我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(68)『強靭な国家』を造る(5)「世界で最初に飢えるのは日本」なのか(その3)

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我が国の未来を見通す(68)『強靭な国家』を造る(5)「世界で最初に飢えるのは日本」なのか(その3)

□はじめに

 やはりG7サミットについて私の感想を述べておきたいと思います。まず、G7のメンバー以外に、グローバルサウスの代表や韓国大統領、それに戦時下のウクライナのゼレンスキー大統領まで遠路はるばる飛来して参加したにもかかわらず、何事もなく無事閉幕した今回のサミットが「これまでにない成果」と評価されていることにケチをつける気は毛頭ありません。

一方、被爆地・広島で開催したことから、「核兵器のない世界」という“人類の理想の世界”実現に向けた「広島ビジョン」を自画自賛するのは時期尚早と考えます。と言いますのは、本サミットに対して、中国は「西側の少数の先進国が他国の内政に理不尽に干渉し、世界を操る時代は過去のものとなった」とのいらだちを強めれば、ロシアは、G7を「世界の安定を揺るがす破壊的な決定のふ卵器だ」と厳しく批判しつつ、「世界の多極化を受け入れられないG7は、反露・反中のヒステリーを起こしている」と主張しました。つまり、中国やロシアに加え、北朝鮮などが素直に「広島ビジョン」に賛同して受諾するとは到底思えないからです。

元外交官の佐藤優氏は、先の「対独戦勝記念78周年」で明らかにしたプーチンの「戦争論理」について、「これまで“戦争”という言葉の使用を避けてきたをプーチンが、初めて“戦争”言葉を使用し、『米国を中心とする西側連合がウクライナを使って“戦争”を仕掛けてきた』、つまり『ロシアがウクライナに“戦争”を仕掛けた』とは考えてない」と解説しています。

また、「第2次世界大戦において、『ロシア人が多大な犠牲を払ってナチズムから人類を救った』という事実を西側諸国は忘れた」として、「文明は再び決定的な転換点を迎えた」とも語っています。

中国もほぼ同様の歴史観を有しているでしょうから、G7サミットは、「世界が再び『分裂の世界』に突入した」ことを決定づけたともいえるのではないでしょうか。つまり、考えようによっては、「核廃絶」という“人類の理想の世界”の実現がますます遠のいてしまったとの見方も出来るのです。

歴史的にみても、一方の「正義」や「美談」が相対する側にとっての「憎悪」や「拒否」となって「対立の原点」となってきましたし、「独自の論理を振りかざして自らの利益拡大を広げてきたのは西側世界の方である」という見方は、人類の歴史を子細に見れば、あながち間違っておらず、実際に、欧米諸国は反対する勢力を力づくで次々に排除してきました。

ところが、今は互いに核兵器を保有していることから、一方的に排除するのは簡単でないことから、「排除も共存も遠のく」という結果に陥っているのではないでしょうか。

当然ながら、ウクライナを支援する必要性にはついては理解しますが、G7がもたらす未来を冷静にイメージアップすると、広島サミットを手放しで称賛する気にはなれない自分がいることに気がつきます。私のような見方をする有識者は少ないのかも知れません。立場上、声を上げられないのだと想像しています。もちろん、私だけの“独りよがり”なら、それはそれでよいのですが。

振り返ってみますと、実現は無理だったかもしれませんが、習近平をオンラインでも拡大会議に参加させ、「何を発言するか」を聞くべきだったと思います。千載一遇のチャンスを逃しました。

▼日本の農業は過保護か?

 

さて、ここまで農業を追い込んだ、その原因はどこにあるのでしょうか。我が国は戦後のドン底から、「貿易立国」として発展し、GDPが世界第2位にまで発展してきました。そのため、自動車などの輸出を伸ばすために貿易自由化、そして規制緩和政策を幾度となく繰り返してきました。また、時には「聖域なき構造改革」などの勇ましいキャッチコピーに対して誰も面と向かって反論をしないまま時が過ぎてしまいました。

一方、そのような政策を推進するために、「農業は過保護だ」という“刷り込み”を、メディアを総動員して続けてきた結果、私たちの頭の中には、いつの間にか「農業は様々な規制に守られた『既得権益』を有し、『過保護』な業界だ。その結果、農業の競争力が低下してしまった」、つまり「日本の農業が『過保護』だから自給率が下がったり、耕作放棄が進んだ」とイメージが出来上がってしまいました。

