我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(73)『強靭な国家』を造る(10)歴史から学ぶ「知恵」の適用(その5)

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我が国の未来を見通す(73)『強靭な国家』を造る(10)歴史から学ぶ「知恵」の適用(その5)

□はじめに

ウクライナが反攻作戦を展開中の6月24日、ロシアで「プリコジンの反乱」が発生しました。民間軍事会社「ワグネル」司令官のプリンコジンは、かねてから国防省批判などを繰り返していましたので、ロシアが“一枚板”でないことはわかっていました。

思い余った結果の決断だったものと推測しますが、一時はモスクワに向かって進軍したものの、ベラルーシのルカシェンコ大統領の説得を受けて、プリコジン氏は進軍を停止させ、ベラルーシに出国して反乱はひとまず一件落着となりました。まだまだ先行き不透明ですが、本事件は、今後、様々な形に発展する可能性もあることでしょう。

そこで、まず不思議に思うことは、ロシアには「なぜこのような民間軍事会社が存在しているか?」です。現在、“雇い兵組織”はロシアの法律では認められていないようですが、このような民間軍事会社は37あり、ウクライナ戦争には25の軍事会社が参加しているといわれます。大統領に近いオリガルヒ(新興財閥)やショイグ国防相までも民間軍事会社を立ち上げているようです。国防相が“私兵”を持っているのですから驚きです。

日本では信じられないですが、これらの民間軍事会社は何らかの形で国防省や治安機関FSBなど府側と関わりを持っており、ワグネルに対しては、1年間で860億ルーブル(約1400億年)もの資金提供があったことをプーチン大統領が認めたように、戦車や大砲まで所有しています。

このような民間軍事会社が活動している背景は3つあると言われています。まずは、兵員の補充の問題です。不足する兵員を補充するために「国家総動員令」を出すと国民の動揺や反発を恐れる政府側が、その代わりに民間軍事会社を戦地に送り込むのです。彼らはロシアの平均給与の数倍で雇われていますが、“使い捨て”です。仮に多数の死傷者が発生したとしても政府の責任は問われないのです。

第2には、クレムリン内の権力・利権争いです。今回は、プリコジンがジョイグ国防相やゲラシモフ参謀総長などの主流派を対立し、権力争いに野心を示したことが、プーチン大統領の「裏切者」発言につながっています。今回、ワグネル排除に動き出したのも、プーチンの盟友が率いる国営企業ガスプロムの“官製”民間軍事会社だと言われています。

そして第3には、プーチン体制が崩壊する時に備えて、力ある政治家やオリガルヒたちが私兵部隊を整え、自らの身の安全を確保するとともに、権力や利権を奪取しようと目論んでいるというものです。

このような背景をよく知らず、日本の“常識”だけで、今回の反乱を分析すると様々なことを見落とすでしょう。ワグネルがモスクワに向かって前進している時、多くの市民が彼らを歓迎していた映像が映し出されていました。もちろん、プーチン大統領や政府首脳もそれらの映像を観たことでしょう。

そこから先は、ルカシェンコ大統領の出番でしたが、まず“沈静化”を最優先したのでしょう。説得が成功するや、プリコジンとワグネル兵士を“別扱いする”深夜の政治声明も発せられました。

今回の「プリコジンの反乱」がウクライナ戦争にいかなる影響を及ぼすか、について現時点における安易な予測は禁物ですが、歴史をたどれば、日露戦争時、明石大佐などが暗躍し、やがてロシア革命に至るロシア帝国内の動揺(1905年)、第1次世界大戦時の「ロシア革命」(1917年)、それに冷戦崩壊後のエリツイン元大統領らによる「モスクワ騒乱事件」(1993年)など、戦時下などで時の政府の混乱に乗じて体制が大きく変わるという歴史を有しているのがロシアであることは間違いないでしょう。

「歴史は繰り返す」のか、そのような事態を熟知し、最も警戒しているプーチン大統領は、反乱が拡大することを恐れ、眉間にしわを寄せたまま、2度の政治声明を国民に向けて発出したのでした。

ここから先は推測ですが、無事にベラルーシに入国したプリコジンを、KGB残党のプーチン大統領がそのまま見逃すはずがないとみるべきでしょう。プリコジンが生き延びるためには、再びプーチン大統領に忠誠を誓い、それを証明しなければならないと考えますが、そのチャンスがあるかどうか不明です。

一枚板ではないロシアの中に、いつか再び「プリコジンに続け!」との“流れ”が拡大する事態もないわけではないでしょう。そうなれば、ロシア国内の“内部崩壊”事態が急展開して、ウクライナ戦争の行く末に決定的な影響を及ぼす可能性は残っていると考えます。

後々、ウクライナ戦争を振り返る時に、このたびの反乱がどのような地位と役割を果たしたことになるか、についても現時点は不明でしょう。私自身は、何としても政権にしがみつき、本戦争の目的を達成したいとするプーチン大統領が“さらなる強硬手段に訴える”可能性がまた一段上がったことを最も懸念しています。

