我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(66)『強靭な国家』を造る(3)「世界で最初に飢えるのは日本」なのか(その1)

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我が国の未来を見通す(66)『強靭な国家』を造る(3)「世界で最初に飢えるのは日本」なのか(その1)

□はじめに

「戦争はおろかである」ことに異論を唱える人はいないと思いますが、歴史をみれば、人類がこれまで行なってきた行為の数々は、後で振り返れば、戦争に限らず“おろかなことの繰り返し”だったともいえるでしょう。

何を言いたいかと言いますと、これらの“おろかなこと”は、“これから先も繰り返される”ということです。ドイツ哲学者のヘーゲルの言葉に「我々が歴史から学ぶことは、人間は決して歴史から学ばないということだ」という有名なフレーズがあります。だからこそ「歴史は繰り返す」とか「歴史は韻を踏む」などと言われるのでしょう。

それにしても、この“おろかなことの繰り返し”の例として、今なお自作自演かどうかは不明ですが、ドローンによるクレムリン攻撃とその直後、「ウクライナの攻撃だ」と発表したロシア政府のリアクションが挙げられると考えます。

その理由は、①あの程度の大きさのドローンはウクライナからモスクワまでの500キロ以上も飛ぶわけがない、②クレムリンのどこかに命中したとしてもあの程度の弾頭では被害は軽微であり、(どこにいるかも不明な)プーチンを狙えるわけがない、③本当に狙うのなら、6日後の「戦勝記念日」当日の方がより可能性がある、④命中シーンを狙っていたかのような映像はあまりにタイミングが良すぎる、⑤仮にウクライナから飛翔したとして、その間に発見も対処もできないロシアの防空能力は無きに等しい、またロシア国内に潜入して発射したとしたら、それを許すロシア警備体制はお粗末である、などなど不思議なことが次から次に沸き上がってくるからです。

自作自演か国内の反プーチン派の“仕業”だったとしても、ドローン攻撃は、最近高まりつつある反戦気分に対して、再び「祖国防衛」を訴える手段として格好の材料だったことでしょう。実際に、9日の「戦勝記念演説」において、プーチンはドローン攻撃には全く触れずして、「先人たちが多大な犠牲を払ってナチズムから人類を救った。欧州列国はその事実を忘れている」として、祖国防衛を強調しつつ、ウクライナ侵略の正当性を主張しました。

つまり、仮に自作自演だとして、後日、そのことがバレることは先刻承知の上だったとも想像できます。それよりも、戦勝記念演説という絶好の機会に、「いかに自らの判断の正当性を国民に訴えて(大多数の国民の)共感を得るか」を最優先したのでしょう。

このような“おろかなことの繰り返し”は歴史上枚挙に暇がありません。一連の報道に接しながら、私は、改めて「これこそが『人類の歴史』そのものなのだ」と考えていました。

我が国には「溺れる者は藁をもつかむ」という、まさに本事件の本質を物語るようなことわざがあります。真剣に自作自演したとすれば、その狙いは“藁”ではなく、“丸太”だったのかも知れません。軍事パレードには旧式戦車1両しか参加しなかったことも話題になりましたが、「できなかった」というのが事実なのでしょう。まさに、“溺れる者”と表現することがぴったりのようなロシアの実情、そしてプーチン大統領の“胸の内”を想像してしまいます。

その延長で、「危険水域が近づいている」との不安も頭から離れません。“おろかなことの繰り返し”の延長で、核兵器のボタンを押す可能性があるからです。本文でも取り上げていますが、核戦争が“おろかさ”の範疇でないことは明らかです。今こそ、人類はこぞって、“おろかさ”を超える核戦争が勃発しないようにあらゆる知恵を出し、行動しなければならない時が近づいているのかも知れません。本当に“手遅れになる”前に。

▼『世界で最初に飢えるのは日本』発見!

 

さて、だいぶ前になりますが、書店で『世界で最初に飢えるのは日本』を見つけた時はとても驚きました。「驚いた」という意味は、まずはこのタイトルです。コロナの影響やウクライナ戦争の結果もあって、現時点でも、世界には我が国などよりも食料確保がままならず、現に国民の多くが飢餓に苦しんでいるような国々があると考えますが、そのような国々よりも、まず我が国が“世界で最初に飢える”と言っているのです。

私は、本メルマガをしたためるために、農業・食料問題についてかなり調べました。その結果、この問題が一向に話題にならないことを含めて、我が国の将来の食料確保の可能性についての不安感が増大するばかりでしたが、この書籍の著者は、私など以上に我が国の食料問題に危機意識を持っていることがわかりました。なおかつ、著者はかつて農林水産省に勤務し、大学の農学部で教鞭をとっておられるなど、れっきとしたこの道のプロである鈴木宣弘氏でした。

それがわかった瞬間に、私自身は、程度の差はあるけれども、自分と同じような危機意識を持つ方がおられることがわかり、自分だけの危惧ではなかったことにある種の安堵感を持ったことも間違いありません。しかも書籍を読み解くうちに、「確かに」とガッテンがいく分析やデータをたくさん発見しました。

