我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(65)『強靭な国家』を造る(2)「少子高齢化問題」の先に待っているもの

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我が国の未来を見通す(65)『強靭な国家』を造る(2)「少子高齢化問題」の先に待っているもの

□はじめに

 宮古島近海のヘリコプターの事故については、悲しいことに、現時点においても、関係者全員をご家族の元にお帰りいただくことが叶いそうにないような状態のようです。今後も行方不明者の捜索が続き、機体も引き上げられた後に本格的な事故原因の究明が行なわれるものと考えます。

個人的な経験で恐縮ですが、陸上幕僚副長であった時、緊急患者輸送任務を遂行中のヘリコプターが徳之島の山頂付近に墜落するという事故が発生し、自衛官4名の尊い命が奪われました。陸幕内に事故調査委員会を立ち上げ、私は調査委員長として事故原因の究明と再発防止の諸対策を検討し、徹底させた経験があります。事故現場にも足を運びましたが、墜落現場の悲惨さをこの目でみて、この種事故のすさまじさに言葉を失いました。

その時の事故は、山頂付近の斜面にヘリコプターが激突するという事故でしたので、海面に激突したと思われる今回の事故とは違いますが、激突の角度によっては海面も地表面と同じような“固さ”がありますので、その瞬間はすさまじいものだったと想像しています。

この事故については、もう少し具体的なことが判明してから振り返りたいと思いますが、事故やその後の捜索活動が連日、報道されることによって、宮古島を含む南西諸島において、それこそ命を懸けて、国防の任務を全うするために多くの自衛官たちが日々活動しているという事実は、国内外に広く知らしめることになったことは間違いないと考えます。

これまで判明している犠牲者を含む10名の隊員は、「たとえ命を犠牲にしても、島を、そして国土を守り抜くぞ」という強い意思を表明し、身をもって我が国の「抑止力」の向上に貢献したのです。彼らの行動と犠牲はけっして無駄にはなっていません。この事実については、多くの国民の皆様にご理解頂きたいと心より願っております。

▼我が国の「経済成長」の行方
 
さて前回、紹介しましたように、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は今年1月、『2040年の日本』という書籍を上梓し、我が国の近未来について、様々な角度からまとめておられます。その中で、本メルマガではこれまで触れて来なかった我が国の「経済成長」の行方についてその骨子を紹介しつつ、「少子高齢化問題」と「経済成長」の関係を可能な限り“見える化”して、そこから浮かび上がる問題について読者の皆様と一緒に考えてみたいと思います。

「失われた30年」と揶揄される、最近の我が国の経済的低迷の要因のひとつに「人口減」があることは間違いなく、今後も「少子高齢化」が進む我が国の近未来の中で、「経済成長はどうなるか」についてはだれしも関心があることと考えます。のちほど具体的に触れますが、「経済成長」は、「超高齢化社会において高齢者を支えることができるか否か」という差し迫った問題と密接に関係するのです。

野口教授もまったく同じ観点で我が国の経済成長率を分析しています。例えば、経済成長率が1%になるか、0.5%になるかによって高齢者が受けるサービスは20年後、40年後では大きな差が生じることを懸念します。つまり、1%成長を前提に収支計画を立て、実際に0.5%しか成長しないと、一人当たりの負担は2割増増える、あるいは一人当たりの給付を2割減にしなかればならなくなると指摘します。つまり、「分配なくして成長なし」ではなく、「成長なくして分配なし」になると主張しているのです。

一般に、「実質的経済成長率」=「労働の成長率」+「資本ストック成長率」+「技術進捗率」、の基本式で表示されますが、「労働の成長率」については、今後の日本は生産年齢人口の減少から年齢別の労働力率が現状と変わらないとすれば大きく減少するでしょう。

「資本ストック」についても、現時点の設備投資がほぼ減価償却に見合ったものからほぼ増えない状況にあります。また、「技術進捗率」は、労働と資本だけでは説明できない成長要因といわれますが、例えば、「デジタル化」とか「データ経済への移行」などへの対応によっては高い成長率が期待できるとされています。

