我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(43)「気候変動・エネルギー問題」(8)CO2をどのように削減するか(後段)

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我が国の未来を見通す(43)「気候変動・エネルギー問題」(8)CO2をどのように削減するか(後段)

□はじめに

現役の自衛官だった平成20年頃、青森県六ケ所村に建設中だった「再処理工場」を訪問したことがあります。

 「再処理」とは、原子力発電で使い終えた燃料(使用済み燃料)に含まれているウランやプルトニウムなど再利用可能な物資(95~97%含まれているといわれます)を取り出し、ほかの物資と混ぜ合わせ、「MOX燃料」と呼ばれる燃料に加工する処理を指します。「MOX燃料」はもう一度発電に利用されますが、この取り組みを「核燃料サイクル」と呼称しています。

 案内をしていただいた当時の施設責任者から「あと20年もすれば、日本は永久にMOX燃料を確保でき、エネルギーに困らなくなる」と眼を輝かしながら説明を受けたことを今でも強く印象に残っています。残念ながら、東日本大震災による福島原発の事故の後、原子力発電に対する“風当たり”が強くなったことは説明するまでもないでしょう。今年9月、日本原燃は「再処理工場の完成時期を延期する」と発表しましたが、話題にすらなりませんでした。

岸田首相は、8月24日、既存原発7基の再稼働や次世代原子力発電所の開発を打ち出し、ようやく原子力政策の見直しに踏み切りました。もし「脱炭素」を推進するのであれば、トータルとしてCO2排出が最も少なく、しかも安定して発電でき、かつ、資源小国の我が国にとって夢のサイクルを確保できる原子力発電、そして(前回触れました)核融合発電の開発に拍車をかける必要があるのは明白です。

原発については、運転期間を「原則40年」とする上限を撤廃し、「60年超」に運転の延長を認可する法案が今国会で可決されるようですが、それを認めても我が国の原発は令和42年に5基まで減り、やがてゼロになります。一方最近、三菱重工が「革新軽水炉」という次世代原子炉の開発を加速していることがニュースになりました。軽水炉技術の説明については省略しますが、発電所の建屋そのものを岩盤に埋め込んで耐震性を強化するとともに、万一炉心溶融が起きた場合でも格納容器内に封じ込める設備を備えるなど、安全規制をさらに強化するのだそうです。

核融合発電についても、日本はすでに技術は保有しているものの「実証」のための投資が不十分といわれます。その点、開催中の共産党大会で、習近平総書記自ら「中華民族発展史に輝く歴史的勝利」と自画自賛しつつ3期目の続投を確実にした中国が、国家の威信をかけて巨額な投資をして日本や欧米を一歩リードしているとのことですが、「それを巻き返すためにも一刻の猶予がない」(キャノングルーバル戦略研究所研究主幹・杉原大志氏)との声に応えるため、早急に大局的な判断が必要ということでしょう。

エネルギー問題については、本シリーズ後半で再度取り上げましょう。「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、現在の我が国は、あらゆる分野でこの言葉が意味するような矮小な事象に翻弄されているような気がしてなりません。各界に“森が見えない人達”がなんと多いことか・・・このような印象を持つのはいつもの“老害”でしょうか。子孫の世代を思うと“あせり”さえ感ずるのが私だけなら構いませんが。

▼「ものを育てる」活動のCO2削減

さて、前回の続きです。「ものを育てる」活動によって排出されるCO2は全体の19%です。しかし、将来、90億人を超える世界の人口増に対応して今よりはるかに多くの食料を生産する必要があり、これによる「温室効果ガス」は現在の3分の2程度増えることになると試算されています。

 一方、エタノールを確保するためのサトウキビの生産、さらに家畜排泄物や牛豚糞尿、生ごみ、稲わら・トウモロコシ残渣・もみ殻などの農業残渣などを活用するバイオマス燃料を獲得するために、人口増に使えるはずの土地をこれらの作物生産などに転用するとしたら、意図せずして食料不足や食料価格の上昇につながるとの指摘もあります。

