我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(55)「気候変動・エネルギー問題」(20) 我が国のエネルギー問題(その2)

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我が国の未来を見通す(55)「気候変動・エネルギー問題」(20) 我が国のエネルギー問題(その2)

□はじめに

 皆様は、「世界終末時計」をご存じでしょうか。核戦争などによる人類の絶滅を「午前0時」として、残りの時間を「0時まであの何分」という形で表示するもので、アメリカの雑誌「原子力科学者会報」の表紙として毎年の初めに使われています。

ことのはじめは、第2次世界大戦中の「マンハッタン計画」に参加したことを通じて、核エネルギーを保有する戦後世界において、科学者が積極的に社会的貢献を負い、果さなければならない所からスタートしたといわれていますが、1989年頃から核兵器のみならず、環境破壊や生命科学の負の側面による脅威も考慮して針の動きが決定されているのだそうです。

その針が、2023年は過去最短の「1分30秒」を指していることが1月25日、ニュースになりました。その理由として、「ロシアが核兵器の使用を示唆していること」に加え、「ウクライナ原発から放射性物質放出の危険」があげられています。

ウクライナ戦争においては、1月24日、ロシアの総司令官に就いたゲラシモフ参謀総長が「前例のないレベルの軍事行動を展開している。あらゆる手段を講じる」と強硬な発言をして警戒感が強まっている一方で、25日以降、ドイツが「レオパルド2」、アメリカが「M1エイブラムス」戦車をウクライナに供与することを決定し、すでに供与が決まっているイギリスの主力戦車「チャレンジャー2」と“そろい踏み”することになります。

この結果、ロシア軍も当然ながらその対策を練っていることでしょうが、いよいよ通常戦力による地上戦闘が最終段階を迎えるような事態を覚悟する必要があるでしょう。ウクライナ軍がロシアの占領下にある東部や南部地域をいとも簡単に奪還するとか、その勢いのままに国境を越えるような事態にでもなれば、本戦争はまさにステージアップして、戦術核、そして戦略核へエスカレートし、その結果として「1分30秒」が現実のものになる可能性は否定できないと考えます。

 一方、戦争もここまで来ると、決着がつくまで「停戦」などの妥協はできないことを歴史は教えてくれていますが、一方が核保有国の場合の決着の様相はこれまでとは違って来るのは当然でしょう。

「一挙に停戦」という選択肢以外、「時間をかけて解決する」など「条件付き停戦」、つまり「共存」という選択肢を関係者が知恵を絞ってあぶりだし、一歩ずつでも歩み寄る時に来たのではないかと私は考えます。

“歴史に学ばない”人たちは、もう数回、互いの血や命を差し出し合い、インフラを破壊し合おうとしているのかも知れませんが、これまで人類が経験しなかった「破滅」とか「絶滅」まで視野に入るとしたら、被害はウクライナ国民や国土の破壊に留まらないことは明白なので、ことは重大です。

ちなみに、「終末時計」は、冷戦が始まり、朝鮮戦争前後のしばらくの間は「2分前」、キューバ危機に至る1962年までの3年間は「7分前」、米ソの緊張緩和が進んだ1963年以降数年は「12分前」と続き、冷戦終焉直前の1980年代は再び「3分前」と悪化しました。

それが冷戦終焉直後の1991年から3年間は「17分前」まで後退しました。フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』が出回っていた頃です。しかし、冷戦終焉後は、予想に反して逐年悪化し続け(短くなり続け)、2023年にはついに「1分30秒前」と最短を記録しました。

この「終末時計」の推移からだけでも、冷戦終焉後の国際社会は決して安泰ではなかったことがわりますし、ウクライナ戦争の原因や背景の源がどこにあったかも想像がつくのですが、「積極的に社会的貢献する」とした科学者たちは、「終末時計」を提示する以外、国際問題の解決についてはこれまで何らその真価を発揮できず、無力だったことも事実でしょう。国連や関係国のリーダーたちに知恵がなければ、この辺で、科学者たちの“本領”を発揮してほしいと願っていますが、期待できないでしょうね。

