我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(61)「気候変動・エネルギー問題」(26)水素・アンモニア導入の問題点

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我が国の未来を見通す(61)「気候変動・エネルギー問題」(26)水素・アンモニア導入の問題点

□はじめに

 先月の2月6日に発生したトルコ大地震から1カ月あまりが経ちました。死者数はこれまで5万2000人(トルコ約4万6000人、シリア約6800人)を超え、被災地では160万人以上の被災者がテント生活を強いられているようです。

我が国においても阪神淡路大震災から28年あまりが過ぎ、3月11日、東日本大震災から12年が過ぎました。つまり、阪神淡路大震災からは世代が代わり、東日本大震災からは13回忌を迎える頃になり、人々の心に一つの“区切り”がつく頃になりました。“区切り”とはあの惨事について「忘れたい」と思う人も「忘れたくない」と思う人も頭のどこかで整理がついたということだろうと推測しています。

これまでの統計では、世界で発生する地震の約2割は我が国の周辺で発生しています。上記の2大震災の例を引くまでもなく、我が国は歴史的に「地震大国」なのです。このような我が国において、しかもこのようなタイミングで発生したトルコ地震をマスコミがどのように報じ、政府をはじめ、国民がどのような認識を持つか、興味をもってこの1カ月注目していました。

結果は予想通りでした。少なくとも「明日は我が身」という視点からこれを報じ、様々な初期対応なども「他山の石とすべき」との視点でこの惨事をとらえ、我が国の防災のためにさらに役に立てようとするような報道を私自身はほとんど見かけませんでした。

一方、福島、宮城、岩手3県の太平洋沿岸に高さ10mを超える防潮堤が400kmにわたり建設されたことが民法テレビで放映されていました。かつて東北方面隊に勤務し、津波に襲われた現場を熟知していることから、「この防潮堤が東日本大震災前に建設されておれば、何人の命が助かったことだろう」と悔しさが沸き上がりました。

岩手県の普代村では明治や昭和の三陸大津波の経験から、当時の村長が「2度あることは3度あってはならない」との明言を残し、反対を押し切って昭和59年に15mを超える水門を完成させました。その結果、このたびの東日本大震災でも犠牲者はほぼゼロだった(確か2名のみだったと記憶しています)ことを知っているからです。

先日また、NHKスペシャルにおいて、30年以内に70%の確率で発生するとされる「南海トラフ」の惨事をドラマ仕立てにして2回に分けて放映していました。制作側は、普段の生活の中においても防災意識を持つ必要性を訴えたかったのだろうと想像しています。

翻って、東北沿岸の400kmの防潮堤建設や普代村のような教訓をなぜ「南海トラフ」の該当地域に適用しないのか不思議でなりません。その気になればできるのです。様々な理由もあるのでしょう。東北の防潮堤の番組では「海が見えなくなった」と嘆くシーンもあり、それになぞらえれば、“桂浜”などの景勝よりもその地域に住む人々の命の方がどれほど大事か、考えればわかることと思うのです。

国民は、東日本大震災の復興のために2013年から2037年まで税率0.0021%の復興税を特別税として徴収されています。財源の足りない分は、この期間を延長するとか税率をアップするなど最大限に活用すればよいでしょう。少なくとも、その効果が検証できない「脱炭素」などに高額な税金を投入することよりよほど国民のためになると考えますし、「地球温暖化で海面が上がる」とでも言えば、説得力もあることでしょう。

トルコでは違法建築が横行して、本地震の被害は「人災が原因」として政府の対応を批判する声まで上がっているようです。南海トラフは概ね100~150年間隔で繰り返している歴史がありますので、「2度あることは3度あってはならない」のレベルではありません。もし、近い将来に発生し、東日本大震災のように、あるいはNHKスペシャルのように津波による大惨事になれば、それもまた「襲来することがわかっていて有効な対策を打たなかった」とする「人災」とも言えるのです。

前回紹介しましたように、ウクライナ戦争によるウクライナ側の犠牲者は1年間で1万3000人ほどです。トルコやシリアでは一時の地震(揺れ)で5万人を超える犠牲者が発生しています。天変地異の方が戦争より一瞬で桁違いの犠牲者が出ることを再認識する必要があります。我が国は、天災も人災も「未然防止が苦手」という歴史的特性を有していると考えていますが、そろそろ国を挙げてそれを返上する時が到来しているのではないでしょうか。

▼風力発電について(補足)

 

前回のメルマガで紹介した風力発電について、少し補足しておきたいことがあります。昨年2月、富山県沖で計画する洋上風力発電事業は、中国の風力発電王手「明陽智能」が受注したようで、これが中国企業による日本の風力発電分野への初受注となりました。

前回、風力発電は施設コストが高いことを紹介しましたが、安価な中国の風力発電施設が日本国内の洋上風力発電の普及を後押しすることになるとは必定でしょう。

この際、中国国内の風力発電事情についても補足しておきましょう。中国では2021年9日時点で13.2GW、つまり、日本政府の2030年目標を大幅に超える洋上風力がすでに送電網に接続済みとなっているといわれます。そして、驚くべきことに、21年はさらに17GWの新規発電設備を導入し、送電網未接続の設備も含めると累計導入量は26GWに達したとされています。これに対して、日本の現状は中国の440分の1の59MWです。

