我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(6) 少子高齢化問題(6) 高齢化対策の現状(その1)

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我が国の未来を見通す(6) 少子高齢化問題(6) 高齢化対策の現状(その1)

□はじめに

 12月6日、岸田総理による所信表明演説が行なわれました。長い間、歴代総理の所信表明演説を読むことを習慣にしておりましたが、いつも「このうちの何割を実現するのだろう」と思って読んでおりました。

日本に内閣制度ができてからの136年の間に今回の岸田内閣は101代目になりますので、平均任期は1.3年あまりです。この長さは戦前も戦後もほぼ同じで、安倍内閣のような長期政権は例外中の例外なのです。

所信表明演説に盛り込まれた個々の政策を実現するためには相当の期間がかかるのは間違いないでしょう。よって、不透明な在任期間から、演説の内容については、国会もマスコミも国民も、そして当人までもおよそ実現できるとは確信できず、「とりあえず、言っておく」レベルなのかと思ってしまいます。長年の慣習でこのような政治のやり方を繰り返し、このやり方に疑問すら持たなくなってしまったところに、我が国の政治の最大の問題があると私は考えますが、皆様はどう思われるでしょうか。

今回の所信表明においては、目玉政策として華々しく「新しい資本主義」の導入が掲げられました。これまでの「新自由主義」が「成長」に偏り過ぎ、結果として「格差」を生んだという認識をお持ちのようで、格差是正の「分配」についても語っています。

「成長」の目玉になるような標語は、「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」の完成であり、これを実現することによって、地域が抱える、人口減少、高齢化、産業空洞化の課題を解決できるような書きっぷりです。「高齢化」とか「人口減少」という言葉自体も気がつく限りここにしか出てきません。岸田総理の頭にはそのような危惧はほとんどないという証左でもあるでしょう。

また「分配」を重視し、「大きな政府」を復活するように見えますが、前回も「国の借金」について触れましたように、やはり節度が大事です。「分配」が行き過ぎ、国民の自助努力の精神まで踏みにじるようなことになればそれは本末転倒であると私は考えます。

主権者が国民にある以上、ある程度の「人気取り」は必要なのかもしれませんが、我が国に突き付けられている様々な課題に向かう政策としてはやはり首をかしげます。その中で、防衛力強化については、どこまで本気かは不明ですが、かなり前向きに取り組もうとしております。この点では、内向きの有識者とかマスコミとか官僚が足を引っ張らなければいいが、と祈るばかりです。

総じて、だからこそこのようなメルマガは価値があると思い直すことにして、「少子高齢化」対策について筆を進めましょう。前回まで取り上げましたように、我が国は、先進国の先頭を走って「少子化」と「高齢化」が同時に進行しています。よって、我が国独自の「少子高齢化対処モデル」を作り、早急な対策を講じる必要があると考えていますが、まずは「高齢化」対策から順を追って考えてみましょう。

▼高齢者は若返っている!

 日本人の平均寿命の顕著な伸びには、生活環境、衛生、食物、医療技術、社会保障などそれぞれの改善や進歩に加え、高齢者個々の努力など様々な要因が考えられるのでしょうが、細部は省略することにします。

その中で、「今どきの高齢者が若返っている」ことを示すデータを取り上げてみましょう。私自身、今年70歳になりましたが、子供の頃に印象に残っている70歳代は、すでに腰が曲がり、杖なしでは歩けず、歯は抜け、孫とかひ孫の守り以外特段の仕事もなく、タバコを加えながら日なたぼっこをして一日を過ごす、というイメージが頭から離れません。近所には、“寝たきり老人”になっている人もおりました。

今にして思うと、あの世代は大東亜戦争を命からがら生き延び、戦後も食糧難で食うや食わずの生活を経験した人たちでしたので、歳を重ねるごとにその頃の無理が祟(たた)ったものと推測しています。

さて、高齢者が若返っているデータでもっともよく使われるのでは「歩行速度」でしょう。これまでの研究から「速く歩くことができる人は健康寿命が長い」「歩行速度が速い人ほど生存率が高く、遅ければ生存率が低い」、さらには「歩くことで大腸がんを予防する効果がある」「歩くことで筋肉量の減少率を抑え、心肺機能の向上や免疫力を高める。また、血液中の糖や脂肪をエネルギー源として使うことで、体脂肪や内臓脂肪を減らすことにもつながる」などが判明していますので、「歩行速度」は「若さのバロメータ」になっているのです。