さて、少子化の真っただ中にある日本は、1%の経済成長を実現できるのでしょうか。様々な機関が経済成長を予測していますが、最も詳細なデータを公表しているのは、OECDの予測です。それによると、日本の「実質GDP」の成長率は、2020年から2030年までの期間は0.987%と過去の実績に比してかなり高くなっていますが、その後の成長率は低下し、約0.5%を下まわるようになると予測しています。

ちなみに、ここでいう「実質GDP」とは物価変動分を調整して算出しているもので、物価変動分を考慮に入れて算出している「名目GDP」と違いうことを補足しておきましょう。

OECDは、その根拠として「1人当たりの潜在GDP」の成長について定量的な予測を行なっているといわれます。細部は省略しますが、一例を挙げれば「労働効率のトレンド」で、「それまで2人でやっていた仕事を1人で出来るようになる」というようなことを指しています。そのためには、デジタル人材の育成や業務のデジタル化によって技術進捗を実現することが必要になってきます。OECDは、我が国の労働効率の伸びを、2018~30年までは年率1.1%、2030~60年までは1.4%と推定していますが、2030年までを比較すると、中国は2.7%、韓国は1.3%と推定していますのでそれほど高いわけではありません。

我が国の過去の実質成長率は、2000年から2021年までの平均は、0.65%、もっとスパンの短い、2015年から2021年までは0.24%に留まっています。最近は特にコロナ禍の影響があったとはいえ、これらの成長率と比較をして、「日本は、今後、過去に比べて高成長を実現する」として日本の潜在能力を評価しているOECDの見積もりが本当に実現できるかどうかは現時点では不明といわざるを得ないでしょう。

国内においては、将来の財政収支予測を目的とする内閣府の「財政収支試算」では、高めの成長率を見込む「成長実現ケース」と低めの成長率を見込む「ベースラインケース」の2つのケースに分けていますが、「成長実現ケース」では、2026年度頃までは2%を超える成長率、その後も2%に近い成長率を想定しています。「ベースラインケース」では2026年度までは1%を超える率、その後は1%程度の成長率を想定していますので、かなり高めと言えるでしょう。

また、厚生労働省による年金財源の収支計算の前提とする「公的年金の財政検証」は、日本経済の長期見通しについて、上記「成長実現ケース」を前提にした3通り、「ベースラインケース」を前提にした3通りの計6通りのケースを想定しています。

「成長実現ケース」では、2022年以降20~30年の実施成長率は、0.4%から0.9%として、最も高い場合でも、「財政収支試算」の値より1%ほど低下すると予測し、「ベースラインケース」では、同じ期間マイナス0.5%から0.2%として、成長率がマイナスになることもあり得ると予測しています。

さらに、民間研究機関の実質GDP成長率予測をみてみますと、三菱UFJサーチ&コンサルティングは、2023年度~25年度までは0.5%、2026年度~30年度は0.7%と予測し、みずほ総合研究所は、2025年度~28年度は0.9%と予測しています。つまり、民間の予測の方が政府の見通しより成長率は低めに評価しています。

1%成長と2%成長では、10年後のGDPは約1割以上、40年後では5割程度も違ってくるといわれますが、どちらが現実的なシナリオなのでしょうか。「明らかに低成長シナリオである(それすら実現できない可能性がある)」と野口教授は指摘します。

その理由として、これまでの予測シナリオがみごとに外れたことを例示しています。つまり、「2010年の財政収支試算」では、「慎重シナリオ」と「成長戦略シナリオ」の2つのシナリオを掲げましたが、実際には「慎重シナリオ」で予測した値にも到達できなかったのでした。その結果、財政収支は、2020年度の基礎的財政収支は48.8兆円の赤字で、対名目GDPのマイナス9.1%となっています。

「財政収支試算」は、現在、ほどんと注目を集めていません。それは、「プライマリーバランス」が改善しているからではなく、長期金利が著しく低い水準に抑えられているため、国債費の負担が著しく軽減されているからです。しかし、実質2%程度の成長を実現するためには、いつまでもこうした状況を続けることはあり得ず、いずれ長期金利を上昇せざるを得ないと考えられます。

