我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(28)「農業・食料問題」(10)「農業の企業化・大規模化」の推進(その1)

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我が国の未来を見通す(28)「農業・食料問題」(10)「農業の企業化・大規模化」の推進(その1)

□はじめに

 先日、世界銀行が「過去50年で最大の価格ショックが起こる」と警告して話題になりました。今後、エネルギー価格が50%超上昇し、小麦は42.7%、大豆が20%、油脂が29.8%価格アップするのだそうです。国連世界食糧計画(WFP)も途上国を中心に「第2次世界大戦以来、目にしたことがない食糧難が襲ってくる」と最大限の危機感を持つように注意を促しています。

 最近の国際的な食糧危機としては、2007年から08年にかけて穀物生産国における干ばつや原油価格上昇を原因として、食糧価格の劇的上昇があり、貧困国や開発途上国において政情不安や経済不安を引き起こしました。特に、アジア・アフリカ・南米諸国では頻繁に抗議活動や暴動が発生し、治安悪化に発展しました。

このたびの食糧危機は、国連のグテーレス事務局長が5月18日、「ロシアによるウクライナ侵攻のために、今後何カ月のうちに世界的な食糧不足が発生する恐れがある」と警告したように、その原因はあまりに明白です。

 それを物語るように、小麦の生産量は、ロシアが第3位、ウクライナが第7位ですが、輸出量はロシアが第1位(全体の約18%)、ウクライナが第5位(約7%)を占めていますので、その影響は計り知れないものがあります。そのウクライナには、昨年収穫した莫大な量の小麦が、ロシアがオデッサ沖を海上封鎖しているため輸出できず、そのまま倉庫に放置されていることも判明しています。

戦争が長期化していよいよ食糧危機への影響が現実のものになった最近、ロシアは、「西欧諸国が経済政策を緩和したら黒海封鎖を解除する」としてこの事実を自国に有利なように活用し始めました。

これに対して、アメリカなどは、ウクライナに対艦ミサイルなどを供与し、ロシアの黒海封鎖を打ち破る手段を検討中のようですし、ようやく、ウクライナからの穀物輸出ルートとしてルーマニア経由の代替ルートの確保が検討されているようです。

ロシアは「経済制裁の影響はない」と強気な発言をしていますが、実際のGDPは、プーチン政権1期2期(2000年~08年)は平均7%成長していたものが、クリミア併合の2014年頃から20年までは平均0.38%の成長に留まり、最近はコロナショックの影響もあってマイナスに転じています。4月11日、世界銀行が「ロシアの2022年の経済成長はマイナス11.2%」との予測値を発表したように、プーチン政権最大の経済危機とを迎えることは間違いないようです。

仮にウクライナ戦争が早期に決着しても欧米諸国が経済政策を解除しなければ、「瀕死の状態」が長期間続くことでしょう。その場合、ロシアの“頼みの綱”は中国の援助のみでしょうから、戦争後、「ロシアは中国の属国になる」との見方が出てくるのです。

このように、ウクライナ戦争は、世界の食糧事情やロシア経済の行方に加え、首都キエフに対する散発的なミサイル攻撃などはあるにしても限定的な東部戦線の攻防を中心に、プーチン政権やロシア軍の内部事情と併せて、政治・経済・軍事が三つ巴に交じり合ってこれまでと違う“局面”が焦点になりそうです。しばらくこれらの展開(行方)を注視する必要があるでしょう。

ちなみに、現在、世界の穀物在庫約8億トンのうち、その半分以上の約5億トンは中国が備蓄しています。中国は2008年の食糧危機以来、不測の事態に備えて対策を講じており、ほぼ自給できる小麦だけでも年間1000万トンも輸入して備蓄してきました。それは単に自国民が飢えるのを回避する目的だけでなく、「食糧不足にあえぐ周辺諸国への食糧援助」というしたたかな戦略が見え隠れしているとの分析もあります。

それに対して、日本は、政府備蓄米が100万トン、食料小麦は2、3か月分のみです。この量が適量かどうかは見方によって議論が分かれるところですが、日本と中国は、人口は1桁違いますが、食糧備蓄量は2桁違うという事実は知っておく必要があるでしょう。