1年間で17GWという莫大な導入は、実に世界の導入量の約8割以上を占めたということになります。この驚異的な急拡大の背景には洋上風力の買取優遇価格の見直しが予定されているために駆け込み需要があったとされますが、日本の2040年目標の下限30GWに、中国は2022年中にでも到達したのではないかとの分析もあります。

この結果、大幅なコストダウンも実現し、我が国への進出がますます増加するばかりか、政府のグリーン成長の前提としてのアジア展開を中国企業に対抗して実現することはますます難しくなってきているのかも知れなく、残念ですが、この分野も戦略の見直しが求められそうです。

▼水素・アンモニア導入促進

 

エネルギー政策に絡む課題や問題点は挙げればキリがないと考えます。何と言っても、菅内閣以来、「脱炭素」政策を推進することに焦点が当たり、のちにウクライナ戦争を原因とするエネルギー危機に直面したことから、エネルギー確保と経済成長を合わせた「一石三鳥」に切り換えてはみたものの、それぞれのエネルギー源確保などに絡むマイナス点などにはろくに分析しないまま、まるで最近、社会問題化している高齢者の自動車運転のように、“アクセルだけを踏み、ブレーキを忘れた”かのような舵取りをしていることが気になります。

なかには、原子力発電のように、世間一般の反対論者を制して、大局的な判断に立っているものもなくはないですが、それとて何となく「及び腰」に見えるのは、全般としてこれだけの専門家が集まって知恵を出し合って案出した計画であっても、個々にはどこかに“煮え切らない部分がある”と感じている「共通の背景」があるのかも知れないと疑ってしまいます。

さて、「水素・アンモニアの導入」については、GX基本計画では、「再生可能エネルギーの主力電源化」そして「原子力の活用」のあとに「水素・アンモニアの導入促進」との項目を掲げ、次のように記述されています。

「水素・アンモニアは、発電・運輸・産業など幅広い分野で活用が期待され、自給率の向上や再生可能エネルギーの出力変動対応にも貢献することから安定供給にも資する、カーボンニュートラルの実現に向けた突破口となるエネルギーの一つである。 特に、化石燃料との混焼が可能な水素・アンモニアは、エネルギー安定供給を確保しつつ、火力発電からのCO2排出量を削減していくなど、カーボンニュートラルの実現に向けたトランジションを支える役割も期待される。同時に、水素・アンモニアの導入拡大が、産業振興や雇用創出など我が国経済への貢献につながるよう、戦略的に制度構築やインフラ整備を進める」

文章を読む限り、やる気満々であり、水素・アンモニアこそが我が国の未来の救世主になるような期待度が現れています。テレビCMでも「CO2フリーの水素発電」が時々流れますが、本当にそうなのでしょうか。

どうも、私自身はこの世界の専門家といわれる人たちを疑ってしまう癖がついてしまったようで、専門家の多くが、現時点においてはほぼ未知のエネルギー源であっても今後に寄せる期待が大きいこともあるのか、根本の問題に目をつぶっているような気さえしますので、あえて水素・アンモニアに絡む問題点をつまびらかにしてみたいとの欲望にかられます。

この問題を論ずるとき、私たちはもう一度、エネルギーの基礎知識に振り返って理解しておく必要があるようです。エネルギーは、大きく1次エネルギーと2次エネルギー以下に分かれます。1次エネルギーは直接的なエネルギー源となるものを指し、化石燃料(石油、石炭、天然ガスなど)と原子力、自然エネルギー(水力、風力、太陽光、地熱など)の3種類しかありません。我が国の場合、これらのエネルギーの8割ほどを化石燃料に依存し、その自給率はわずかに12%ということはすでに紹介しました。

これに対して、2次エネルギーは1次エネルギーを加工して得られるもので、具体的には電力、石油製品(ガソリン、軽油、灯油など)、都市ガスなどがあり、水素もこの部類に属します。これらはすべて天然資源としては産出されず、1次エネルギーを原料として生産される「工業製品」として分類されます。なお、2次エネルギー源から製造されるのは3次エネルギー、そして4次エネルギーと順次エネルギー源は製造されます。

私たちは、身の周りにふんだんにある水の元素がH2Oであることなどから、エネルギー「源」としての水素があたかも自然界に無限に存在するかのように誤解したまま、マスコミなどが報道していることを知る必要があります。「エネルギー源としての水素」はなんらかの加工をしないと手に入らないものなのです。

▼「エネルギー源としての水素」の取得

ではどのようにすれば、「エネルギー源としての水素」を取得できるのでしょうか。電力が様々な方法によってつくられると同様、水素も様々な方法によって製造されます。しかし、現実的には、天然ガスの中のメタン(CH4:炭化水素)と水(電気分解か熱分解)しかなく、GXなどでもこの2種類だけが検討の対象になっているといわれます。