▼「健全な国民精神の涵養」の必要性

本題に戻しましょう。歴史から学ぶ4つの「知恵」の4番目は、「健全な国民精神の涵養」です。書籍でも紹介していますが、イギリスの歴史家トーマス・カーライルの名言として「この国民にしてこの政府あり」とあるように、いかなる国であっても、政府は、国民精神の “縮図”と考える必要があります。

書籍の中で私自身は、健全な国民精神とは、愛国心、誇り、道徳、文化、歴史などを含む日本の「心」と表現していますが、一般的な意味での国民精神は、「民意」と表現される場合が多く、国民の自覚とか教養とか主義思想とか、あるいは国民のレベルなどを総称しているものと考えます。

諸外国には、この「民意」などが入る余地がない国もありますが、特に、国民が「主権者」である民主主義国家は、制度の違いこそあれ、国民が自分たちの代表として政治家や政府を選び、国民の負託を受けた政治家が法律を作り、政府が政治(行政)を行なうというシステムですから、少なくとも大多数の国民の精神は即、政治に反映されます。

ただそのような見方だけでは不十分との考え方もあるでしょう。もう少し広い意味で、あるいは長い歴史の中で、国民精神が基軸となって、国家の伝統や国柄など「国の統治制度」にまで反映されてきていると考える必要があります。

天安門事件をきっかけに中国と縁を切って日本に帰化した石平氏は次のように述懐しています。「世界の現実が『国家の興亡』、つまり栄えては滅びるという繰り返えしを行う中で、1系の王朝が3千年近くも続いている国は、最も国家運営に成功してきた国に他ならない。世界史の中で最も成功した国が日本である」(『新しい日本人論』〔加瀬英明、ケント・ギルバート、石平共著〕より)。

その上で、「『民主主義は、戦後にマッカーサーが日本にもたらした』と大それた虚言を弄する者がいる。とんでもない。日本の民主主義は、高天原の神々が『天降って』もたらしたものである」(原文のまま)として、その源流は、日本の神話は「八百万(やおよろず)」神が共生する世界であり、ものごとを進めるにあたり、数えきれない神々が「神議り(かむばかり)」といって、議論をして意思決定をすることにあると解説します。

余談ですが、この「神議り」は、現在は、毎年10月、出雲地方に全国の神々が集まって人生諸般のことが議論されるという神話になっています(それゆえに、旧暦月で10月は「神無月」ですが、出雲地方では「神在月」と呼称されています)。

そして、このような我が国の建国以来の伝統が、「神武創業」に立ち返ることを目指した明治維新の『五か条のご誓文』中で「万機公論に決すべし」として復活したのでした。わずか150年ほど前の出来事ですが、多くの日本人の頭に中に残っていないことでしょう。このような「事実」について、帰化人である石平氏に指摘されることは、改めて恥じ入るばかりなのです。

石氏は、その根本精神は「平等感」にあるとして、「栄華を極め、世界の富を集めたような王朝もその不平等のゆえに滅びの道に至った。搾取される側が、搾取した者を打倒しようとするからである」と補足し、「日本の天皇は、蓄財や贅沢をしたことがなく、常に民衆のことを思って、出来る限りの質素を望まれた。だから天皇を打倒しようとする機運はついぞ国の中からは起こらなかった」と続きます。

このくらいにしておきますが、私たち日本人は、長い間、このような我が国の伝統や国柄を国民の総和、つまり「民意」として(少なくとも戦前までは)受け入れてきたのでした。

さて、現在はどうでしょう。シリーズ「我が国の歴史を振り返る」の最後の方で紹介したのですが、ある時、インターネットで日本人の“現状”を揶揄っている次のような言葉を見つけ、私自身は「あながち間違っていないだけに笑えない」と感じつつ、「“戦後の日本人はなぜこうなってしまったのだろうか”としばらく考え込んでしまった」と補足したフレーズがあります。

「(1)政局と選挙しか考えない政治家、(2)保身と省益しか考えない官僚、(3)儲けることしか考えない経済人、(4)視聴率と特ダネしか考えないマスコミ、(5)目立つことしか考えない言論人、(6)権利のみ主張し、義務を果たさない国民、(7)3メートル以内しか関心がない若者」です。

石氏の主張するような精神が、多くの日本人の根底に残っていると信じてはいますが、日本人の普段の「行動原理」として、ここで揶揄されているような特性を無視することはできないとも考えます。

最近、出生率0.81の韓国について、その原因は「子供の数が少なければ少ないほど、高い消費水準と外見的にモダンな生活水準により早く達成できた」「短期間で先進国のモデルに追いつこうとすれば代償は避けられない。強いられる近代化の加速が文化的なひずみを生み、そのひずみの一つが出生率の低下だ」(『ドット人類史入門』〔エマニエル・ドット、片山杜秀、佐藤勝共著〕より)とする分析を目にしました。

しかし、このような“現実”はけっして韓国だけではなく、我が国もさほど差がないのでは、考えていたところ、本書の中で、ドットは「日本は、『直系家族社会』がまだ残っているから韓国とは違う」との解説していました(細部は省略します)。