各年代別の歩行速度を調べた結果、1992年と2002年のわずか10年の間に男女とも11歳若返っていることを示すデータがあったり、1992年と2017年の間には、男性は約10歳、女性に至っては約20歳も若返っているというデータもあります。このように、「歩行速度」の比較だけでも、今どきの高齢者はかつての高齢者とは違うのは明らかです。

加齢によって、確かに「短期記憶能力」は40歳代をピークに徐々に落ちてきますが、「日常問題解決能力」とか「言語(語彙)能力」は年齢に比例して向上するというデータもあります。

さらに、新体力テストの各世代別の年次推移は、確実に「右上がり」つまり、体力自体が昔よりも強くなっていることも明らかです。ただし、世代ごとの格差(バラツキ)は、60代後半より70代前半、70代前半より70代後半が大きくなっています。つまり、“高齢者になればなるほど、元気な高齢者と不元気な高齢者に分かれてくる”ことを示しています。

高齢者が年齢とともに自己の不調を訴える「有訴率」の長期推移のデータでは、1998年を100とすると、2016年には、「ものを忘れる」が約60%、「腰痛」が約83%、「耳が聞こえにくい」が約70%、「目がかすむ」が約67%とそれぞれ減り続けているようです。

 これらの事実から、2017年1月、日本老年学会・日本老年医学会は、「高齢者の定義と区分」について、これまで65歳以上を「高齢者」としていたものから、65~74歳を「准高齢者」、75~89歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」として区分すると画期的な提言を行いました。

 この提言の背景には、日本の高齢者の身体能力の“若返り”が確認されるなかで、個人差はあるにせよ、特に65歳以上の人の中で比較的体力的に若く、活動的な人まで「高齢者」と定義されることに違和感を抱いていた人が少なくないこと、また65歳以上の人を“ひと括り”に「高齢者」として定義することへの違和感が世の中に潜在していたことがあります。この提言は、実態を的確に捉え、そうした違和感を払拭する的確なものであったと考えます。

▼「生涯現役社会」の実現

さて、「『生涯現役社会』の実現なくして未来はない!」とのスローガン、安倍元総理が何度も歓呼していたので記憶に残っている人も多いことでしょう。

本政策が厚生労働省主導によって、平成27年6月に有識者による検討会を経て答申され、実現に至った細部は省略しますが、「生涯現役社会実現」の政策の狙いは明らかです。そのターゲットを高齢者や専業主婦に定め、仮に人口が減っても労働力人口が減らないようにする(労働力率を高める)ことにありました。

特に、これまで説明したような高齢者の若返りを踏まえ、働く意欲のある高齢者がもっと働き、税金や社会保険料を納めれば、「支えられる側」から「支える側」にまわり、財政負担も軽くなります。それは、生産年齢層減少の対策でもあり、高齢者が勤労収入を稼ぎ、もっと多くの消費をすれば経済の成長も促されます。

さらに、働くことによって健康が維持されることから医療費削減の可能性があるなど、一石何鳥ともいえる、うま味のある政策なのです。

「生涯現役社会実現」のための諸施策については次回、取り上げることにして、高齢者の就業と健康について少し補足しておきましょう。

人々が仕事を辞めて余生を過ごすというのが一般的になったのは、比較的最近です。つまり、寿命が伸び、農業以外の職業に定年制が導入され、年金制度が普及した20世紀以降のことであり、死ぬ直前まで働く「生涯現役」であった時代の方が長かったのです。アメリカなどは今でも「定年」という概念はないようです。

高年齢期の就労が健康寿命に及ぼす効果もすでに研究され、就労者と非就労者と比較した場合、「寿命」は平均で2年弱(最大3年強)伸びるようです。それ以外にも、「認識機能」が平均で2年強(最大4年強)、「脳卒中」が平均3年強(最大5年強)、「糖尿病」が平均6年(最大8年弱)、それぞれ伸びるというデータもあります。

他方、高年齢期で仕事に割かれる時間が少なくなれば健康投資に使うことができるとか、仕事のストレスや職業上の危険から解放されることから傷病リスクが低下するとの一面もあります。また、地域活動やボランテイアなどへの参加を通じて新たな「仕事」を見つけることがプラスに働く場合もあります。

高齢者の就業と健康にはこれら両面があることを考慮し、「どのような仕事・働き方であれば、健康に好影響を及ぼすか」を十分明らかにして実際の制度や政策、あるいは個人の就業選択に反映させることが重要となるでしょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)