ビル・ゲイツ氏は、これまで牛や豚の糞やゲップから排出されるメタン生成菌を減らすため、研究家は様々な試みを企てたが、現時点ではどれも実用的でないと指摘します。さらに、牛1頭が出すメタンの量は、その牛が暮らす場所によっても異なるとして、たとえば、南米の牛は北米の牛の5倍の「温室効果ガス」を排出し、アフリカの牛はさらに上回ると解説します。北アメリカやヨーロッパで育てると、より効率的な餌を牛乳や肉に換えられる可能性が高いばかりか、質の高い餌を提供することによりメタンの排出量も減らすことができるのだそうです。

 また、最近話題の植物から製造する人造肉を本物の肉の代替物とするアイデアも実用化しつつあることにも言及しています。しかし、実際の「グリーン・プリミアム」は依然高価であり、将来、代替肉の販売量が増え、多くの製品が市場に普及すれば、やがて動物の肉より安くなる可能性もあると解説します。しかし、「問題は味だ」とする声もあって、その普及は簡単ではないでしょう。

 さらに、合成肥料の改善・普及も大事なポイントであると解説します。世界ではすでに大量の合成肥料が使われていますが、貧しい国における普及は依然として遅れており、たとえば、アフリカの通常の農家は、同じ広さの土地でアメリカの約5分の1の食料しか生産できないのが現状です。安価な合成肥料をこれらの国々に普及すれば農家の作物収量を増やすことができる可能性があるのです。

 ただし、合成肥料を製造するのは、アンモニアを作らなければならず、その工程において「温室効果ガス」を発生するという問題、あるいは、肥料に含まれる窒素が食物に吸収される割合は半分ほどで、残りは地下水や地表水に流出して汚染を引き起こすか、亜酸化窒素として空気中に蒸発する問題が残っています。「亜酸化窒素が地球を暖める効果はCO2の265倍」であることはすでに触れましたが、これらから、合成肥料による「温室効果ガス」は、現在の13億トンから2050年には17億トンまで増えるとの指摘も無視できないでしょう。

ほかにも、「ものを育てる」活動によるCO2排出を削減するための様々な試みはこれまでも検証され、現在も検証中のものもありますが、結論から言えば、「人口増に備えるために食料の生産を70%増やし、それと同時にCO2の排出を減らし、やがて排出ゼロを実現する」ことは容易なことでありません。この分野においても、新しい手法によって食料を生産し、家畜を育て、無駄になる食べ物を減らし、その上で、豊かな国の人々は肉食を減らし代替肉を食べるなど、食習慣そのものまで変える必要があります。口で言うほど簡単ではないのは明らかなのです。

▼「移動する」活動によるCO2削減

 「移動する」活動によって排出されるCO2は全体の16%です。これについては、石炭火力発電所同様、CO2排出の“元凶(真犯人)”として扱われ、すでに様々な対策も考案され、実用化されています。それには理由があります。「移動する」、つまり輸送については、世界全体で見れば第4位のCO2排出に位置付けられていますが、アメリカにあっては、だいぶ前から第1位にランクされているからです。

 世界的にも「移動する」活動によるCO2削減手段はすでにかなり実用化されています。自動車、中型トラック、バスなどの電気自動車の普及です。ただし、「電気を使う」活動で触れたように、発電段階でかなりのCO2を排出している石炭火力で発電して電気自動車に充電しているとしたら、化石燃料を別の化石燃料と交換しているだけで、地球温暖化の抑制に寄与しないことは明らかです。

 ゲイツ氏は、電気自動車の「グリーン・プリミアム」は、10%前後ですでに手の届くところに来ているとし、しかもガソリン価格が上昇するとゼロに達している事実も紹介しています。また、電気自動車の弱点は、電気時自動車をフル充電するのに1時間以上もかかることであり、この弱点を解決するためには小型で充電効率の良いバッテリーを積載する必要があるとしています。しかし、依然、バッテリーは重量が重く、容積も大きく、価格も高いままであり、バッテリー価格が安価になれば「グリーン・プリミアム」は、2030年頃にゼロなるだろうと予測しています。そのためにも、小型で充電効率の良いバッテリーの実用化に向けた技術革新が急がれます。

