我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(26) 「農業・食料問題」(8) 変革する農業経営(後段)

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我が国の未来を見通す(26) 「農業・食料問題」(8) 変革する農業経営(後段)

□はじめに

 本メルマガとは直接的な関連はないのですが、やはり元自衛官としてはウクライナ情勢から目を離すことができません。今回も最近のウクライナ情勢の変化について触れおきましょう。

「戦争は偶然の世界である。人間活動のどんな領域でも、不可知の事物がこんなに大きな地位を占めているところはない」とはクラウゼヴィッツの名言の一つです。ここでいう「不可知」とは「人間のあらゆる認識手段を使用しても知り得ないこと」という意味です。

このたびのウクライナ情勢は、ロシアにとっては、当初から計画の基礎となった状況認識と全く異なる戦局にぶつかり、自分で種を蒔いたとはいえ、「不可知」の領域の繰り返しだったような気がします。

しかし、それを単に「不可知」と決めつけるのはあまりにも乱暴で、いわゆる“読み違い”とか“稚拙”などと評価されるレベルなのでしょう。プーチン大統領の最近の“いら立ち”はその事実を物語っていると考えます。

時間が経つにつれて、西側の支援によってロシアとウクライナの相対戦闘力が逆転する可能性があることは予測できましたが、そのような事態を回避するため、プーチンがたびたび明言していたように、ロシアが化学兵器や核兵器の使用を含めて、想定外のあらゆる行動をとる可能性があることは想定され続けてきました。

しかし、これまでのところは、プーチンに残された“理性”がブレーキをかけているのか、あるいはそれができない何か別の理由があるのかは不明ですが、「通常戦」によるロシアとウクライナの「局地戦争」に留まっています。その延長で、このままだと戦局はどちらか一方に有利には展開することは考えられず、長期戦の様相を呈してきました。

そのことを物語るような動きがありました。ウクライナ第2の都市のハルキウ(ハリコフ)正面は、ウクライナ軍が国境付近まで押し返したようですが、開戦以来3か月弱、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所の地下に籠城し続けてきた「アゾフ大隊」を主とするウクライナ軍が5月17日、ついに投降を開始し、陥落しました。

 陥落というと、大東亜戦争におけるペリリュー島、硫黄島、あるいは沖縄本島などにおける旧日本軍の“玉砕”を思い出しますが、今回は、「人命を守る」ことを優先した投降命令に従ったようです。けが人も多く、武器や弾薬も尽き果てたのでしょう。長期間、孤立無援のなか、あっぱれでした。

それにしても、ウクライナのNATO加入だけは絶対阻止することを目的に始めた本戦争だったはずですが、フィンランドやスウェーデンがNATO入りを表明し、加盟が実現すれば、逆にNATOの対ロ包囲網を強化することにつながってしまいました。

フィンランドの中立政策は第2次世界大戦後の国境紛争の結果ですが、スウェーデンが中立政策を変更するのは、ナポレオン戦争以来、約200年ぶりということですので、今回の事態が両国をはじめ西側諸国にいかに大きなショックを与えたかを伺い知ることができます。この歴史的大転換こそは「不可知」の極みであり、ロシアにとってはこれまた自らの行動が産んだ結果としても大打撃でしょう。

心配なのは、この結果として、局面が大きく変わる可能性があることです。つまり、これまでのロシアとウクライナの「局地戦争」に留まらないばかりか、ロシアと国境を接する国々との「地域戦争」、さらにはロシア(CSTO含む)とNATO間の「大規模戦争」にまでエスカレートすることが懸念されるのです。

この結果、エスカレーションのある段階で、ロシアが自らの大損害を顧みず、核兵器を使用する「大義名分」を明言できる事態、つまりロシアの「許容限界」が近づいてきているとの見方もできるのです。

最近、ロシア国内でも戦争に反対する意見がプーチンの足元から起こっていることがニュースになりました。その信ぴょう性は不明ですが、NATOとの戦争になれば、ロシア自体も無傷ではすまないことを恐れた、真っ当な意見と考えるべきでしょう。

侵攻開始当初から盛んに利用されたフェイクニュースや明らかに事実と異なるロシア側の発言が最近、めっきり聞こえなくなってきたのも気になります。これが何を意味するのか、これも詳細は不明ですが、ロシア側の衰退の兆候なのか、あるいは「嵐の前の静けさ」、つまり乾坤一擲の作戦の前兆なのか、しばらく神経をとがらせて見極める必要があるでしょう。

