我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(32)「農業・食料問題」(14)「農業の高付加価値化」の推進(その2)

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□はじめに(安倍元首相を偲ぶ)

 7月8日、決してあってはならない、何とも憤慨極まりない事件がおきてしまい、以来、怒りと腹ただしさと虚しさに支配される日々を送っております。いまだに失望から立ち直れません。

「失ってその偉大さを知る」というのは安倍元首相のような人を指すのでしょう。安倍元首相は、戦後の政治家として、そして国家のリーダーとして極めて稀有な存在であったことから、多くの日本人同様、私も心からの尊敬と信頼を寄せ、かつ将来の日本を救う、その筆頭であると期待し続けておりました。

亡くなられたあと、名立たる政治家や著名人が異口同音に安倍氏の信念とかリーダーシップとか功績とか、何よりも素晴らしい人間性などについて語っておられます。今さらなので細部は省略しますが、私も現役時代、何度かお目にかかる機会がありましたが、その際にご本人から受けた印象、こと防衛問題に関してはこれらの証言をはるかに超えるものがありました。

少し解説しますと、私は、戦後の我が国の防衛体制の最大限の問題点は、自衛隊をシビリアンコントロールする側の政治家や官僚に防衛とか軍事とか戦争に対する知見も責任も関心さえも持っていない人が多すぎることにあると思っていますが、安倍氏は違っていました。氏の防衛問題に関するさまざまな知見は「コントロールする側の責任」にその原点があり、この結果、防衛省への昇格や平和安全法制の整備につながったと考えております。おそらく安倍氏以外の首相では実現できなかったことでしょう。

また、その動機が、あまりにあやふやで不可解さが残る容疑者が、17年前とはいえ、海上自衛隊に3年ほど在籍していたからといって、事件の当初から「元海上自衛官」とマスコミに書かれてしまうことに対しても、元自衛官として複雑な思いに駆られておりました。

確かに自衛官である間は、実弾射撃や小銃の分解結合は実施します。それは自衛官である以上当然です。しかし、護衛艦の乗組員だった容疑者にあっては、実弾射撃は数えるほどしか経験していないことでしょうし、自白しているように、手製の銃や弾を作る技術は自衛隊で教えられたものでないことは明らかで、全く異次元の能力です。動機についても過去のテロを連想させたかったマスコミの思惑をあざ笑うかのように、宗教まで絡む、全く異次元のものでした。

自衛隊では、長い間、任期制自衛官(現在は、自衛官候補生と呼ばれます)を2年から4年ほどの間に、どこに出しても恥ずかしくない若者に成長させ、社会に送り出すことに辛抱強く取り組んできましたし、時代が変わった今も真剣に取り組んでいることでしょう。だいぶ前のこととはいえ、現役時代の経験として、任期を満了して自衛隊の営門を出た瞬間に、巷の若者たちとほとんど差がない元自衛官たちをみて、その難しさをいやというほど知った記憶が蘇ります。

それでも、今回ばかりは、たとえいかなる動機があっても、殺人のような卑劣な行為に走る異常さについて、少なくともその判断の基本について、自衛官時代に教えることできなかったかと考え込んでしまいます。本事件を契機として、人生のある時代に、小銃などの殺傷兵器を取り扱う特別な意味、そして元自衛官としての“生き様”や最小限保持すべき遵法精神などについて、今一度、虚心坦懐に隊員教育の現状をチェックし、不十分なら見直しが必要であると私は考えます。

また、警察OBや警備のプロがすでに指摘していますので、繰り返しませんが、警備の不備についても別な意味で何とも複雑な思いに駆られます。近いうちに警備に関する調査結果が発表されるのでしょうが、安倍氏の殺害に至る一連の状況の中に、選挙中の慣例とはいえ、取り返しのつかない怠慢やミスがあったと思わざるを得ないのです。