▼「農業競争力強化支援法」の概要

さて、前回紹介しました「農業の魅力化」のための4つの“切り口”でしばらくそれらの細部を考えてみたいと思います。まずは「農業の企業化・大規模化」です。

一般には、「農業の企業化」は「個人経営体」から「法人経営体」への移行を意味しますが、これまで取り上げましたように、「植物工場」など「土地利用型」でない形で農業に参入している企業、「農業所有適格法人」、「農地のリース方式により参入する一般法人」などその分類区分が複雑ですので、なじみの「企業化」という言葉で括りました。共通しているのは、どのような形であっても農業に関わり、従業員を雇用し、その結果として農産物の生産、加工、流通などに貢献することです。

「農業の企業化・大規模化」を推進するためにもう少し“現状”を振り返ってみる必要があります。農林省は、平成29年に「農業競争力強化支援法」を制定しました(同年8月より施行)。読者の皆様はほとんどこのような法律は知らないと思いますので、少し触れておきましょう。

本音を申し上げれば、農林省は、長い間ほぼ毎年、“紙爆弾”のようにさまざまな法律を作っては改正し、また新たな法律を作る……この繰り返しだったと思えてなりません。当然、逐次検証していると信じたいですが、その結果として、今日のような農業や食料問題の“現状”に至っていることをどのように考えているか、一度関係者に訊いてみたい衝動にかられます。

本支援法は、それまで推進してきた「農地の集積」「米政策の改革」「農業経営の法人化の推進」などから、さらに一歩踏み出し、「農業の持続的発展のために、農業生産関連事業者においても事業の再編等により経営体質の強化を図り、良質で低廉な農業資材の供給や農産物流通等の合理化を実現」することを目的に“農業の競争力”を高めるための「構造改革」を促進することを狙いとしていました。

“農業の競争力”とは、農業の生産性を高め、高い収益力を確保することをいい、政府は、農業者の努力だけで実現できない構造的な課題を解決するための施策を講じ、農業者自身の競争力強化の取り組みを「支援」することを目指したのでした。

その「支援」には、登録免許税の軽減、設備投資の減価償却の特例など税制の特例をはじめ、中小企業基盤整備機構による債務保証や日本政策金融公庫による長期・低利の資金の貸付けなども規定され、関係企業等の事業再編や農業参入を促進しました。

この取り組みの特色は、これまで農業政策についてはほとんどが農林省内でクローズしていたものが、本支援法については、関連施策を実現するため、農林省が中核となって経産省、財務省、厚労省、金融庁、公正取引委員会など関係省庁と連携をとっていることです。

▼「農業競争力強化支援法」の反響

一方、本支援法は、「戦後レジームからの脱却農政」とも称される農政の大転換と謳われたことから、制定当時、農業現場からさまざまな懸念や不安の声が相次いだことも事実でした。

その結果、「地域農業を支える多様な担い手の農業所得の増大に向けた取組が支援されるよう配慮すること」などの付帯決議が盛り込まれましたが、依然として、「規制緩和や構造改革優先の大規模・企業的農業のための政策」とか「競争とコスト削減だけが問題ではない」「大義なき農協改革だ」などの批判が出ているようです。

つまり、農業従事者の減少・高齢化で転換期を迎えるなか、「農政新時代」のスローガンの下、政府主導で推進しようとしている「農業の企業化・大規模化」政策に対して、異議を唱える“抵抗勢力”が依然として立ちはだかっているのです。実際問題として、このあたりが農業問題解決の難しさなのかも知れませんが、これらの異議を無視することができないのも事実なのです。

実は、同様の問題はアメリカでも起きたようです。世界に先行して農業の大規模化が進んだアメリカでさえ農業形態の「二極化」が起こったといわれます。実際に、2000年頃から、中規模農家が減少して大規模農家が増えた半面、小規模農家も増え、大きな割合を占めるようになりました。2007年の小規模農場は農場数全体の約90%を占め、売上高の約3割を占めました。一方、売上高50万ドル以上の大規模農場が全体に占める割合は9%に過ぎないにもかかわらず、全体の売上高の約6割を占めました。