前にも述べましたように、人一倍猜疑心の強いプーチンがこの後、どのような決断をするか、にかかっているのでしょうが、時々報道されるように、プーチンの健康をはじめ“命運”そのものが変化する可能性もあるでしょうから、ウクライナそしてそれに絡む欧州情勢はますます混とんとしてきたと考えます。

ロシアやNATOのリーダーたちに、レーガン元大統領が提唱した「核戦争に勝者なく、決して戦うな」の言葉の“重み”だけは忘れず、それを実現するためにあらゆる知恵を出すよう、切に祈りたいものです。

▼「農地所有適格法人」の増加

さて前回の続きで、「土地利用型」の農業経営についてまとめておきましょう。依然として、難解な用語のオンパレードで理解しにくいと思いますが、我が国の農業問題を考える際の「現状」の把握はとても大事なステップと考えますので、しばらくお付き合いください。

まず、「農業法人」について整理しておきますと、「農業法人」とは、「農業を事業目的とする法人の総称」と定義され、「具体的に農畜産物の生産や加工・販売など農業に関連する事業を行う法人」のことを指しています。しかし、「農畜産業の生産を行う法人」のことを通称、「農業法人」と呼んでいるようですので、前回紹介しましたように、「土地利用型」ではない形で農業に参入する企業を含む「農業経営体」と「農業法人」は違うことになります。「農業法人」はまた、法律上の名称ではなく、いわば俗語ということですので、この付近にややこしさが残りますがまだ序の口です。

 一般に、「農業法人」は「農業組合法人」と「会社法人」に分かれます。「農業組合法人」は、「共同利用施設等の設置を行う法人」(1号法人)と「農業経営を含む法人」(2号法人)に分かれます。

「1号法人」は、法人それ自体は農業経営をすることができませんが、「2号法人」は、①農民、②組合(農業協同組合、農業協同組合連合会)、③農用地等を現物出資した農地保有合理化法人、④法人の事業から物資の供給もしくは役務の提供を継続して受ける個人または当該事業の円滑化に寄与するもの、からなると定款で定められています(細部は省略します)。

 「会社法人」は、「会社法」によって区分されている「株式会社」「合資会社」「合名会社」「合同会社」に区分され、この「会社法人」や「農業組合法人(2号法人)」が農畜産業の生産を行なうためには、「農地法第2条」の規定された定の要件(法人形態要件、事業要件、構成員要件、役員要件)を満たす必要があります(これも細部はとても複雑なので省略します)。

「農地法第2条」自体も、難解な法律用語の羅列なのですが、第2条2には「農地について所有権又は賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を有する者は、当該農地の農業上の適正かつ効率的な利用を確保するようにしなければならない」と規定されていることは紹介しておきましょう。

これらの要件を満たせば、「農業生産法人」として認定されます。「農業生産法人」は、今まで以上に事業の多角化による経営の安定発展や周年雇用による労働力の安定的な確保を図ることができるように、農業に関連する事業としては「農畜産物の製造加工」「農畜産物の貯蔵、運搬又は販売」「農業生産に必要な資材の製造」「農作業の受託」まで含むことが認められています。

将来の農業救済を考える際にここはとても重要なポイントであると考えますので、通称、“農業の生産を行う”「農業法人」(しかも俗語)に分類される「農業生産法人」が“農産物の製造加工から農作業の受託まで幅広くできる”とある不可思議さには目をつぶることにしましょう。

さらに、「農業生産法人」は、平成28年4月に施工された「改正農地法」により、「農地所有適格法人」に呼称が変更されます。そして、法人の要件として重要な「構成員の比率」を当該法人を営む農業と関係性のない者でも構成員として認めることや従来の4ha超の許可権限を国から県に移すことなど、各要件が大幅に緩和されました。

この改定によって、「農地所有適格法人の6次産業化」を図り、経営規模の拡大を期待しているようです。「6次産業化」とは、「1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組」のことを指してします。細部についてはのちほど触れることにしましょう。

「農地法」は令和元年にも改正されました。「6次産業」としてさらに経営しやすい環境の整備や一般企業による投資の増加を促すことが狙いのようです。

法人が農業を営むにあたり、農地を所有(売買)しようとする場合は、必ず上記の要件を満たす必要があります。農林省の平成3年度のデータによれば、「農地所有適格法人」は全国で1万9550法人を数え、年々増加しています。

▼「農地のリース方式により参入する一般法人」も増加

前回触れたような農地を利用しないで農業を営む法人や「農地のリース方式により農業を営む法人」は、「農地所有適格法人」の要件を満たす必要はありません。法人化する場合、どのタイプの法人を選ぶのか、それぞれの法人形態の特色や自らの経営展望に照らして選択することが求められています。