 電気自動車以外の代替燃料としては、エタノールなどのバイオ燃料(アメリカでは、すでにガソリンの大部分に10%のエタノールが入っているといわれます)もその候補です。従来のエタノールの発展型である、農業残渣などから精製する次世代バイオマス燃料についても、すでに触れたような様々な課題が含まれており、輸送システムの「脱炭素化」に必要な規模を確保できる状態でないことは明白です。

 電気を使って「水の中の水素」と「CO2の中の炭素」を結びつけ、炭化水素燃料をつくる「電気燃料」も考案されていますが、現時点では、炭素を排出せずに必要な水素を作るには大きなコストがかかることや必要な電気もクリーンでなければ意味がないので、まだまだ手の届く技術ではありません。

 現在、ディーゼルエンジンが主力の長距離トラックを電動化しようとすると、バッテリーの大型化(重量増大)が必要となり、荷物を積めないばかりか、充電時間に長時間を要するため、輸送そのもののやり方を変える必要があります。船や航空機も同様です。現時点は、航空機は総重量の20~40%は燃料が占めていますが、同等のエネルギーと得るためには、現在より35倍の重さのバッテリーが必要であるといわれます。

つまり、“動かす乗り物が大きくなればなるほど、そして充電なしで運転する距離が長くなればなるほど、電気でエンジンを動かすのは難しくなる”という経験則が現時点の法則になっており、総じて、「移動する」活動で「脱炭素化」を目指すためにも、“現時点では予測できないようなブレイクスルー”が必要なのです。

▼「冷やしたり暖めたりする」活動によるCO2削減

 「冷やしたり暖めたりする」活動によって排出されるCO2は全体の7%です。ここで、「冷やす」、つまり冷房のために使われるエアコンは、冷媒として使われるフロンガスが漏れると地球温暖化の原因をなること以外は、エアコンのために使われる電気の問題であることがわかります。

 当然ながら、暖房のためにもエアコンあるいは電気ストーブなど電気も使われていますが、すでに述べたように、ほとんどの場合、暖房は電気ではなく、天然ガス、灯油、プロパンなど化石燃料が使われています。

ゲイツ氏は、暖房のための「グリーン・プリミアム」は、「ヒートポンプの普及によってマイナスにできる」と主張しています。この「ヒートポンプ」とは「気体や液体が膨張したり圧縮したりすると温度が変わることを利用した、空気の液体中の熱を低温部から高温部へ移動させる技術」を指し、閉じたパイプの中で冷媒を移動させて、その途中で圧縮機と国別な弁を使って圧力を変えると、冷媒はある場所で熱を吸収し、他の場所でその熱を解き放ちます。この原理を利用して、冬には熱を外から室内には運び、夏には、反対に熱を室内から屋外に汲み出すと説明しています。

 同様の原理はすでに“冷蔵庫”で実用化されていますが、技術の進歩によって低温から高温への用途も広がったのです。このヒートポンプは、ガスや石油を燃料とする方式に比べ、CO2排出を約32%削減できるばかりか、約39%の省エネにつながるといわれます。ゲイツ氏は、アメリカの主要都市で各家庭の暖房設備をヒートポンプに換装すれば、地域によって少し差が出ますが、「グリーン・プリミアム」を“マイナス16~27%”にできると算定しています。

 そのアメリカでは、ヒートポンプの普及率が11%に留まっているとのことですが、ヨーロッパでは、ヒートポンプが再生可能エネルギーとして扱われ、その普及が進んでいます。その役割を果したのが日本の技術でした。日本は、世界トップレベルの高率的なヒートポンプ技術を実現し、2008年以降、日本のメーカーが次々とヨーロッパに進出しました。