▼所信表明演説の「GX」について
 
今国会の開会冒頭の1月23日、岸田首相が所信表明演説を実施しました。大項目だけ取り上げますと、「はじめに」に続き、「歴史の転換点」「防衛力の抜本的強化」「新しい資本主義」「こども・子育て政策」「包摂的な経済社会づくり」「災害対応・復興支援」「新型コロナ」「外交・安全保障」「憲法改正」「政治の信頼」、そして「おわりに」となります。

項目も演説内容も昨年10月の所信表明演説までとは様変わりして、つぶさに読むと首相の各政策に取り組もうとする「本気度」がよくわかります。首相の“肩を持つ”わけではないですが、内憂外患の昨今、そして我が国の将来に突き付けられた課題を考えると、「待ったなし」の政策を内閣が先頭に立って推進する必要があるとの認識はまさにそのとおりなのだろうと思います。ただ、個々の政策やその優先順位(項目の順番がそのまま優先順位と考えます)については首をかしげるものも少なくありません。

これに対するマスコミの反応について、ここで取り上げる価値はないでしょう。ほとんどのマスコミは、いつも“いかにケチをつけるか”を最優先するような報道に終始します。そのような報道姿勢がとうの昔から国民にそっぽを向かれているという事実を知りながら、変化も進歩もないので、正直、相手にしても仕方ないと思ってしまいます。

そのマスコミも、防衛政策、増税、そして子育て支援などをとりあげるだけで、「新しい資本主義」の4番目の中項目「投資と改革」の冒頭に取り上げられている「GX」(グリーントランスフォーメーション)はほとんどニュースになりません。

 岸田首相は、この「GX」の中で、「戦争の武器としてエネルギー供給を利用したロシア。国民生活の大きな混乱に見舞われた各国は、脱炭素と、エネルギー安定供給、そして、経済成長の三つを同時に実現する、『一石三鳥』の強かな戦略を動かし始めている。日本のGXも、この三つの目的を実現するためのもの」と強調しました。

そして、その政策の柱として「成長志向型カーボンプライシング」に対して、「国による20兆円規模の先行投資の新たな枠組みを設け、10年間で150兆円の投資を引き出し、徹底した省エネ、水素・アンモニアの社会実装、再エネ・原子力など脱炭素技術の研究開発などを支援するなど、官民の持てる力を総動員し、GXという経済、社会、産業、地域の大変革に挑戦する」と明言しました。

ただ、エネルギーの安定供給に向けては、「北海道・本州間の送電線整備など再エネ最大限導入に向けた取組みに加え、廃炉となる原発の次世代革新炉への建て替えや、原発の運転期間の一定期間の延長を進める。そして、国が前面に立って、最終処分事業を進める」に留まり、最後に、「アジア・ゼロエミッション構想を今春から具体化させ、アジアの脱炭素化を支援する」で結びました。

私が不勉強なのかも知れませんが、個人的にはよくわからないことばかりです。どのような経緯で、「GX」という言葉が独り歩きをするようになったのか、にはじまり、「脱炭素」と「エネルギー安定供給」と「経済成長」の3つを同時に実現する「一石三鳥」になるような“うまい話”に国を挙げて取り組む必要性があるのか、その結果として本当に実現できるのか、さらには、防衛予算を確保するための増税については政治家もマスコミもあれほど騒ぎたるのに、なぜ150兆円もの投資や、それを引き出すために20兆円の税金を使うことに対してなぜ騒がないのか、などの疑問が次から次に沸き上がります。

国会の場でこれから議論になるのでしょうが、偶然か皮肉かはさておき、北極圏ではマイナス60℃以下になるとの記録的な冷温が続いたことがニュースになりました。そして、その影響もあってか、日本列島も10年ぶりの記録的な寒波に襲われました。

その原因については、イギリス気象庁が「地表から10~50kmにある大気層である成層圏の気温が突然上がる『成層圏突然昇温』という現象を2021年1月上旬以降に観測し、この現象によって、ヨーロッパやシベリアに記録的な大寒波が訪れる可能性がある」と指摘していますが、この現象と人為的CO2排出の関係については目下のところは不明です。

