我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(78)『強靭な国家』を造る(15)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その5)

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我が国の未来を見通す(78)『強靭な国家』を造る(15)「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その5)

□はじめに

 最近、意外なニュースで驚いたのは、7月4日、埼玉県川口市で市内に住む100人を超えるクルド人が病院に殺到し、救急が5時間半もストップし、県警機動隊が出動する騒ぎになったということでした。そのきっかけは、女性をめぐるトラブルでトルコ人同士が争い、刃物による怪我で病院に救急搬送されたことだったようです。

現在、川口市内には市民約60万人の6.5%に相当する約3万9千人の外国人が住んでおり、東京都新宿区を抜いて全国で最も外国人住民が多い自治体になっていますので、よけいにこのニュースが気になったのです。

前回、「人口」が「国力」に及ぼす影響を取り上げましたが、現在、国内に滞在する外国人は全人口1億2330万人の2.5%に相当する約314万人(うち、7万人は不法滞在)だそうですが、外国人労働者や移民政策を推進し、仮に外国人比率が川口市と同じくらいになれば、国内には現在の2.5倍、約800万人の外国人が滞在することになります。

現時点において、未来の我が国の姿を予測するのは時期尚早ですが、川口市の事案などはまだまだ序の口で、現在、欧米諸国などで発生している移民をめぐる様々なインシデントが社会を揺るがしているという“現実”を知ると、人口減の対策として軽々に外国人労働者とか滞在者を増やすことには抵抗があることでしょう。

この点も我が国の「歴史」や「文化」の問題ですが、将来的には外国人が増えることを前提としながらも、人口の何%ぐらいが限界なのか、あるいは、せめて現状程度の治安や平穏な生活を維持するためにいかなる処置を講ずればよいのか、などについても様々知恵を働かせる必要があると考えます。

川口市の事案自体は、さほど取り立てて騒ぐほどのことではないとは思いますが、何か我が国の未来の姿を“先取り”したようで、一抹の不安感が脳裏をかすめましたので、あえて紹介しました。出典の「『移民』と日本人」(産経新聞7月31日、1・3面)も、最後に「日本人人口そのものが減っていく中、私たちは彼ら(外国人)とどのように向き合っていくのか」の1文で結ばれていました。本文でも触れますが、仮に有事になれば、“異次元のインシデント”を覚悟する必要もあるのです。

外国人との向き合い方に留まらず、我が国の厳しい未来に立ち向かうためには、大河ドラマの「どうする家康」ならぬ「どうする日本」の“連続”という気がします。前回の「人口」に続き、今回は「領土」を取り上げましょう。

▼「領土」が「国力」に及ぼす影響(前段)

「国力」の要素としての「領土」に関する国際比較は、すでに紹介しましたように、面積とか地政学的位置とか国土の特性など「領土」の持つマクロな要素が重視されますが、「領土」は「国力」の“指標”でも“象徴”でもあり、それを死守することが、時代の変化にかかわらず「国益」そのものになり、国防の直接の目的になることから、実際にはこれらと違った要素も入ってくると考えます。

特に、「領土」が「人口」「食料・エネルギー資源」、「安全保障」など、実際の「国力」の維持・増大(あるいは低下)の直接の原動力となり、なおかつ複雑な歴史的経緯を含むような場合、「領土」は、いわゆる“核心的利益”に格上げされ、武力をもってしてもそれを“手に入れる”ことを企図するレベルまで格上げされます。

人類の歴史は、かつての植民地主義のように、武力に物を言わせて一方的に「領土」拡大を企図するか、はたまた、互いの「領土」争奪を目的とする「戦争」の繰り返しでした。そして今なお、ウクライナ戦争のように、武力をもって「領土」を拡大する国があり、かつ“隙あらば”と領土拡大を目論んでいる国もあるという事実を私たちは強く認識する必要があるのです。

このような国は、時に、史実を歪曲してでも自国に有利な歴史戦を展開して、領土獲得の正当性を主張するのが常道ですし、相対する国と“相対的な力関係”が逆転したような場合は、過去の“怨念”のようなものも手伝って、領土問題はますます熾烈さを増すことも歴史が教えるところです。

我が国は現在、歴史的にも国際法上も日本固有の領土である北方領土、竹島、そして尖閣諸島と3つの領土問題を抱えています。北方領土と竹島は不法占領下にあり、尖閣諸島は一応、我が国の施政下にあるものの、ほぼ毎日のように、中国が領海・領空侵犯を繰り返し、我が国の漁船などの接近を拒み、「実効支配」の既成事実化を企んでいます。

一般に、領土問題は当事国同士が外交で解決するのが最も望ましいとされていますが、そう簡単に円満な解決ができないことは言うまでありません。それだけ、どこの国であっても、また取るに足らないような辺鄙な岩礁などであっても、「領土」の取得や保全を“核心的利益”として「国益」の中心に据えているのです。