平成21年の「農地法」改訂によって、「リース方式による参入」が自由化されたことはすでに述べましたが、「リース方式」の場合、「農地の効率的な利用」「一定の面積の経営」「周辺の農地利用に支障がない」などの基本的な要件は「農業所有適格法人」と同等ですが、「賃貸契約に解除要件が付されていること」「地域における適切な役割分担のもとに農業を行うこと」「業務執行委役員または重要な使用人が1人以上農業に常時従事すること」などの要件を満たせば、全国どこでも賃貸契約を結ぶことが可能になっています(細部の手続きなどについては省略します)。

リース方式の参入法人は、「農業法人」と区別されて「一般法人」と呼称されます。最新のデータでは、全国で3669法人を数えていおり、その内訳は、①農業・畜産業(約27%)を筆頭に、②食品調達産業(約20%)、③建設業(約10%)、④NPO法人(約8%)、⑤卸売・小売業(約5%)など広範な業種に及んでいます。営農作物別では、①野菜(42%)、②米麦等(18%)、③複合(16%)、④果樹(13%)、以下、工芸作物、畜産、花きと続きます。

「一般法人」の借入面積はすでに1万ha(1法人当たりの平均面積3ha)を超えているようですが、全国の農地面積は、減少しているのはいえ、依然450万haほどありますので、全体からみればほんの一部にしか過ぎません。

▼総括──農業構造の変化

 農林省は、「食料・農業・農村白書」(令和3年度版)で、最近の農業構造の変化を次のように説明しています。これまでと重複をいとわず要約しておきましょう。

わが国の基幹的農業従事者は2005年に224万人から2020年には136万人へと88万人減少している。65歳以上の農業従事者が全体の70%(95万人)を占める一方で、49歳以下の若年層は11%(15万人)にとどまっている。ただし、15歳~44歳層は、この5年間で12.4万人から14.77万人に増加している。

 農業経営体は、2020年は108万経営体でこのうち約96%が個人経営体である。経営耕地面積の割合でみると、主業経営体(農業所得が主の世帯単位の経営体)と法人経営体が占める割合は2010年の56%が2020年には63%へと増加した。また、地目別では畑が81%を占め、地域別では北海道で90%を占めている。

 団体経営体(個人経営体以外の経営体)のうち法人経営体が増加傾向にある。2010年の団体経営体は3万6000、このうち法人は2万2000だったが、2020年では全体が3万8000経営体となり、法人は3万1000に増えた。また、「集落営農」(「集落」を単位として専業農家・兼業農家等を含めた集落の農家の協力のもと、農業生産過程の全部または一部について共同で取り組む組織)の法人化も進んでいる。

 品目別でも法人経営体の占める割合が増えている。稲作では2010年の3万9000経営体が2020年には9万1000経営体へ大きく増加している。このように、法人化していないものも含め団体経営体は中山間地域や都市的地域など、どの地域でも増え、法人化が進展している。

 1経営体あたりの経営耕地面積は、2010年では2.2haだったのが、2020年には3.1haと拡大している。この間に借入農地は0.6haから1.2haへと倍増しており、「担い手」への農地集積が進んでいる。

 全体でみると、最も大きな割合を占めていた0.5ha~1ha層の経営体が大きく減少している。ただ、地域差があり、1経営体あたりの平均耕地面積は中国、四国、近畿では1.1~1.4haにとどまっている。「担い手」の世代交代期にあるなかで、地域ごとの動向分析が必要である。

以上が「農業構造」の変化の概要ですが、白書はまた、「食料供給のリスクを見据えた総合的な食料安全保障の確立」についても触れており、「国際連合食糧農業機関(FAO)」の食料価格指数を取り上げ、その急激な高騰を示しています。ウクライナ危機をふまえた動向にどこまで盛り込み、どのように今後の課題を提示するかについても注目されています。

これらを総括しますと、これまで農林省を主に政府が取り組んだ農業政策は一定の効果を挙げていることは間違いないようですが、農業従事者や荒廃農地の減少傾向は止まらず、食料自給率は低下傾向にあるなど、農業食料問題の“抜本的解決”には至っていないことも“現実”なのでしょう。

本メルマガは、次回以降、その原因はどこにあるのか、あるいはどのような救済策が必要なのか、など新たなテーマを掲げ、皆様と一緒に考えて行こうと思います。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)