最近“おとなしい”地球温暖化論者たちがどのように解説するのか、楽しみにしていますが、素人ながら、多少なりとも気候変動問題に首を突っ込んだ私は、改めて「人智を超えた地球の営み」と感じざるを得ないのですが、皆様はどう思われるでしょうか。

石油など化石燃料は有限であり、いずれ枯渇すると言われ始めたのは「石油ショック」の頃からだったと記憶していますが、最近は、シェールガスの採掘などによってもう200年ぐらいは枯渇しないと言われています。

資源小国の我が国にとってエネルギー源の長期安定的確保は国家的課題であることには論を俟たないので、「GX」の中で謳われている原子力政策の見直しなどは必須と考えますが、さりとて、国家を挙げて「脱炭素」に向かい、そのための「一石三鳥」を狙った150兆円の投資にだれも疑問を持たないのか、私が間違っているのかと落ち込んでいたところ、一人だけ同じ考えを主張している人に出会いました。

1月24日付、産経新聞「正論」欄で、キャノングローバル研究所研究主幹の杉山大志氏は、「脱炭素投資『GDP3%』の不毛」と題して、「10年間で150兆円の投資は、年間15兆円でGDPの3%に相当する。これだけ投資しても2030年までCO2を46%削減するためにはGDP損失が30兆円発生する。よってGX投資を増やしても経済全体は大幅な損失になる。20兆円は実質増税である。現行の政府案には重大な問題が山積みだ。関連法案の法制化を止めよ」と勇気ある主張をしたのに加え、「表立った異論の声が聞こえてこない」ことにも疑問を呈しています。

前にも取り上げましたように、杉山氏は、「脱炭素」とエネルギー確保を分けるべきと主張していますが、私も同意見です。なぜ「一石三鳥」のような一見“うまみのある”政策に集約されたのか、少しさかのぼって振り返ってみますと、そこに、相次ぐIPCC報告など国連の見解を優先するあまり、“思考停止”して議論を封じ込めてしまった政治家・官僚・経済界・マスコミ界が、言葉は悪いですが、それぞれ同床異夢のまま目先の利益獲得のために奔走している姿が透けてみえるような気がするのです(錯覚かも知れません。錯覚であってほしいと願っています)。

このたびの所信表明に至った経緯を振り返ってみようと思います。皆様も一緒に考えてみてください。我が国の未来がかかっていますので、とても重大なことと考えます。まず当面は、要約はしますが、論評抜きで振り返ってみることにします。

▼我が国の気候変動・エネルギー政策(菅政権時代)
 
スタートは安倍内閣時代までさかのぼりますが、気候変動問題に“前のめり”になったのは菅政権だったことに異論はないでしょう。 

そのきっかけは、2020 年 10 月26日に開会した臨時国会時の所信表明演説において菅前首相が突然「国内の温暖化ガスの排出を2050年までに『実質ゼロ』にする」との方針を表明したことにありました。これは、安倍長期政権の後を引き継いだ菅政権の好イメージを演出する戦略としてはうってつけの政策だったようで、国連事務総長をはじめ海外からも称賛の声が相次ぎました。

実は、安倍内閣時代、菅氏は官房長官として気候変動問題への取組みにはあまり乗り気でなかったようですが、その菅首相を動かしたのは、政権を担うにあたって連立を組む公明党の要望を反映したといわれています。実際に、当時の両党の「政権合意」にも「気候変動問題などへ取組みを加速化」などと記載されています。

これを受けて、2021年6月18日、政府は「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をとりまとめます。そこには、内閣官房、経済産業省、内閣府、金融庁、総務省、外務省、文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省が名を連ねていますので、まさに関係省庁を挙げての成長戦略だったようです。

当時、このような戦略が策定されていたことを私自身はつい最近まで知らなかったのですが、専門家や関係者たちは別にして、多くの国民はこの事実を知らないか、関心がなかったのではないでしょうか(興味のある方はぜひチェックしてみてください)。