アメリカでは、実際の現象として「大規模農業が農村に増えると、地域共同体の生活や文化的な“質”が低下する」との指摘も出ました。その“質”を図る物差しとして、病院や教育施設、金融機関・教会の数、住宅の状況などが用いられ、農場の大規模化が進む地域は、こうした生活インフラの低下が顕著に現れたのでした。

この問題の歴史はもっと古く、1980年代以降、輸出志向型農政に移行するなかで、家族経営農家の倒産や離農が進み、上記のような農村社会崩壊の懸念が出始めたため、危機感を強めた農務省が小規模農家の育成策を打ち出すなど、小規模農家向けへの多様な政策支援を打ち出し、その結果、現在のような「二極化」に落ち着いたのでした。

これらから、我が国においても、「企業的な農業だけが増えると農村や農業の維持が困難になる可能性が出てくる。いかなる形であれ農村のような地域社会を維持していくためには、『地域農業を支える多様な担い手』が農業を継続できる施策が必要になってくる」ことが指摘されているのです。

「農業改革が目指す農業の企業化や大規模化が農村にどのような影響を与えるのか」の課題をいかに克服するか、ここにこそ、「農業の企業化・大規模化」の難しいところがあります。しかも、これらの課題解決に全国一律の“成案”を見つけることは難しく、県や市町村などの地域ごと、いやもっと小さなコミュニティ(地区)ごと、あるいは農業生産物ごとに解決策が必要となるでしょう。まさに地域社会の担い手とともに、目指すべき持続可能な農村と農業の実現に向けた視点を保持しつつ、関係者が一緒になって「未来の食と農、そして農業政策」について議論し、解決策を見出すことが求められるのです。

「農業・食料問題」は喫緊の課題でありますが、これを単独で解決するのは難しいことは明白です。その意味では、農林省が本支援法の実現のために、経産省、財務省、厚労省、金融庁、公正取引委員会など関係省庁を巻き込んだのは慧眼だったとは考えますが、しばらくの間、地域ごとに企業化され大規模化された農業と伝統的な個人経営体に農業が混在する“現実”を視野に入れて、関連施策を推進する必要があると考えます。

▼「2階建て方式」の導入

このように、農業の「構造改革」が遅々として進まない原因がある一方、農業が危機状態にある現状から「構造改革は待ったなし」であることも事実で、危機意識を共有の上、政府や地方自治体の英断と関係者の企業努力は喫緊の課題でもあるといえるでしょう。

これらの問題を解決する方策の1つとして、農業の企業化・大規模化と地域農業や地域社会の維持・発展の両立を図るために「2階建て方式」も提案されています。

その「1階部分」は、農地、住民、水、里山などの地域資源を基盤(土台)として地域資源の共同管理、調整を行ないます。1階部分には、地主(非農業)、専業農家・認定農業者、自給農家・兼業農家などさまざまな形態の農業経営体や農業従事者が含まれます。ここでいう「認定農業者」とは、「農業経営基盤強化促進法」に基づき市町村の認定を受けた農業経営者などを指します。これらが「地区営農組合」のようなものを形成し、地区農業の企画、農地利用調整などを推進する場合もあるようです。

「2階部分」は、農業生産法人(あるいは農地所有適格法人)として多様な活動を実施することで地域社会全員の参加を可能としています。多様な活動としては、担い手経営体として、①農地の経営、②経営安定化対策の取り組み、③農産物の生産のみならず加工・販売など新たなアグリビジネスの展開、④特定農業法人として農地の活用・保全、⑤1階部分の地区営農組合から機械作業などの受託、などがあります。ここでいう「特定農業法人」も上記「農業経営基盤強化促進法」に基づき、地域の農地の過半を農作業受託や借入れなどにより集積する相手方として、地域の地権者の合意を得た法人を指します。

このように、1階部分と2階部分で役割分担を明確にして、相互に連携・補完することによって、これまでは、農地の「所有」も「活用」も個人のものだったものから、「所有」は個人のものとして継続されるが、「活用」は地域、あるいは農業経営体が担うということが可能になります。これによって、さまざmな課題を克服する一形態となりそうです。

次回、「構造改革」の現状の触れた後、「農業の大規模化」の関連する施策が現状や課題などを取り上げてみましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)