品やマーケティング手法などの改良を促す副次的効果も期待されているようです。

この分野に参入している企業は、上記の2企業に加え、神明、マイファーム、羽田市場、ファームシップ、農業総合研究所などです。

▼「農業ロボット」の活用

「スマート農業」については、のちほど詳しく触れようと考えていますが、農業分野のロボットの活用は、力仕事から繊細な作業まで、さまざまな場面で農業の負担を軽減するロボットが活躍しており、農業の自動化や省力化、高品質化に貢献するようになってきました。

このように、人手不足、身体への負担、新規就農者の確保、農業技術の継承といった多くの課題を持つ農業を進化させる手段として、農業ロボットのさらなる活躍が期待されています。

 現時点の参入企業としては、①ドローンについては、ヤマハ電気、ナイルワークス、SZ・DJI(中国)、XAG(中国)、②収穫ロボットとしては、inaho、③ロボットトラクターとしては、クボタ、ヤンマーアグリ、井関農機などが有名です。

▼「生産プラットフォーム」の開発

 生産プラットフォームは、クラウドやセンサー、ビッグデータ、人工知能(AI)などのデジタル技術を活用して、生産プロセスの効率化や省力化に資するオンラインプラットフォームを指します。

まず、稲作や青果、花卉(かき)などの耕種農業分野の生産プラットフォームには、農場や農作業、作物の情報をクラウド上で一括管理する営農支援システムのほか、温湿度や日射量などの外部環境をセンサーで測定して温室内を最適な環境に維持する環境制御システムなどがあります。

 この分野の先駆けは欧州で、代表企業はオランダのプリバです。園芸施設向けの環境制御システムを開発し、国内外400社以上の代理店を通じて、日本を含む世界約100か国に製品を供給しています。

 日本では2010年以降、富士通、NEC、日立製作所、トヨタ自動車、ソフトバンクグループ、オプティムなど、さまざまな上場企業から生産プラットフォームが開発されています。未上場企業ではベジタリアが市場をけん引し始めています。同社グループは、2009年に設立された農業ベンチャーで、作物の生育状況や環境情報をリアルタイムでモニタリング可能なIoTセンサー「FieldServer」や「PaddyWatch」、農作業・農場を一括管理する生産プラットフォーム「agri-note」などの開発を行なっています。

 農業経営の最大の変化である土地利用型の「農業生産法人」については次回取り上げますが、農業経営の未来の形につながる各分野への法人経営体としての関係企業などの参入は、我が国の農業の将来の希望となることは間違いないでしょう。

 令和3年2月公表の農林省の資料によれば、全国の農業経営体数が109万900経営体と年々減少するなかにあって、法人経営体数は、3万1600経営体(前年比2.9%増)に及んでいます。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)