第2編の「農業・食料問題」の補足として、本書を中心に、我が国の農業・食料問題の先にあるものを“見える化”してみましょう。ぜひ読者の皆様もぜひ一緒に考えてみてください。

▼「最初に飢えるのは日本」の理由

 

本メルマガ第2編「農業・食料問題」の中で、①我が国の農業従事者約130万人のうち約70%が65歳以上で、あと10年もすれば、これら高齢従事者がリタイアし、農業従事者は70~80万人ほどになるとか、②我が国の食料自給率はカロリーベースで約38%しかなく、先進国で最低の住準になっていることなどについて紹介しました(それ以外の話題について興味にある方はぜひメルマガ第2編を確認してみてください)。

今回は、別な視点から我が国の農業食料問題をチェックしてみようと思います。

まず、上記の書籍のタイトルについて著者の鈴木氏は、米国ラトガーズ大学の研究者らが「局地的なの核戦争が勃発した場合、直接的な死者は2700万人だが、『核の冬』による食料生産の減少と物流停止による2年後の餓死者は、食料自給率の低い日本に集中し、世界全体で2.55億人の餓死者のうち約3割に相当する7200万人が日本の餓死者と推定した」ことからはじまり、「仮に核戦争を想定しなくとも、世界的な不作や国同士の対立による輸出停止・規制が始まれば、日本人が最も飢餓に陥りやすい可能性がある」ことを強調して警鐘を鳴らすためにこのような書籍名にしたようです。

ここでいう「核の冬」とは、「核戦争によって地球上に大規模な環境変動が起きて人為的な氷期を発生する」として大気学者リチャード・ターコや宇宙物理学者カール・セーガンなどによって1980年代に提唱されたものです。つまり、これまで何度か起きているような火山の大規模噴火などと同様、あるいはそれ以上の重大な影響が出るとしているのです。瞬時に2700万人も犠牲者が発生し、地球レベルの気候に影響を及ぼすような核戦争ですから、かなり巨大な「戦略核爆弾」が飛び交うような状況を想定していると考えます。

昨今のウクライナ戦争の今後の行方などによってはそのような状況も想定されなくはないですが、鈴木氏はこれらを含めて、我が国が世界の中で最も早く飢える可能性があることはけっして“絵空事”ではく、このままだとこうなる危険がある理由として、我が国の食料自給率はカロリーベースの約38%ではなく、種とか肥料の海外依存度を考慮すると、10%に届かないのが現実であるとした上で、農業の現場の疲弊が深刻化していることを取り上げています。

そして、「『お金を出せば輸入できる』ことを前提にした『食料安全保障』はすでに破綻している」として、「不測の事態に国民の命を守ることが『国防』とすれば、国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要、それこそが安全保障だ」と言い切っています。全く同感です。

のちほど詳しく総括しようと考えていますが、この「お金を出せば食料は輸入できる」との考えは、同じく自給率の低いエネルギーの確保にも用いられ、国防に関しては、「憲法があれば、我が国の平和と独立は維持できる」とする考え方と“根っこは同じ”と私は思っています。

▼ここまで危険水域にある食料自給率

 

それではまず、改めて、我が国の食料自給率、その延長で食糧危機に至る可能性などについて、鈴木氏の指摘ポイントを活用しながら“見える化”してみましょう。

まず私たちは、現在、世界中でかつてない規模の食料危機が迫っていることを知る必要があります。2022年6月、WFP(国連世界食糧計画)とFAO(国連食糧農業機関)が『ハンガーホットスポット─WFP-FAO急性食料不安に対する早期警告』という報告書を発表し、「新型コロナウイルスの拡大やウクライナ戦争の影響などにより、世界20カ国以上で深刻な飢餓が発生する」と“警告”しました。

このような報告書は今回初めてではなく、「世界同時多発食料危機」が現実の世界でも切羽詰まった問題となっているのです。実は、あまりの深刻さから、“気候変動を恰好な武器とする陰謀説”とささやく人たちもいるのですが、あえて今は触れないでおきましょう。

問題は、「我が国がこの迫りくる食料危機から逃れられるか」にあることは間違いないでしょう。繰り返しますが、我が国の食料自給率はカロリーベースで38%ですが、鈴木氏は次の理由で「これは楽観的な数字だ」としています。

たとえば現在も将来も自給率ほぼ100%の米について具体的に考えてみましょう。米は、現代の慣行農法(農薬・化成肥料使用)だと1反(300坪)当り7~8俵(1俵=60kg)の収穫を期待できますが、これに対し、自然農(無農薬無肥料)だと良くできて4俵ほどに下がります。つまり、化学合成肥料を使えなくなれば単位面積当たりの生産量はおおむね半分くらいになるといわれています。栽培や収穫のための時間や稼働させる機械の燃料消費は面積当たりではそれほど変わらないので生産効率はもっと下がることになります。