そして、そのような結果に至った要因として、警備関係者の中に「今回のような事件など起きるはずがない」という、どこか「油断」や「隙」のようなもの、言葉を代えれば、楽観的な見積もりや甘い状況判断が支配していたのでは、と思えてなりません。この精神こそが戦後の日本人の根底に長く、かつ深く支配している精神そのものなのではないか、とも考えてしまいます。

アメリカの戦略家エドワード・ルトワックは「『まあ大丈夫』が戦争を招く」と有名なフレーズを残し、長い平和は、脅威に対して不注意になり、「戦争を招く」と警告しておりますが、これらの精神は、警備も国防も共通しております。

本事件をきっかけに要人の警備体制が様変わりしましたし、今後も厳重になることでしょう。私は、国防にも共通している「油断大敵」あるいは「備えあれば憂いなし」という警備の原点のようなものについて、これらの概念の最大の理解者である安倍元首相が身をもって示してくれたような気がしてなりません。

安倍元首相の決してブレることがなかった信念として、銃弾に倒れる瞬間まで訴えておられた憲法改正、米国や関係国との連携、防衛力強化、それに拉致問題の解決などのご遺志について、残された私たちは忘れることなく受け継ぎ、実行しなければならないと考えます。それこそが故人の大志に報いる唯一の方法であり、それが今回の選挙で自民党が圧勝した意味なのではないでしょうか。

安倍元首相の多大なご功績から「国葬」は当然でしょう。改めまして、皆様とともに、安倍元首相のご冥福を心よりお祈り申し上げたいと存じます。本当にありがとうございました。安らかにお眠り下さい。

▼「有機栽培」

さて、「農業の高付加価値化」のひとつに、食の安全性を高め、水、土、大気などの汚染を避けることで環境を保全することを目的とした取り組みがあると考えます。はじめに、これらの目的達成のために、一般的に使われている「有機栽培」「無農薬栽培」「自然栽培」について整理しておきたいと考えます。

まず「有機栽培」です。「有機農法」や「オーガニック農法(organic farming)」とも呼称されますが、厳密にいうと「有機農業の推進に関する法律」(平成18年成立)で制定された栽培方法によって栽培されたものでなければ有機農作物といって販売することができません。

この法律の第二条には、「この法律において『有機農業』とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」と規定されています。

有機〇〇と表示して販売するには、農林省に有機食品の検査認証制度があり、その認証を受けた事業者(農業生産者・加工業者・物流等に携わる者)のみが、農薬や化学肥料などの化学物質に頼らず、自然界の力で生産された食品を表す「有機JASマーク」を使用することができます。「JASマーク」とは「日本農林規格」といわれ、「日本農林規格等に関する法律(JAS法)」に基づき、国が農産物等の品質を保証する規格です。つまり「有機JASマーク」のついた農産物及びその加工品のみが「有機」「オーガニック」などの名称の表示を許可され、国内流通させることができるのです。

「有機栽培」の飼料である「有機飼料」についても、「有機でない原材料の比率が5%以下であるもの」としてJAS規格に従って生産された飼料を指します。そして有機飼料の生産の原則として、有機基準で生産された特性を製造又は加工の過程においても保持することとされ、抗生物質及び組換えDNA技術を用いたものなど、化学的に合成された飼料添加物や薬剤の使用を避けることを基本としています。

▼「無農薬野菜」

次に「無農薬野菜」あるいは「無農薬栽培」です。一般的には「農薬を使わずに育てられたもの」と理解されていますが、実は、「無農薬」という言葉は、農林省が定めた「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」によって、“原則的に表示をしてはならない語(表示禁止事項)”として定められています。

このガイドラインは、農産物につけられた表示によって消費者に誤解や混乱を与えないために作られ、順守の義務や罰則はありませんが、場合によってはJAS法による指導や公正取引委員会による排除などの対象になるのだそうです。