 ヒートポンプに関して、このような事実さえあまり国内では知られていませんが、日本のCO2排出目標は、2030年に2013年比で25%減です。「家庭部門・業務その他」では40%削減という高い目標を掲げています。この目標達成のため、2030年時点の家庭用ヒートポンプの普及目標は1400万台ですが、2013年の普及台数422万台からすれば、目標達成にはかなり努力が必要です。別の資料によれば、2017年の戸建住宅の使用率は2割程度、集合住宅世帯の使用率は2%程度に留まっています。

暖房の「脱炭素化」のために実施しなければならないことを総括して、ゲイツ氏は、①「電化する」、つまりヒートポンプに切り替えるために、政府が後押しをする。②「電気を脱炭素化する」、つまりクリーンなエネルギーを有効に使用する。③「省エネルギーを進める」、つまり低排出にも省エネルギーにも取り組む。と提言しています。つまり、クリーンな電気をいかに作るか、に集約されそうですが、そのこと自体がいかに困難かについてはすでに触れたとおりです。

▼総括:「人間の活動」から排出されるCO2削減の可能性

 すべてではありませんが、人間の5つの活動によって排出されるCO2を削減、そして排出ゼロを実現するため、それぞれの分野ですでに実用化され、あるいは考案されている手段について取り上げてみました。その結果、現時点ではその実現がいかに困難か、あるいは不可能に近いかについて再認識することとなりました。

私は、「脱炭素化」を唱えるならば、掛け声や希望的観測ではなく、将来の可能性を含めて具体的な手段を分析した後に、実行可能な目標を設定すべきだろうとの考えをだいぶ前から持っていましたが、個々の手段を具体的に分析した結果、その考えが確信に近くなりました。

 今は、なぜこのような無謀ともいえる目標を、しかも、全人類を挙げて掲げ、公には異論を挟むことさえ許さない雰囲気までできてしまったことをとても不思議に思い、考え込んでいます。

 一方、「地球は温暖化している、その原因はCO2にある。よって、これ以上の温暖化を抑制するために『CO2排出ゼロ』を実現しなければならない」という考えを頭から信じ、何の疑いを持たない人たちにとっては、ここに取り上げたような“現実”には目を伏せ、まだ希望があるはずだと極めて前向きに考えているのでしょう。

何度も引用したゲイツ氏もその一人ですが、彼は、5つの「人間の活動」によるCO排出およびその削減手段の具体化から次のようなことが明らかになっていると嬉しいと締めくくっています。

(1)問題は非常に複雑で、人間の活動のほぼすべてに関係している。(2)僕たちのもとにはすでに道具の一部があり、いますぐにそれ活用して排出削減に取り組むべきだ。(3)とはいえ、必要な道具がすべて揃っているわけではない、すべての部門で「グリーン・プレミアム」を引き上げる必要があり、そのためには創意工夫が必要だ。

 ゲイツ氏の頭の中には、「すでに起こっている気候変動について何ができるのか」ということが支配しているようですが、それが純粋な人類愛のようなものから湧き出たものか、彼一流のビジネスマン的な発想が根底にあるのか、については残念ながら解釈不明です。

本シリーズは、「地球が温暖化している、その原因はCO2にある。よって、これ以上の温暖化を抑制するために『CO2排出ゼロ』を実現しなければならない」という考えから一旦離れ、その対極に立つ考えを段階的に紹介し、分析し、一緒に考えてみたいと思います。

 個人的には、決してこちら側の説が正しいと絶対的な確信があるわけではありませんが、他の宗教を頭から拒否して受け入れない一神教のような雰囲気をもって「地球温暖化」一辺倒に立つ側の人たちが、これら対極にある考えをどのようなとらえ、その上で、自分たちの考えに固守しているのかその本当の理由を知りたく、物議を醸してみたいと考えているのが本音です。

 その上で、日本国全体が日本の伝統的な「長いものには巻かれろ」的な感覚をもってこの問題に取り組んでいるとしたら、将来、取り返しのつかない禍根を残すような気がしてならないのです。読者の皆様にはしばらくお付き合いください。(つづく)


宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)