我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(39)「気候変動・エネルギー問題」(4)「京都議定書」から「グラスゴー気候合意」まで

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我が国の未来を見通す(39)「気候変動・エネルギー問題」(4)「京都議定書」から「グラスゴー気候合意」まで

□はじめに

 最近、ウクライナ情勢に変化がありましたので、少し整理しておきましょう。まず、ウクライナ軍がハリコフ州の一部の奪回など勢いが増してきたことの裏返しのように、ロシア軍内の“軋(きし)み”が次第に表面化してきました。兵器や弾薬不足に加え、兵員の士気の低下がもはや限界ともとれるような兆候が目立ち、関連報道も多くなりました。

 プーチン大統領は、たぶんそのような局面に“後ろ髪”を引かれながらも、9月15日以降、ウズベキスタンで開催された「上海協力機構(SCO)」の首脳会議に参加し、中ロ首脳会議も実施しました。その席で、習近平に対して「1つの中国堅持」と秋波を送ってはみたものの、兵器や弾薬の支援ということについては、“色よい”返事を得ることはできなかったようです(あくまで報道ベースで、その実態は不明です)。10月16日に開催される共産党大会で異例の“続投”がかかっている習近平にとって、少しでもマイナス要因になる可能性がある案件は排除したいとの思いが働いているものと考えます。

 期待していたインドの支援についても、モディ首相から「今は戦争の時代ではない。民主主義、外交、対話こそ、我々が平和の道をどのように進むのかを世界に示す手段だ」とピシャリと告げられました。

インドは、日米豪と「クワッド」の重要な一角を占める一方で、SCOに参加したり、ロシアとの合同軍事演習に参加したりと独自の道を歩んでいることから、「インドは同盟国たり得るか」という疑問が表面化しつつあります。これに対して、元外交官の宮家邦彦氏は「インドは『独立した強い国家』であり続けたいのだ」と解説していますが、納得です。

同様の立場を貫く国の一つにトルコがあります。トルコは、NATO加盟国ですが、対ロ制裁に加わらず、ロシアとの関係を強化して経済制裁の抜け穴となっている一方、ウクライナともパイプを持ち、「調停者」を自任しています。いまだスウェーデンとフィンランドのNATO加盟を批准していないようで、全会一致の加盟条件をクリアできないことから、欧州列国をいら立たせているとも伝わってきます。

歴史を顧みますと、いつの時代も相対する国が突然味方になったり、合従連衡の繰り返しの中で、時に“だしぬけ”があったり、“裏切り”があったりの繰り返しでした。後々にわかることではあるのですが、的確な情勢判断をするリーダーを擁する国が勝者の側につき、逆が敗者の側にまわります。

そのような中で、インドやトルコのようにキャステングボードを握る国も必ず存在しますが、それぞれの事情と思惑があるにしても、両サイドから究極の信頼を勝ち取ることができず、結局得るものは少ないということを歴史は教えています。

とはいえ、両サイドの「共存」の懸け橋になる可能性もあり、貴重な存在として戦略的に重要な国であり続ける可能性があることは否定できないと考えます。宮家氏は「日米が『アジア太平洋』ではなく『インド太平洋』と言い換えたのは、『インドを関与させる』ためだ。最低限でも中立を維持してもらうことだ」と解説しています。

背景に、中国と国境問題を有するインドは、究極的に中国と同盟関係を結ぶことはないだろうとの裏付けもあるのでしょう。それもあって、今や中国を抜いて世界一の人口を抱えるインドは、日本のみならず米国にとっても戦略的に最重要国家であり続けることでしょう。

プーチン大統領は、9月21日、兵員確保のために予備兵の「部分動員令」の署名し、再び核兵器の使用も示唆しました。自らの足元が“ぐらついて来た”ことと合わせて、また一歩“危険水域”に近づいたとの見方もできるでしょう。

ウクライナ軍が自国領土内の反撃に留まり、核保有国ロシアを過度に刺激せず自制することを祈るばかりですが、この攻撃の自制は、「専守防衛」の日本にとっても「同様の戦いを強いられる可能性が高い」という意味でとても参考になります。この機会に、良識ある国民に「国を守る」という意味や手段や戦い方についてしっかり学んでいただきたいと願っています。

▼「京都議定書」

 今回は、毎年行なわれるCOPで何が話し合われ、どのような「合意」を得てきたのか、その代表的な「京都議定書」「パリ合意」、そして「グラスゴー気候合意」の概要を整理しておきましょう。

 1997年のCOP3で採択された「京都議定書」は、「2020年までの枠組み」として温暖化に対する初の国際条約でした。参加している“先進国”全体に「温室効果ガスを2008年から2012年の間に、『基準年』とされた1990年比で約5%削減すること」を求め、国ごとに「温室効果ガス」排出量の削減目標を定めました。