現在、最も安価な水素を得る方法は、天然ガスの中のメタン(石油や石炭などからも得られます)から水蒸気を用いて水素を製造する方法(「水蒸気改質」と言われます)であり、化学式では、CH4+2H2O→4H+CO2と記述され、1分子のメタンと2分子の水が反応し、4分子の水素と1分子のCO2を生成されることを意味します。つまり、水素を製造する際に、メタンを燃やした時と同じ量のCO2も排出されるのです。

この例以外でも、バイオマスなどの炭素を含む物質から水素を製造する場合においても、含まれる炭素は必ずCO2として排出されます。日本は現在、オーストラリアから褐炭水素、UAEから天然ガス水素などを輸入していますが、その製造原理は同じです。

その上、「水蒸気改質」は1000℃近い高温で反応させるため、たくさんの熱エネルギーを必要とし、製造される水素の保有エネルギーの約半分はCO2を排出しつつ製造時に消費されてしまうのです。つまり、天然ガスであろうが石炭であろうがバイオマスであろうが、元のエネルギーの約半分に目減りしてしまいます。

製造時にCO2が発生すると、「脱炭素」の実現にならないので、発生したCO2を回収・圧縮して海底や地中深く産めてしまう(CCS)を適用することになっていますが、当然ながらCCSにはコストがかかり、エネルギーも消費するのでさらにCO2排出することにつながります。CCSがそう簡単でないのは、発電単価のコスト上昇が避けられないからであり、CO2を出しまくる化石燃料による火力発電の現場でも未だ実現できない原因となっています。

なお、マスコミなどでは、水素については、天然ガスから製造される水素は、製造時にCO2を出すので「ブラック(ブルー)水素」、CCSを適用した場合は「グレー水素」、水から作った場合は「グリーン水素」と区別していますが、この「グリーン水素」を製造する方法は、水の電気分解です。

これについては、中学校の理科の実験で経験した読者も多いことでしょう。電気分解以外の方法としても、高温を用いる熱分解と太陽光を触媒として光分解する方法がありますが、効率性などに問題があり、事実上は電気分解のみのようです。しかし、前述したように、電力は2次エネルギーであり、これを用いて作る水素は、3次エネルギーに分類されます。つまり、作る過程において必ず目減りすしますので、元のエネルギーよりコストの高いエネルギーになることは避けられません。

現実に、天然ガスや原油などの燃料から電気を作る過程において約50%のエネルギーロスがあるといわれ、その電気から水素を作ると約30%のエネルギーロスが発生します。「CO2が出ないから」といって、喜んでばかりもいられないのです。

現在、水素を最も効率的に使う方法として「燃料電池」が用いられています。元の電力を再エネから得る(余剰の再エネが使われるようです)としても、再エネ→水素→燃料電池→電力となり、それぞれに段階で目減りするので、“電力の無駄使いでしかない”ことがわかります。つまり、電気分解で水素を作る技術はどうしても高くつくので、商業ベースでは実用化された例はないようです。

GX基本計画においては、「水素」の獲得について「我が国は、大規模かつ強靱なサプライチェーンを国内外で構築するため、国家戦略の下で、クリーンな水素・アンモニアへの移行を求める」「水素・アンモニアを海外から輸入する場合においても、製造時の温室効果ガス排出など国際的な考え方にも十分配慮するとともに、上流権益の獲得を見据えた水素資源国との関係強化を図る」と記載されているように、海外でブルー水素やグリーン水素を製造し、輸入する可能性が高いですが、水素は、-253℃の極低温まで冷却しなければ液化しないという特徴があり、大量の貯蓄・輸送には不向きという特性もあります。

そこで、アンモニアやメチルシクロヘキサン(MCH)、CO2フリーメタンなど、貯蓄や輸送がより容易な物資(水素キャリア)の形を活用することになります。このため、水素をさらに加工して、さらなるエネルギーロスが生じることになり、決して効率的な方法とは言えないばかりか、長距離輸送費のコストもかさむことになります。

仮に、製造国で生産したブラック水素を輸入するとすれば、確かに国内ではCO2を排出しないことにはなりますが、地球温暖化に与える影響上は意味がないことになるでしょう。

GX基本計画をつぶさに読むと、「問題山積であることはわかっているが目をつぶり、将来の可能性に賭ける」式の政策がかなり含まれているとの印象を持ってしまいます。「一石三鳥」のいずれも同時に達成する難しさが内在しているのでしょう。

当面(2030年までは)は、「化石燃料発電でCO2を出しまくることを国際社会に認めさせ、その間に、再エネや原子力発電などの分野で世界のトップに立つ」との極めてしたたかな中国のエネルギー戦略に対して、残念ながら我が国はその足元に及ばないようです。

ちなみに、最近、欧米諸国や中国でさえ、水素への取り組みはあまり熱心でないともいわれます。米国においてもそのための研究開発費が減額されているようです。当初は活発に進められ、我が国もそれに追従するような形でこの分野に力を入れ始めたようですが、今では、我が国だけが“祭りの真っ最中”ということになっているのかも知れません。近い将来、“見極め”が求められることでしょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)