しかし、本当にそうなのでしょうか。また諸外国の実情はどうなっているのでしょうか。少し解き明かしてみたいと思います。

これまで何度も紹介しました『世界で最初に飢えるのは日本』の中で、著者の鈴木氏は、日本の農業には「3つの虚構」があると指摘します。

「虚構」の1つは、「日本の農業は高関税に守られた閉鎖的世界だ」というものです。OECDのデータによれば、日本の農産物関税率は11.7%ですが、この数字は、主要列国と比較しますと、インドの124.3%、ノルウエーの123.7%を双璧に、韓国(83.8%)、スイス(62.2%)、インドネシア(47.2%)などが続き、ブラジル(35.3%)。タイ(34.6%)、EU(19.5%)といずれも日本より高い関税率をかけています。食料輸出国の米国のみが、食糧輸入から自国の農業を保護する必要がないのか、5%に留まっています。

そして、我が国の場合、実際には、こんにゃくのように1700%の高い関税率もあるにはありますが、大半の農産物の関税率は3%程度になっています。そもそも、食料自給率38%の国の農産物関税が高いわけがなく、「日本の農業は高関税に守られた閉鎖的世界だ」というイメージとは、全く正反対の“現実”があるのです。

 「虚構」の第2は、「日本は世界から遅れた農業保護国であり、政府が農産物の価格を決めて買い取っている」です。

これも間違いです。政府が農産物の価格を決めて買い取ることを「価格支持政策」といい、かつて米については、「生産者価格」と「消費者価格」の2種類の価格がありました。政府が「生産者からは高く買い取って消費者には安く提供する」というものでした。しかし、米の生産や流通を厳しく規制した「食糧管理法」は1995年に廃止され、それ以降は、政府を介さずに流通する「自主流通米」が増加し、価格も競争原理で決められることから「生産者米価」と「消費者米価」という制度は廃止されました。

実は、日本は、WTO加盟国の中では唯一、農業の「価格支持政策」をほぼ廃止した国で、自由貿易を推進する「優等生」にほかならないのです。他国は、自由貿易の看板をあげても、農業など自国にとって必要な産業については、“したたかなまでに死守している”のが現実です。

「価格支持政策」とは異なり、生産者に補助金を支払うことを「直接払い」と言いますが、「価格支持から直接払いに転換した」といわれる欧米諸国は、実際には「価格支持+直接払い」と表現する方が正確なようです。つまり、価格支持の水準を下げた分についてはしっかりと「直接払い」によって置き換えているのです。

「虚構」の第3は、「農家は補助金漬け」というものです。これが最大の「虚構」ともいえるでしょう。鈴木氏が様々なデータを取りまとめて分析したところ、日本の農家の「所得」のうち、補助金が占める割合は3割程度ですが、スイスはほぼ100%、イギリス・フランスは90%以上、ドイツは約70%です。アメリカは、日本とほぼ同じで約35%と先進国では低く抑えられています。

ちなみにここでいう、農家にとっての「所得」とは、「農業粗収益-支払経費+補助金」ことを示します。フランスやイギリスの小麦経営は200~300ヘクタール規模が一般的ですが、そのような大規模穀物経営であっても、市場の販売収入では肥料や農薬代も払えないので補助金で経費をまかないつつ、残りを「所得」にしているとのことで、「所得」に占める補助金の割合の100%超えが常態化しているのだそうです。

日本は、野菜や果実の補助金率も5~7%と極めて低く、酪農は約30%、肉牛は約48%ですが、フランスは、野菜や果実は30~50%、酪農は76%、肉牛は何と179%にも及んでいます。

一方、農業生産額に対する農業予算比率は、日本は38%程度ですが、米国が75%と最も高く、英国(66%)、ドイツ(61%)、フランス(44%)と続きます。また、上記の価格差には、「国内価格」と「輸出価格」のようなものもありますが、米国は、食料を輸出する際の差額補填など、実質的輸出補助金などへの支出も含まれているようです。つまり、米国のような食料輸出国であっても農家を保護しているのです。

先進国は、農業が“命を守り、環境を守り、地域コミュニティを守り、国土を守っている”ことを知っており、そのような農業を「何よりも優先して国家を挙げて支える」ことを“当たり前だ”と思っているのです。