ただ、“3メートル以内しか関心がない”と揶揄されるような若者たちの多くは、現在の生活水準や自分たちの将来などには関心があっても、地域や社会や国家に対して自分たちが何をできるか、何をしなければならないか、などについては、親からも学校でも教わる機会がなかったこともあって、頭の片隅にもないことでしょう。

私は、それが我が国の少子化の原因のひとつと考えていますが、その延長で、「明日食べる物がなくなる」とか「エネルギーが枯渇する」との危機意識などについて、微塵にも感じたことがないのかも知れません。

“権利のみ主張し、義務を果たさない”国民も巷に溢れるようになりました。その結果、「愛国心」とか「自国民であることの誇り」とか「国を守る気概」などのような、どこの国民でも必ず保有している当たり前の精神をどこか遠くに置いてきたような状態になっているのではないでしょうか。

これらから、本シリーズでも再三指摘してきましたが、我が国の未来に立ち込める「暗雲」に対して果敢に取り組むため、上記のような現代日本人の精神的特性が“阻害事項”になっていないだろうか、とどうしても考えてしまいます。

そして、本来、少子高齢化、食料問題やエネルギー問題などについて、いち早くその本質を解明し、我が国の置かれた状況を真剣に国民に訴え、国民の自覚や協力を促すために、国民の先頭に立って「旗振り役」を演ずべき政府や政治家の行動が、やはり“政局と選挙が優先する”のか、その熱意や真剣さが国民に伝わっていないような気がします。

そればかりか、脱炭素とかSDGsなど、「国連が先導している」として、その必要性や可能性などについてロクに分析しないまま“垂れ流し”にしたり、最近の事例では、少子化対策に逆行するような法律についても政局の混乱の回避のみを優先したまま、後先を考えずに制定したりしているように見えます。

前回、「部分最適」の話題を取り上げましたが、総合判断ができないから、それらに対処するための“共通の要素”があることなどに気がつかない、そして優先順位を間違えるから、国を挙げてやるべきことから“ずれて”しまう、よって国民は、これらの問題対処を「自分のこと」として、言葉を代えれば、「国民の義務」として腑に落とすレベルまで真剣に理解していないような気がします。

少子化対策や農業問題などの解決は、“若者の3メートル以内に、いかにパンチを聞かせ、納得させ、その気にさせるか”にかかっていると考えますが、現実はほど遠いような気がします。そこにこそ、我が国の将来がかかっていると思うだけにとても残念です。

▼国民が“覚醒”する時来たり

実は、石氏はもっと広く日本のあり方を観ています。つまり、「日本のあり方が『今後、世界が存続してゆけるか』という厳粛なテーマの『解』を示している」として、「世界で最も成功した国・日本がその『秘密』を内包している」と強調します。

つまり、我が国が「平等感」を基軸にして「万機公論に決すべし」として3千年近くの長きにわたり国家運営を成功させてきた、その秘訣こそが、“これからの世界の存続に必要不可欠”と説いているのです。私たち日本の未来に立ちはだかるであろう「暗雲」を見事に乗り超えることは、日本だけの問題でなく、世界の存族にまで影響を及ぼすと言えるのかも知れません。責任は重大なのです。

日本は少子高齢化においては世界の最先頭を走っていますし、食料やエネルギーの自給率では先進国でほぼワーストに位置しています。よって、これらの危機を乗り越えることは、まさに世界のロールモデルとなることでしょう。事実、『ライフ・シフト』(リンダ・グラットン他共著)の冒頭でも「世界でいち早く長寿化が進んでいる日本は、他の国々のお手本になれる。(中略)世界の先頭に立ってほしい」と期待が述べられています。

我が国がこれらを見事に乗り超えるためには、何としても、大多数の国民の“覚醒”が必要不可欠と考えますが、“いかに覚醒するか”が難題中の難題であり、「任重く道遠し」との感をぬぐい切れません。

数年前からそのような問題意識を持っていた私は、悩んだ果てに、今の日本人の精神を形成した「出発点」に戻り、そこから出直すのが最も近道で、かつ唯一の道ではないか、と考えるようになり、“我が国の歴史を取り戻す”ことを狙いに、「我が国の歴史を振り返る」と銘打ってメルマガを発信したことをよく覚えています。

戦後70年余りが過ぎましたが、私たちは自らの精神などについて一度も顧みることなく、手つかずのまま放置してきました。そのツケが一挙に噴き出したのが“今日”であり、我が国の“近未来”であろうと思います。

戦後世代の私たちは、長い日本の歴史の中で最も恵まれた世代であると考えます。多少の天変地異はありましたが、飢餓とか戦争などとは無縁でした。とは言え、「後世のために、後に続く子孫のために、必要なことを行ない、必要なことを残しているか」と問えば、答えは「ノー」でしょう。このままでは後世に顔向けできないでしょう。国家を挙げて、世代を挙げて、様々な問題を「自分のこと」として真剣にかつ全力をもって取り組む時が来た、と私は考えます。

残された時間があまりないような気がしますが、早期実現を目指すためにも、次回以降、歴史から学ぶ4つの「知恵」から離れ、「『強靭な国家』を造る」その必要性と手段について読者の皆様と一緒になって考えつつ、本シリーズを総括したいと思います。いよいよ終盤です。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)