こうなれば、国債費も増加せざるを得なくなるのは明白です。しかし、新規発行で既存の国債費を補填する現在のシステムは、借り換えに伴って残った残高の国債の新金利分が増加するだけであり、長期国債の場合は、国債費が増加する期間が対象外になっておれば、実質的な問題は先送りされ、問題の本質が見えなくなっているとの一面もあります。野口教授は、「財政の将来を考える場合に極めて深刻な問題」と指摘し、日本の政策体系全体が2%実質成長という“虚構”の上に立っているとして、「『高成長』前提は、未来に対する責任放棄」と厳しく批判しています。

我が国経済の将来予測の最後に、「1人当たりGDP」についても触れておきましょう。国際通貨基金(IMF)などによると、我が国の「1人あたり名目GDP」は、2020年時点で3万9890ドル(約452万円)であり、韓国(3万1954ドル)や台湾(2万8054ドル)をそれぞれ上回っていました。

日経センターの予測は、労働生産性、平均労働時間、就業率などからはじき出した試算として、「一人当たり名目GDP」は2035年頃まで年2.0%の伸びになると予測しています。この間、韓国は年6.0%、台湾は年8.4%増えると予測していますので、近い将来、総額で韓国や台湾に追い抜かれる可能性があるのです。

この伸びはまた、物価変動分を考慮した数値ですので、2%程度では物価変動分に飲み込まれ、実質的な所得(賃金)はほとんど変わらない可能性もあります。

▼「少子高齢化」の進展

第1編で紹介しましたが、最近のデータで修正しつつ、我が国の「少子高齢化」の現実を再確認しておきましょう。

まず、我が国の人口は2008年をピークに減少し続け、このままいくと2050年までに1億人を切ると推計されています。折しも4月26日、厚生労働省の人口問題研究所が「人口は2070年に8700万人になる」と公表してニュースになりました。
また昨年の出生者は79万9728人で、はじめて80万人を切ったことも話題になりましたが、子供の数は41年連続で減少し続け、昨年は過去最少の1465万人になりました。それは生産年齢人口(15歳~64歳)の人口減が続いていることを意味し、全人口に占める割合が現在の約60%が約50%になると推計されています。

毎年、「敬老の日」の前後に、厚生労働省は高齢者の“現状”を公表します。昨年9月18日の公表によれば、65歳以上の高齢者は3627万人、前年比で6万人の増加、総人口の29.1%を占めています。この比率は「過去最高」ですが、平均寿命が延びることに伴い、2040年頃まで高齢者は微増します。65歳以下の人口が減り、高齢者が微増するのですから、しばらくの間、「高齢者の割合は過去最高」がニュースになることでしょう。実際に、人口問題研究所は、2070年には38.7%になると推計しています。

高齢就業者は909万人、前年比で3万人の増加、全就業者の13.5%でこれも「過去最高」になっています。高齢者の就業率は25.1%、つまり4人に1人が働いていることになります。これを65~69歳までに限定すると、はじめて50%を超えたこと、つまり2人に1人は働いていることもニュースになりました。「働き方改革」の推進や「高年齢者雇用安定法」の改正により昨年4月より継続雇用年齢が70歳まで引き上げられた効果などによって、高齢者が働き続けていることは“光明”と言えるでしょう(とはいえ、65歳以上の4人のうちの3人は働いていません)。

世界の最先端を走る我が国の「少子高齢化」はすでにその“真っただ中”にあり、今後、ますます進展していく「現実」を強く認識する必要があるのです。

▼「社会保障費」の動向
 
問題は、「経済成長」が「少子高齢化」(あるいは「超高齢化社会」)の我が国の近未来にいかなる影響を及ぼすか、にあると考えます。

それらをチェックするために、「社会保障費」の「給付」と「負担」の両面から現状と将来の推計をみてみましょう。まず「給付」ですが、「令和2年度も過去最高を更新」と話題になったように、総額は132兆2211億年、前年比+8兆2967億円(6.7%)でした。一人当たりの給付費は104万8200円となり、その内訳は、年金が約5割、医療が約3割、福祉その他が約2割となっています。

当然ながら、平均寿命が延び、(働かない)高齢者が増えるに従い、年金受給対象者は増え、医療費も、そして前回取り上げました介護費も今後かなり増えることは明白です。

一方、「社会保障費」の「負担」の内訳は、保険料が約6割、国や地方自治体の税が約4割となっています。そのどちらも(減少しつつある)生産年齢層が主な負担者になっています。