後々のためのその骨子をまとめておきましょう。その冒頭から、「温暖化への対応を、経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の機会と捉える時代に突入した。従来の発想を転換し、積極的に対策を行うことが産業構造や社会経済の変革をもたらし、次なる大きな成長につながっていく。こうした『経済と環境の好循環』を作っていく産業政策が『グリーン成長戦略』である」として、カーボンニュートラルを発射台にした成長戦略を策定しました。この度の岸田首相の所信表明演説の大方針「一石三鳥」のうち、エネルギーの安定供給以外、つまり「脱炭素」と「成長」の「一石二鳥」の出発点はここにあったようです。

各省庁が絡むことからもわかりますように、その政策は、カーボンニュートラルをいかにしてグリーン成長戦略を関係づけるかにはじまり、その実現に向け、①2050年の電力需要は、産業・運輸・業務・家庭部門の電化によって一定程度の増加を要すること、②電化で対応できない熱需要には、水素などの脱炭素燃料、化石燃料からのCO2の回収・再利用も活用すること、③電力部門以外では革新的な製造プロセスや炭素除去技術などのイノベーションが不可欠となること、④電力部門は再生可能エネルギーの最大限の導入及び原子力の活用、さらには水素・アンモニア、CCUSなどにより脱炭素化を進め、脱炭素化された電力により、電力部門以外の脱炭素化を進めることなどが掲げられています(CCUSとは、CO2の回収・有効活用・貯蓄を意味するCarbon dioxide Capture Utilization and Storageの略です)。

なお、あくまで専門家の意見交換を踏まえた参考値としながらも、「2050年には発電量の約50~60%を太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス等の再エネ、水素・燃料アンモニア発電10%程度、原子力・CO2回収前提の火力発電は30~40%程度とする」とする一方、「各電源が自然条件や社会制約、技術課題など様々なハードルを克服する必要があり、このレベルを実現することは容易なことではない」との“逃げ道”も用意しています。

さらに、「グリーン成長戦略」の枠組みとして「2050年カーボンニュートラルへの挑戦を、産業構造や経済社会の変革を通じた、大きな成長につなげる。グリーン成長戦略は、民間投資を後押しし、240兆円の現預金の活用を促し、ひいて は3000兆円とも言われる世界中の環境関連の投資資金を我が国に呼び込み、雇用と成長を生み 出す。そのための政策ツールを総動員する」としています。

それらに加え、「税制」や「金融」上の優遇措置、大学における研究開発や若手ワーキンググループの立ち上げや人材育成まで触れています。
 
実はここまでが、前段ともいえる部分で、これに続き、洋上風力、太陽光、地熱、水素・燃料アンモニア産業などに続き、次世代熱エネルギー産業、原子力産業、自動車・蓄電池産業、半導体・情報通信産業、船舶産業、物流・人流・土木インフラ産業、食料・農林水産業、航空機産業、カーボンリサイクル・マテリアル産業、住宅・建築物産業、次世代電力マネジメント産業、資源循環関連産業、ライフスタイル関連産業の取り組むべき具体的な施策などまでを「グリーン成長戦略の枠組み」として158ページに及ぶ膨大な資料となっています。

本戦略策定段階においては、経済産業省をはじめ、各省庁の賢明な役人たちをはじめ、その道の専門家集団も絡んでいることでしょうから、ここに至るまでは様々な議論があったとは推測できますが、本戦略の本文からは、温室効果ガス削減の必要性の有無のような議論は全く読み取れず、「CO2削減ありき」からスタートしています。

いずれにしても、関係する事業の幅がとても広く、かつ根の深い問題であることがよく理解できます。果たして全体像を理解している者がどれほど存在するのか・・・との疑問さえ抱いてしまいます。

そして突然、ウクライナ戦争が勃発し、まさに「戦争の武器としてエネルギー供給の利用」という事態に直面し、本成長戦略がこのままでは使えないことがわかり、関係者は悩んだことでしょう。このような事態の変化を受け、菅政権の政策の後を受けた岸田内閣ではどのような議論を経てこのたびの所信表明演説の内容になったのか、については次回取り上げましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)