農家が離農して農業が崩壊し、食料自給率がますます低下してきたことに目をつぶり、農業の保護を“当たり前ではない”と考えているのは日本だけで、だから自動車などの輸出を増大させる代償として農業を“差し出す”こと、そして米の生産に待ったをかけて自給率の低い小麦を原料とする洋食の拡大にも躊躇しなかったのであり、長い間、そのような政策の是非を顧みないままここまで来てしまったのです。今こそ、“我が国が例外である”ことを思い知る必要があるのです。

最後に、農業支援がどれほどのお金がかかるかを概算しておきましょう。米1俵つくるのにかかるコストは頑張っても1.2万円ほどですが、実際に買い取り額は、ブランド米など高額なものもありますが、約9000円ほどです。その差額を国が全額を補填した場合、約700万トン全量でも3500億円程度にしかなりません。

また全酪農家に生乳キログラム当たり10円を補填した場合の費用は750億円程度と言われます。これらの額は多少の幅はあるとは思いますが、国の予算の規模からしてさほど大きな額ではないことは間違いないでしょう。

『世界で最初に飢えるのは日本』と題して、我が国の食料事情に危機意識を持った鈴木氏の“警鐘”に納得するのは私だけではないと考えます。正直申し上げ、日本は、「食料安全保障」に関して、戦後大きな“戦略的過ち”を犯したと考えざるを得ないのですが、いつの時点で、だれの責任でそうなったかを追及してもこれから未来の対策は案出できないことも間違いないでしょう。「食料安全保障」の必要性を訴え、根本から農業政策を見直せば、今からでも農業の救済は可能であると私は考えます。他国を見習うべきでしょう。

▼総括

最近、日経新聞社がかなり時間をかけて分析したといわれる『国費解剖』という書籍に目を通す機会がありました。そこには、財政赤字の一方で、膨張を続ける国家予算を紐解けば、莫大な“ムダ使い”があることが随所に指摘されています。読むと本当に呆れます。

つまり、国防もエネルギーも食料も、やがて人口減から来る労働力の確保なども、将来を見越した“戦略眼”を持たないまま、政治家、官僚、専門家といわれる一部の人たちなどによって、その場しのぎの政策が案出され、時には国会対策上各党の言い分を刹那的に取り入れ、その時々の勇ましいキャッチフレーズのもと、マスコミなどもこぞってそれを指示し、「国の舵取り」を行なってきた“ツケ”がいよいよ白日の下にさらされたということなのではないでしょうか。

このような「国の舵取り」は今に始まったことではありません。余談ですが、東京裁判の起訴状で「共同謀議」が読み上げられた時、「共同謀議をもっとうまく実施していたら戦争にはならなかった」とA級戦犯の被告たちが呆れるシーンが記録されています。戦前においても、国家戦略など無きに等しいまま、その場その場で「よかれ」と思って実行してきた延長で大東亜戦争に突入してしまったのでした。

ようやく少子化対策に本腰を入れるようですが、その対策も“異次元”というにはほど遠い内容からか、国民が“しらけている”ように見えるのが残念です。

もはや一国でもって、国防のエネルギーも食料も、そして労働力でさえ確保できない時代が到来していることは時代の流れとしても、これらのうち、一つとして自力ではまかなうことができない国家、つまり、あらゆるものが“他力本願”の国家が「独立国」と言えるのでしょうか。ことの重大性に気づかず、いや、気がついても知らないふりをして、ノウテンキを装っているのが、現代を生きる私たち日本人なのではないでしょうか。

冒頭に述べたように、「分裂の時代」を間近にした今日、このままで「我が国の未来が安泰である」とはとても考えられません。現在の日本は、戦前の日本人を批判する資格など微塵にもないし、将来の日本人に“合わせる顔”があるだろうか、と考えてしまいます。

なぜこうなってしまったのでしょうか。根本的原因はどこにあるのでしょうか。これから先、我が国の現状や風潮を覆す“特効薬”はあるのでしょうか。

当然ながら、そのための対策は、私などが考え及ぶべき領域をはるかに超えていると思いながらも、いよいよ「『強靭な国家』を造る」と題した第4編の主テーマについて、皆様と一緒に試行錯誤してみようと思います。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)