この取り決めにより、EUは8%、アメリカ合衆国は7%、日本は6%の削減を約束しました。その後、アメリカは脱退しましたが、この削減目標は世界で初めてとなる取り決めとなり、国際社会が協力して温暖化に取り組む“大切な一歩”となりました。

 一方、「京都議定書」は途上国には削減義務を求めていません。すでに触れたように、1992年6月に締結された「気候変動に関する国際連合枠組条約」は、「大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ、現在および将来の気候を保護する」ことでは一致しましたが、「歴史的に排出してきた責任のある先進国が最初に削減対策を行うべき」という途上国の突き上げもあって、本条約は、先進国や経済移行国(ロシア、東欧諸国など)約40カ国とECからなる「付属書Ⅰ国」、先進国23カ国からなる「付属書Ⅱ国」(途上国へ資金提供の義務があります)、それ以外の「発展途上国」(非付属書Ⅰ国)に分類区分されました。

 「京都議定書」は、まずは「先進国が率先して削減する」との考え方が反映され、「付属書Ⅰ国」だけを対象にした排出量削減でしたが、アメリカ、カナダなどは批准しませんでした。

削減目標を達成できなかった国には、罰則が適用されることになっていました。しかし、アメリカなどの離脱もあってそのルール作りが困難を極め、ようやく2001年開催のCOP7で「マラケシュ合意」が採択され、「京都議定書」のルールが決まりました。2004年にはロシアも参加し、2005年2月、55カ国以上が批准し、「京都議定書」が発効に至ります。

▼「パリ合意」

 さて、「パリ合意」が締結された2015年は、今にして考えると記憶に残る年となりました。

2015年9月、国連サミットで加盟国の全会一致で「持続可能な開発目標(SDGs)」採択されました。細部の説明は不必要と考えますが、「SDGs」は、17のゴール・169のターゲットから構成され,貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、人類が直面するグローバルな諸課題の解決を目指し、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓い、2030年までに「持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」となっています。

当然ながら、気候変動についても、目標13「気候変動に具体的な対策を」との表現で目標の1つとされています。

さて、「京都議定書」の中には、「2005年になったら、『2013年以降』について、締約国は話し合いを開始しなければならない」ということが書かれていました。世界の情勢も大きく変わり、世界の排出量を見ても、将来的には中国やインドといった途上国の排出量が大きくなっていくことが予想されるようになり、2013年以降は、途上国にも何らかの取り組みを求める声が高まってきたのです。

その後、デンマーク(コペンハーゲン)、メキシコ(カンクン)、南アフリカ(ダーバン)における各COPを経て、2015年12月、パリで開催されたCOP21において約200国が参加し、「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2℃未満に抑える。加えて1.5℃未満に抑える努力を追求する」こととした「パリ合意」が成立し、新しい国際的枠組みが誕生しました。

その達成のために、IPCCが示す科学的根拠に基づいて、21世紀末のなるべく早期に世界全体の「温室効果ガス」排出量を実質的にゼロにすること、つまり「脱炭素化」を長期目標として定められました。その内訳は、気温上昇を1.5℃に抑えるため、2075年頃には「脱炭素化」する必要があり、努力目標として、2050年までに「脱炭素化」の実現が明示されました。

この合意の発効には、①55カ国以上が参加すること、②世界の総排出量のうち55%以上をカバーする国が批准すること、の2つの条件が設けられましたが、当時のオバマ大統領が中国やインドに批准を働きかけたこともあって、世界の「温室効果ガス」排出量の約86%、159カ国・地域をカバーし、2016年11月、発効に至りました。

確かに「パリ合意」は、「全ての国が温室効果ガス排出削減等の気候変動の取組に参加する枠組み」ではありましたが、その削減量などは「付属書Ⅰ国」と世界最大の「温室効果ガス」排出量(23%)の中国や第3位のインド(5.7%)などの「非付属書Ⅰ国」では差異がありました。

オバマ大統領の説得への合意は、「中国やインドをこの枠組みに参加させる」という目的は達成できましたが、その削減量は先進国などと全く異なるものだったのです。改めて、「パリ合意」による各国が「2030年の削減目標」として約束した削減量をチェックしておきましょう。

 まず、日本は、1990年比で▲18%、2005年比で▲25.4%、2013年比で▲26.0%、アメリカがそれぞれ▲14~16%、▲26~28%、▲18~21%、EUがそれぞれ▲40%、▲35%、▲24%となっています。つまり、2013年で比べると、日本の削減目標が最も高いことがわかります。

 これに対して、中国は、①2030年までに2005年比でGDPあたりのCO2排出を60~65%削減、②2030年頃にCO2排出のピークを達成、という表現になりました。①の表現も解釈による不透明さが残りますが、②によって、2030年頃までCO2排出量を増加させることを容認させたのでした。また、インドも、2030年までに2005年比でGDP当たりのCO2排出を33~35%削減することを約束しました。