「当事者同士の外交で解決」や「軍事力による解決」以外にも、領土問題は、(1)経済力を活用した解決、 (2) 国際司法裁判所(IJC)などに付託するなど国際社会の支援を得た解決、(3)文化交流や人的交流を通じた理解の促進、などの多様な解決策があると言われています。

(1)経済力を活用した解決については、1803年にフランスがアメリカのミシシッピ川流域の広大な地域のルイジアナ(現在は15州にわかれています)を1500万ドルでアメリカに売却したり、1867年にロシアがアラスカを720万ドルでアメリカに売却したような例もありますが、経済力を活用して平和裏に領土問題を解決した例は数えるほどしかありません。

北方領土についても、ソ連崩壊後のひと時、日本に返還される可能性が膨らんだ時がありました。その後もビザなし交流などの文化交流や人的交流も盛んに行なわれ(私も2度参加しました)、日本は島民との和睦のために努力をしてきました。最近も、度重なるプーチンー安倍会談によって再び返還に向けた気運が盛り上がった時期がありましたが、このたびのウクライナ戦争によって、また“振り出しに戻った”と考える必要があるでしょう。

また、(2)国際社会の支援を得るという観点で言えば、フィリピンは、中国が主張する「九段線」について国際仲裁裁判所に訴え、2016年、裁判所は「国際法上の法的根拠はなく、国際法に違反する」(「南シナ海裁判」と呼ばれています)の判断を下しましたが、中国が、裁決は無効、「紙くずにすぎない」として拒否したため、何らの解決に至りませんでした。

同盟国の支援についても触れておきましょう。アメリカは、日本が絡む領土問題については、例えば尖閣諸島については「日本の施政下にある」としながらも「日本の主権」については明確にしていませんし、北方領土についても、「日本の主権」を明言し、日本の立場を支持したのは、つい最近、2022年の3月でした。

大東亜戦争末期の「ヤルタ会談」密約によって、ソ連参戦の条件として千島列島などをソ連領土とすることを認めた手前、なかなか明言できなかったのでしょう。もっとも、当時のルーズベルト大統領は、「千島列島の中に、“歴史的に日本固有の領土である北方領土が含まれている”とは認識していなかった」との分析もありますが、“あとのまつり”であり、その勢いで北海道まで占領する意図を持っていたスターリンに“してやられた”のでした。

尖閣列島のように、「施政権は持っている」と認めても「日本の主権」については明言を避けている理由は、“第三国間の領域紛争に巻き込まれたくない”というアメリカの伝統的外交方針から、「特定の立場を取らず、あいまいな立場を維持している」との見方が一般的ですが、米国にとっては、東アジア外交戦略上、日本が周辺の3国と領土問題を抱えることが「国益」になるとの分析もあります。

米国の“あいまいさ”が、実際に、アメリカの東アジア政策を狂わせるほどの日中接近を拒み、中国に“付け入る隙”を与えていることから、日米同盟といえども、「領土問題」の解決の“手助けにはならない”ことを私たちはよく認識する必要があるのです。

▼「領土」が「国力」に及ぼす影響(後段)

同様なことは台湾問題についても言えるでしょう。台湾問題も複雑な経緯があります。少し長くなりますが、安倍元総理が「台湾有事は日本有事」と発言して話題になったように、地理的にも歴史的にも民主主義という政治体制的にも日本と近い台湾問題は即、日本の安全保障や「領土」保全と直結する問題なので、少し触れておきましょう。

かつては、中華民国(台湾)が中国を代表する国家として国際連合に加盟し、安全保障理事会の常任理事国でもありました。第2次世界大戦の終末時、本来「連合国」と訳すべき「United Nations」設立の主旨からして当然だったのです。

それが変わったのは、アメリカが米ソ対立の冷戦下において、泥沼のベトナム戦争の最中でした。戦争の早期解決に向けて、アメリカは対中政策の根本的再検討を迫られていました。一方当時は、中国とソ連も対立し、中国は、対ソ政策上、アメリカにアジアに留まってもらいたいと望んでいたことから、1971年、電撃的なキッシンジャーの中国訪問が実現しました。その延長で、第2758決議(「アルバニア決議」と呼称されます)によって、中華民国は国連から追放され、中国を代表する中華人民共和国が国連に加盟、安全保障理事国の地位も獲得しました。

この決議は、正式には「蒋介石の代理人」の追放で、中華民国が追放されたわけではなかったので、例えば「台湾」と名称を変更して国連に残る選択肢もあったようですが、中華民国は国連を脱退しました。

アメリカは、1979年に「台湾関係法」を制定し、台湾との非公式な関係を維持しながら、中国政府と正式な国交を結びました。この法律により、アメリカは「一つの中国」政策を順守し、中国政府のみを承認することになったのです。