2018年、政府(厚生労働省や財務省など関係省庁が作成)は「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」を発表しました。

それによると、「現在の給付水準を維持し、必要な分だけ国民の負担を引き上げる」(「負担調整型」)場合、65歳以上の高齢者人口の増加から全体の負担は低くても1.130倍になると推計される一方、生産年齢人口の減少から負担者数は0.795倍になると推計されることから、1人当たりの負担は1.130÷0.795=1.42、つまり現在の42%ほどの増加になります。

一方、政府の見積もりとは別に、「負担を現状程度にして給付を削減する」(「給付調整型」)を推計しますと、まず65歳以上の人口が2018年の3561万人から2040年に3921万人になることから1.101倍になります。よって、一人当たり受給額は、生産年齢人口の削減分0.795÷1.101=0.722になり、社会保障制度による給付やサービスが約4分の1カットされることになります。

この際の1人当たりの負担は、1.101÷0.795=1、38倍となります。この場合にあっても、現在の38%増の負担になります。つまり、いずれの場合においても、2040年頃には、現在の約4割程度の負担増は避けられないと考える必要があるのです。

この4割増の負担は、平均的なサラリーマン世帯の所得に占める社会保険料や公費負担が現在の約5分の1から3分の1近くに増加する額に相当し、かなり大きな負担増になることがわかります。

一方、「経済成長」は、必ず所得(賃金)に跳ね返ってきますので、経済成長率が0.5%程度なのか1%程度になるかによって、実質的な負担の面から、“数十年後の世界がまるで違ってくる”ことがわかります。少なくとも負担者数の減少分ぐらいは「1人当たりGDP」が成長することを祈るばかりです。

将来、国民の所得(賃金)が上がらない中で政府が社会保障費の負担率引き上げを言い出せば、“政権が吹っ飛ぶ”と言っても過言でなく、現時点で明らかにできないとの判断もあるのでしょうが、実際には、近い将来、所得(賃金)が上がらず負担が増える公算は大なので、国民の生活水準は低下する可能性もあるでしょう。

当然ながら、保険医療費の自己負担率の引き上げ、そして年金支給開始年齢の引き上げ及び給付額の減額なども必須でしょうし、そうなると、生活保護受給者が激増することも予想されます。このように考えると、野口氏が指摘する「『高成長』前提は、未来に対する責任放棄」はますます現実味を増してくるのです。
 
最後に、(少し気休めになるかも知れませんので)社会保障費の国際比較をみてみましょう。我が国の社会保障給付費の対GDP比は、2018年で21.5%、2040年頃には23.8%から24.0%になると増加すると推計されています。しかし、OECD34カ国内の比較では、現時点では我が国は20位前後にランクされます。フランスの対GNP比の約32%を筆頭に、デンマーク、フィンランド、イタリア、ベルギーと続き、いずれも30%前後を占めています。ちなみに、アメリカの対GHP比は約25%、イギリスは約22%で日本と同等の比率、韓国は約11%の33位にランクされています。

社会保障費の国民の負担率では、OECD内のランクはもっと低く、約42%の27位です。ここでいう負担率とは、所得に対する税負担と社会保障負担を合わせた公的負担の比率を指します。第1位はルクセンブルクで、負担率は約88%、以下、フランス、デンマーク、ベルギー、フィンランドなどはいずれも60%を超えた負担率となっています。

この国際比較だけを参照すれば、我が国は「低負担・中福祉国家」とも言えるでしょう。我が国の「社会保障」は戦後まもなくスタートして、社会保障給付費は50年余りの間に約100倍に成長しました。そして、高齢化が進んで対GDP比でみればようやくOECD各国と同レベルになったとの見方も出来ます。

総じて言えば、少子高齢化に伴い、我が国は「社会の支え合い構造」が大きく変化しつつあることは間違いなく、「経済成長」が現状程度に留まる場合、私たちの子孫の時代は、「年金」とか世界に誇る「国民皆保険制度」の存続さえ危ぶまれる時代が来ないとは限らないのです。

長くなりました。「少子高齢化問題」の補足はこのぐらいにして、次回以降、「農業・食料問題」に絡む我が国の“厳しい将来”について考えてみましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)