前回取り上げましたように、中国やインドのCO2排出量増加の理由はこのあたりにあるのでしょうが、ここに嚙みついたのがトランプ大統領でした。そして、以下のような演説をして「パリ合意」を離脱します。

①アメリカと市民を守る重大な義務を果たすため「パリ協定」から離脱する、②協定は他国に利益をもたらし、アメリカの労働者に不利益を強いる、③今日限りで協定が我が国に課す目標の全ての履行や財政負担をやめる、④途上国の温暖化対策支援もやめる。支援によりアメリカの富が持ち出されている、⑤他国がアメリカに協定残留を求めるのは、自国を経済的に優位に立たせるためだ、⑥中国の温室効果ガスの排出増加やインドの石炭生産増加は認められており、非常に不公平だ、⑦アメリカにとって公正な協定に変えた上で再加入するか、新しい枠組みをつくる交渉を始める、というものでした(ここではこの事実だけを提示しておきましょう)。

「パリ合意」のルールとして、「削減目標を5年ごとに深掘りすること」を定められ、「すべての国が削減目標を5年ごとに提出・更新すること」なども盛り込まれました。また、「パリ合意」には、たとえ1.5°Cに気温上昇を抑えることができたとしても、異常気象や海面上昇などの温暖化の悪影響は避けられないので、こういった悪影響に対応するための適応策の強化や、途上国の持続可能な開発を支援する資金や技術供与の仕組みも含まれました。

▼「グラスゴー気候合意」

 一方、「1.5℃特別報告書」(2018年発表)によれば、「すでに世界の平均気温は、産業革命前に比べて人間活動によって1℃上昇しており、このままの経済活動が続けば、早ければ2030年には1.5℃の上昇に達し、2050年には4℃程度の気温上昇が見込まれる」とされています。

新型コロナウイルスによる影響を受けて1年延期されましたが、2021年10月31日から11月13日までCOP26がイギリス・グラスゴーで開催されました。

アメリカのバイデン大統領をはじめ、約130カ国の首脳や政府代表が参加したこの会議では、「パリ合意」の“産業革命前からの気温上昇2.0℃に抑える目標”からさらに前進し、“世界の平均気温の上昇を1.5℃未満に抑えるための削減強化を各国に求める”「グラスゴー気候合意」が採択されました。また「パリ協定」のルールブックも完成し、市民組織や企業、自治体などの非国家アクターによる「パリ協定」の実現に向けた強い意志が示された会議となりました。

ついでに付け加えておけば、COP26には、スウェーデン人の16歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが参加し、各国の代表を前に「あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。もしあなた方が私たちを裏切ることを選ぶなら、私は言います。『あなたたちを絶対に許さない』と」のような発言をして話題になりました。

 大人をののしる顔と権幕が今でも印象に残っていますが、全文を読むとさらに戦慄を覚えます。16歳の少女が発言するような内容ではないからです。彼女はSNSで「COP26は明白な失敗だった」と発言、彼女に同調する若者たち約2万5000人が参加してデモも行なわれました。

 個人的には、16歳の少女がいかなる理由で国連に招へいされるのか、その意味がよく理解できませんが、「温室効果ガス」抑制に拍車がかかり、各国がこぞって脱炭素に向けた国際公約を打ち出す結果に至りました。

 COP26の最大の争点は、「石炭火力発電」の扱いでした。つまり、温室効果ガスの削減を目指し石炭火力発電の性急な廃止を要求するEUを中心とした先進国に対して、石炭火力発電の段階的な削減を主張する途上国や化石燃料の輸出に依存する資源国の反目がありました。

土壇場で、中国とインドが共同声明の表現に対して異議を唱え、非効率な石炭火力発電や化石燃料への補助金の「段階的廃止」という表現が「段階的縮小」に書き改められました。

廃止から縮小に表現を変えたことで、中国とインドは石炭火力発電に存続の道を残したわけで、グローバルプレーヤーとしての中国やインドの存在感の強さを印象付ける出来事になりました。

 改めて、各国が約束した「温室効果ガス」の排出削減目標をみてみますと、日本は2030年に2013年比で46%減、2050に実質ゼロ、EUは2030年に1990年比55%減、2050年に実質ゼロ、英国は2030年に1990年比で68%減、2050年に実質ゼロ、米国は2030年に2005年比で50~52%、205050年に実質ゼロ、オーストラリアも2050年までに実質ゼロを掲げました。

 これらに対して、中国は2030年までにCO2排出量をピークアアウト(頂点に達する)、2060年までにCO2排出を実質ゼロ、ロシアは2060年までにCO2排出を実質ゼロ、インドは2030年までに総電力の50%を再生可能エネルギーにする、2070年までにCO2排出実質ゼロを約束しました。この排出量実質ゼロに至る10~20年の“ずれ”が大きなポイントでもあるのです。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)