表示禁止の理由としては、農薬を全く使わない栽培をしても、土壌に残っていた農薬や周辺の土地から流入または飛散してきた農薬が含まれる可能性があり、「無」と付くだけでは正確な情報が伝えきれていない場合があるとされています。つまり、農産物に全く「農薬を含まない」ことや「農薬を用いない」ことを定める厳格な基準や認定する機関がまだないため、消費者への誤解を防ぐためにも「無農薬」とパッケージなどに表示することは厳密には認められていない状況です。

 ガイドラインでは、農薬を使用しない、または低減することについて、その目的を「農業の自然循環機能の維持増進を図るため」として、自然のサイクルを利用し、農業がその一部になることで環境への負荷を減らすことができるとされています。農薬は定められた基準に沿って使われておれば問題ないとされていますが、気になる人にとっては安心を得るための一つの材料となるでしょう。

農薬を使わない野菜栽培のデメリットとして、害虫や雑草の問題があります。そもそも農薬は、農作物の品質を保ち、効率よく安定して生産し、生産コストを抑えるために開発されているものです。農薬使用の主な目的には、害虫や雑草の駆除があるので、農薬を使わないとなるとそのほかの手段を使って病害虫や雑草の影響を受けにくいような栽培をしなくてはならないのです。このあたりについては後述しましょう。

▼「自然栽培」

最後に「自然栽培」です。農薬や肥料を使わず、自然を模した環境の中で野菜が持つ生命力を生かして栽培する農のあり方を追求しているのが「自然栽培」あるいは「自然農法」といわれるものです。従事する農家がきわめて少なく、また収量もほかの栽培方法と比べて格段に少ないため、流通量がきわめて少なく、必然的に価格が高めになります。

自然そのものが相手であるため、その多くは栽培技術が確立されている訳でも、完結したメソッドが存在する訳でもありません。基本的には農薬や肥料を使わず、できるだけ燃料を必要とする機械を使わずに「自然にまかせて」「自然の力で」「自然を模した環境で」栽培するという漠然とした枠組みだけが存在します。

栽培する上での「自然」の定義づけがそれぞれの農法あるいは農家で異なります。また、農家によって、地域や圃場によってその方法もさまざまです。消費者は、農法で判断するのではなく、ある程度農業をする知識を持ち、農家とのコミュニケーションや信頼関係を築くことが重要になってきます。公的機関の認定は一切ありません。

兵庫県淡路島に「花岡農園」という「自然栽培」を行なっている農園があります。オーナーの花岡明宏氏が、当初は有機農業としてスタートした農場ですが、5年ほど前から農薬も有機肥料も使用しない自然栽培へシフトしたといわれます。その理由について、花岡氏は「そもそも有機農業とは、循環し持続していく農法のはずなのに、有機肥料を買って畑に入れているのは本質からズレてしまっている。自然の恵みを分けてもらいながら農業をしたい。自然のバランスを崩したら意味が無い」と語っています。

しかし、無肥料で農業をすることは簡単なことではなく、有機栽培と比べると半分程度にまで収穫量が落ちてしまったそうです。それでも「自然栽培」を続けるのは、微生物の力、自然の力を信じているからだそうで、無肥料の自然農法で重要なのが、微生物の力を借りることにあるようです。

植物の根には「アーバスキュラー菌根菌」という微生物が元々住みついているのですが、豊富な養分を野菜に与えると、アーバスキュラー菌根菌は死滅してしまうのだそうです。しかし、5年ほど自然農法を続けた結果、土中の微生物の数が爆発的に増えて、おいしい野菜を作れるようになったとのことです。

「自然栽培」で大切なのは、「土の様子を観察し、微生物の状態を整えることだ」として、難しい自然農法に挑戦する花岡氏の夢は「自然と調和した農業でおいしい野菜をたくさん作り、それを世間に伝えていくこと」なのだそうです。

令和元年に、大阪府立大学が「アーバスキュラー菌根菌の純粋培養に世界で初めて成功」と発表するなど、各地でアーバスキュラー菌根菌を微生物飼料として大量生産する取り組みが行なわれていますが、自然農法の普及はこれからで、このような取り組みの先に、我が国の「農業の高付加価値化」につながる道が開けると期待できるのではないでしょうか。