このような歴史的背景もあって、アメリカは「台湾問題は国内問題」とする中国に表立った反論ができないまま時が流れました。かのトランプ前大統領でさえ、多数のF-16戦闘機や戦車、対空ミサイルなどを含む総額100億ドル規模の台湾向け武器輸出は承認していましたが、面と向かって「台湾を防衛する」と明言はできませんでした。

一方、バイデン大統領は、2022年5月、日本における演説の中で「中国が台湾を攻撃した場合、米国は軍事的に介入して島を守る」と警告しました。ホワイトハウスは、「米国の長年の台湾政策に変更はない」と否定するという奇妙な一幕もありましたが、当時、バイデン大統領は、「ロシアのウクライナ侵攻と台湾には類似点をあることを主張したかった」のだと報道されました。

いずれにしても、アメリカの台湾防衛の“本気度”が中国の武力行使の「抑止力」になることは明白なので、“お互いの腹を探るつばぜり合い”が今後も展開されることでしょう。

さて一時、「尖閣列島の領有権の争いなどよりも日中経済交流が大事」と盛んに言われていた時期がありました。このような主張を繰り返す人たちは「国力」、そして「国力」の要素としての「領土」の意味を全く理解してないということで、外国であれば、“処刑者”でしょう。

そして、今なお、「領土」の「国力」に及ぼす影響をなんら顧みない現象の現れが「外国資本による土地の購入」です。本メルマガでもすでに取り上げましたが、太陽光発電などの用地として、分かっているだけで広島県ほどの面積がすでに中国など外国資本下にあります。その一部は、我が国にとって重要なインフラの近傍に所在しています。

ようやく、2021年に制定された「土地取引規制法」によって、重要施設周辺や国境離島等など「特別注視区域」近傍の土地取引には事前届出が義務付けられましたので、米軍基地が自衛隊施設の近傍の土地取得には制限がかかりました。

しかし、現在の我が国の法律では、私有地の中に簡単に立ち入ることができないため、平時有事を含め、この私有地を活用して“様々なことが行なわれる”ことを覚悟する必要があるでしょう。

巷には、「水源地」として活用されることへの懸念や電波妨害やライフラインの遮断などは取沙汰されていますが、その気になれば、小型ドローンにより周辺の重要インフラ等への局地攻撃なども簡単に実施できるでしょう。

つまり、台湾有事と絡めた南西諸島への脅威などに留まらず、“戦場”は全国各地に及ぶ可能性があるのです。冒頭にも述べましたように、平時有事を問わず、目的が解明できない滞在者と「外国資本の領土」に繋がった場合の国防上の懸念は、このような事態を「ハイブリッド戦」と呼ぼうが呼ぶまいが、想像を絶するのです。

中国には2010年から施行されている「国防動員法」があり、中国人は外国に滞在してもこの法律により緊急時の動員を強制されます。一方、中国は、最近話題になっている「半スパイ防止法」によって国内に滞在する外国人を常時監視しています。

そして、中国の土地はすべて国の所有物であり、中国人が取得できるのは「土地の使用権」のみです。外国人は、この「使用権」でさえも単独名義で取得することはできず、だれか中国人のパートナーを探し、「合弁」という形の共同名義のみが認められています。外国人が国内に滞在することや土地取得に絡む“危険性”を熟知しているからでしょう。我が国も中国のような国に対しては、外交上の「相互主義」を貫くべきなのです。

「領土」だけではないですが、政治家や官僚、そしてほとんどの有識者たちの「国力」とか「国益」に対する無頓着さが、やがて“取り返しのつかない問題”に発展する可能性があります。最大の問題点は、それらに対してほとんどだれも警鐘を鳴らさないことにあると考えます。私は、「国力」を顧みない「領土」に対する認識こそ、“能天気の極み”と考えます。

繰り返しますが、「領土」を防衛することは、国防の目的そのものです。上杉謙信が言い始めた言葉とされる「寸土を軽んずるもの、全土を失う」を戒めとして、私たちは、“寸土”といえども「領土」を守りぬくこと、そして歴史の事実なき不法占拠には断固として立ち向かうこと、さらには、国内の土地を外国資本に売却する“危険性”を再認識し、必要な処置を講ずる必要があるのです。

私自身は、将来の厳しい情勢に備えるためには「憲法改正待ったなし」と考えていますが、憲法改正前に「やるべきこと」「できること」が山ほどあることも事実でしょう。いい加減に目を覚ましてほしいと切に願う昨今です。

「強靭な国家」を造るために「国力」に焦点を充てて分析していますが、いずれも“宿題”を残しつつ、ようやく「人口」と「領土」が終わりました。「強靭な国家を造ることは容易なことではない」ことを再認識せざるを得ません。まだまだ続きます。読者の皆様も“我が事”としてぜひ一緒に考えて頂きたいと願っています。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)