我が国は、この化学肥料の原料の資源に乏しく、3要素といわれる尿素、リン酸アンモニウム、塩化カリウムのほとんどを輸入に頼っているのが現状です。まず尿酸は、自給率はわずか4%のみで、残りはマレーシア(47%)、中国(37%)、サウジアラビア(5%)などから輸入しています。リン酸アンモニウムや塩化カリウムに至っては、どちらも自給率ゼロですべて輸入に依存しています。リン酸アンモニウムの輸入は、なんと中国がダントツの90%で、残りがアメリカ(10%)からです。塩化カリウムの輸入は、カナダが第1位の59%ですが、残りはロシア(16%)、ベラルーシ(10%)からと続きます。

「化成肥料がダメなら有機肥料や堆肥を使えばいいじゃないか」との考え方あると思いますが、有機肥料も見事なまでに輸入依存の状態が現実です。

有機肥料の代表格は、米ぬか、油粕、そして牛糞や鶏糞などの各種家畜糞堆肥などです。確かに、米ぬかは精米の後に田んぼに散布されます。しかし、大量に使えば、畑に使う分はなくなるという問題があります。大豆や菜種油から食用油を絞った後の“絞りかす”の油粕については自給率が5%程度で、油用につかわれる大豆はほぼ100%が輸入で、菜種油用の菜種(ナタネ)についても99.9%は輸入に頼っています。つまり、油粕も輸入に依存している状況なので輸入が止まれば入って来なくなります。ちなみに、油用の大豆や菜種のほとんどは遺伝子組み換え品種といわれています。

このような現状から、鈴木氏は、米の“実質的な自給率”は11%程度と見積もっています。同様に、現在自給率80%の野菜は、肥料に加えて種の自給率も考慮すれば実質8%程度で。2035年頃は4%に減少すると見積もっています。また、自給率38%の果樹は実質4%、将来は3%に減少、自給率61%の牛乳・乳製品は実質26%、将来は12%に減少、自給率36%の牛肉は実質9%、将来は4%に減少するなど、“ほぼ壊滅的な状況になる”と不安感を隠しません。

さらに最近、鳥インフルエンザで話題になっている鶏卵については、現時点の自給率は97%ですが、鶏の主たる餌になっているトウモロコシの自給率はほぼゼロです。しかも、コロナ禍の後、中国が爆買いしていることもあって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっています。そもそも鶏のヒナはほぼ100%輸入に頼っています。

前述した肥料の中で特に気になることは、中国にリン酸アンモニウムの90%、尿酸の37%をゆだね、塩化カリウムもロシアやベラルーシに合わせて26%も頼っていることです。このことは、我が国の米作の“生殺与奪の権利”をこれらの国々に預けていることを意味します。

このような現実を知れば、肥料の製造メーカー関係者や政府(農林水産省)の“危機意識の欠如”が手に取るようにわかります。だいぶ前のレアアースの輸出規制の例を引くまでもなく、現に、中国では国内需要の増加から原料の輸出規制を始めています。また、ロシアやベラルーシもウクライナ戦争の勝利追求のために「敵国・日本」に輸出制限を行なっており、この状況が続けば今後の調達に見通しが立たなくなる可能性があるでしょう。

このウクライナ戦争でも、ウクライナ北東部にハルキウにある「シードバンク」がロシアの攻撃によって多大な損害を受けています。「シードバンク」とは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設で、ウクライナの施設は世界最大級のもので、16万種以上の種を保管していたといわれます。

この損害自体はあまり話題になっていませんが、「種を制する者は世界を制する」という言葉あるように、種は農業を営む上で必須の要素です。国民生活を守るためにも、種などの農業生産の必須要素は、自前で供給する体制を構築する必要があるのは明白です。

また昨年、ウクライナ戦争の最中、ウクライナがオデーサ港から黒海経由での穀物、特に小麦の「輸出規制」を“武器”として揺さぶりをかけ、世界の食料供給を混乱させました。ロシアとウクライナは、小麦の一大生産地、両者で世界の小麦生産の約3割を占めていますのでその影響は極めて大きなものでした。ウクライナの反撃はこのような事態の再現の可能性が拡大することを意味し、FAOなどの報告書はこのような事態の到来に警鐘を鳴らしているのです。

我が国は、小麦については米国、カナダ、オーストラリアから輸入していますので、直接的な影響は少ないかも知れませんが、これらの国へも今や世界中から「買い注文」が殺到し、すでに「食料争奪戦」の様相を呈しています。

余談ですが、世界の穀物市場では、最近の記録的生産の結果、穀物在庫も8億トン弱となり、過去最高水準に積み上がっています。しかし、世界の穀物在庫の過半(小麦の51.1%、トウモロコシ68.8%、コメ59.8%)は中国国内の在庫となっています。

中国は、2008年の世界食糧危機以降、いち早く将来の不足に備えて食糧戦略を打ち出し、2009年には国家食糧備蓄政策として「3つの保護」(農家利益の保護、食糧市場安定の保護、国家食糧安全の保護)を着々と実行して来ました。

この事実について、「中国主導による新たな『食糧を武器』にする企て」との分析もありますが、中台問題などと絡めて、その事実をしっかり分析する知る必要があるでしょう。

私たちは、食料そのものの争奪戦に加え、肥料や種の争奪戦もすでに始まっているとの認識を持つ必要があるのです。この続きは次回にしましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)