▼「有機栽培」の現状と将来

「有機栽培」「無農薬栽培」「自然栽培」のうち、現時点で国が認定しているのは「有機栽培」だけなので、「有機栽培」を中心に現状と将来について触れておきましょう。

世界の有機食品売上は年々増加しており、2016年では約897億ドル(約10兆円)といわれ、なかでもアメリカの有機食品売上は世界全体の46%を占めており、地域別にでは、北米と欧州で世界の有機食品売上の約90%を占めています。

また、世界の有機農業の取組み面積は、2020年の最新データによると、7150万haで、前年比で202万ha(2.9%)増という凄い勢いで拡大していることがわかります。国別にみると、オーストラリアがダントツのトップで3570万ha、つまりオーストライア1国だけで有機農業面積の世界全体の約半分を占めていることがわかります。ただし、オーストラリアの場合、有機農地の9割以上が牧草地になっています。第2位がアルゼンチン360万ha、第3位が中国310万haと続きます。

大陸別に見ると、オセアニアが1位で3600万ha、第2位が欧州で1560万ha、3位がラテンアメリカ800万haと続くなど、すべての大陸で有機農地が増加し、記録を更新中です。

総農地に占める有機農地の占有率は、世界全体では1.5%ですが、第1位のリヒテンシュタインの38.5%、2位サモア34.5%、オーストラリア24.7%と続きますが、日本の占有率は0.2%(109位)と世界の上位国と大きな開きがあります。成長率では、アジア(8.9%)、欧州(8.7%)、北米(3.5%)と続きますので、アジア大陸で有機農業の普及が進んでいることがわかります。

 さて、国内の状況をもう少し詳しく見てみましょう。我が国においても有機農産物の生産は年々増加しており、「有機JAS制度」が開始された翌年(平成13年)の有機農産物の格付数量は約3万4千トンでしたが、平成24年には約6万トンになりました。その約7割が野菜で2割弱が米でした。野菜は、過去10年間で約2倍になっています。

 一方、国内の農産物総生産量のうち有機農産物が占める割合は、茶は4~5%、野菜や大豆は0.3~0.5%、米や麦に至っては0.1%に過ぎない状況です。また、海外から日本に輸入される有機農産物は年間3~4万トンで、大豆と果実が過半を占めています。

有機農業の取組み面積は、有機JAS認証を取得していない農地を中心にゆるやかに増加しており、それでも総面積は、我が国の耕地面積の0.5%(約2.37万ha:平成29年)という状況ですが、有機JAS取得農地の地目別の割合は近年大きな変動はなく、約30%が田、約50%が普通畑、約15%が樹園地、約10%が牧草地となっています(平成28年)。有機JASを取得している農地は、北海道の普通畑が全体の約2割を占め、最大です。東北や北陸では田、東京近郊では普通畑、西日本では普通畑や樹園地が多くなっています。

農林省は、年時点の有機農業に取り組む面積が全耕地面積の0・5%から、2030年には1.3%、2050年には25%(100万ha:現状の約44倍の面積)に拡大することを目標に掲げた「みどりの食料システム戦略」を昨年5月発表しました。

同時に、2050年までに(1)化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減、(2)輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量の30%低減、(3)施設園芸では化石燃料に依存しない施設への完全移行をめざすなども掲げています。興味のある方は、農林省ホームページなどをご参照下さい。

現時点で列国に比して大幅に遅れている「有機栽培」分野の大幅拡大を実現するためには、2040年頃までに整備を目指している「次世代有機農業技術」にその成否がかかっていると言えるでしょう。次世代技術とは、AIによる病害虫発生予察、土壌微生物機能の解明と活用、病害虫抵抗性の強化など有機栽培に適した品種の開発などを指しているようですが、いずれもこれからの課題です。一方、我が国は「有機栽培」に向かないさまざまな事情もあります。次回取り上げましょう。長くなりました。
(つづく)



宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)