我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(57)「気候変動・エネルギー問題」(22) 我が国のエネルギー問題(その4)

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我が国の未来を見通す(57)「気候変動・エネルギー問題」(22) 我が国のエネルギー問題(その4)

□はじめに

 1個の偵察気球がトリガーになったとは考えられないですが、“絶好”のタイミングで米国土上空に飛来したこともあって、2月7日の一般教書演説の中で、バイデン大統領は「中国との競争に勝つ」と「新冷戦」のゴングを鳴らしました。

この気球については様々な憶測が流れていますが、米空軍が破壊して回収しましたので、その狙いや技術レベルについて近いうちに丸裸にされることでしょう。元外務官僚の宮家邦彦氏は、「中国外交部は気球の動きを知らなかった」可能性があるとして、中国共産党も対米協調派と非協調派に分かれ、一枚岩ではないと指摘しています。確かに常識で考えれば、強行路線をひた走る習近平政権であっても、国防長官の訪中に合わせたように気球を米国本土上空に飛行させることは考えられないからです。

いずれにしても、ほかの手段による「米中戦争」はすでに始まっていることは明白ですが、このたびの気球は、バイデン大統領がさながら真珠湾攻撃のように、「我が国の主権を脅かせば、米国を守るために行動する」とのボルテージを上げる材料になったことは間違いないでしょう。

この気球は、2020年6月には仙台上空、21年9月には八戸上空でも目撃されました。当然、我が国の領空内でしたが、破壊することはおろかほとんど話題にもなりませんでした。この日米の差異こそが自国の国防に対する認識の差異そのものでしょう。「我が国の主権が脅かされれば、断固として主権を守るために行動する」と首相や防衛大臣が迫力のある発言でもすれば、抑止力にもつながったのでしょうが、それもなかったので、さぞかし“侮(あなど)られた”ことでしょう。

そのような姿勢が尖閣諸島近海の対応にも表れています。「寸土を失うものは全土を失う」の言葉のように、中国が着々と既成事実を拡大していることに対して、そろそろ毅然とした対抗策を講じる時期に来ていると考えます。このままの“なめられ、侮られっぱなし”を継続すると、ますますエスカレートする可能性大でしょう。そのうち、ドローンが大挙して飛来しても、我が国は“なすすべ”がないでしょうし、予想される中国側の「偶発的だった」などの主張に対して、「遺憾である」と発言する程度の応酬しかできないでしょう。

国防は、いくら立派な戦略3文書を策定しても、実行動を伴わなければ“絵に描いた餅”になることを改めて認識してほしいものです。「新冷戦」の中で、我が国の立つ位置や役割などは明白です。「国家の生存をかけて断固として“振る舞う”時来たり」と考えます。果せるかな。

▼GX実行計画の概要

 

さて前回、GX(グリーントランスフォーメーション)実行計画(昨年12月22日)の基本的な考え方のみを紹介しましたが、その項目を追ってみると面白いことに気がつきます。

「1.はじめに」に続く大項目は、「2.エネルギー安定供給の確保を大前提とした脱炭素の取組」となっています。この項目名から、「エネルギーの安定確保が脱炭素より優先順位が高くなっている」ことがわかります。ウクライナ戦争によるエネルギー確保がクローズアップされていることもあって、脱炭素一辺倒だった「クリーンエネルギー戦略」から優先順位を“差し替えた”ようです。

本メルマガでもすでにとりあげましたように、ロシアが武器とて資源を利用し、欧州列国がそれまでの脱炭素最優先を“背に腹はけられない”とドイツなどは石炭よりもCO2を排出する褐炭火力発電まで活用することを決めたのでした。

一方、電気料金の値上げ以外などには直接の痛みがない我が国は、当然ながら「脱炭素」の追及を決して諦めたわけではありません。エネルギー確保を「大前提」にしながらも「脱炭素」にしっかり取り組むと宣言しています。そのための今後の対応は、次のような内容になっています。

まずは、「徹底した省エネルギーの推進。製造業の構造転換」です。つまり、我が国の得意な省エネと非化石エネルギーへの転換を目指して国を挙げて推進しようとしています。

2番目には「再生可能エネルギーの主力電力化」を掲げ、その目標として「2030年度に36~38%の確実な達成を目指す」としています。2021年現在の比率は約22.1%(水力7.8%、太陽光9.3%、バイオ4.1%、風力0.9%など)ですから、再エネの大幅アップを目指そうとしています。その内容は、太陽光発電、洋上風力発電、揚水発電所、蓄電池などについて詳細にとりあげ、地熱、水力、バイオマスはそれらの言葉が出てくるだけですので、太陽光発電、洋上風力発電などがメインとなって、再エネのシェアを伸ばそうとしているように読み取れます。

3番目には、「原子力の活用」です。その目指す比率は、20~22%(現在は5.9%)です。安全最優先で再稼働をすすめることと次世代革新炉への建て替え、再処理工場の竣工、運転期間の延長、廃炉などについて記載されています。

エネルギー資源の約7割以上を火力発電に依存し、その結果、自給率が12%と先進国で最低の我が国ですが、その火力発電所も「脱炭素」の要求もあって廃止が相次ぎ、令和3年度まで714万キロワット(原発7基分に相当)の供給力が失われました。詳細は後述しますが、これらから、CO2を出さない原発政策の見直しは、エネルギー安定確保上も脱炭素を追求する上でも必須の政策であることがわかります。

そして4番目に「水素・アンモニアの導入」を掲げ、「自給率の向上や再生可能エネルギーの出力変動対応にも貢献することから安定供給にも資する、カーボンニュートラルに向けた突破口となるエネルギーの一つである」としています。しかも、水素・アンモニアの導入拡大が産業振興や雇用創出などにつながるとして、政府主導でかなり力が入った表現となってします。これについても後述しましょう。

こののち本項は、「カーボンニュートラル実現に向けた電力・ガス市場の整備」、「資源確保に向けた資源外交など国の関与の強化」、「蓄電池産業」、「資源循環」、「運輸部門のGX」(「次世代航空機」「ゼロミッション船舶」「鉄道」「物流・人流」)、「脱炭素目的のデジタル投資」、「インフラ」、「カーボンリサイクル/CCS」(「カーボンリサイクル燃料」「バイオものづくり」「CO2 削減コンクリート」「CCS」)、「食料・農林水産業」と続きます。

続いて、GX実行計画の大項目は、「3.『成長志向型カーボンプライシング構想』の実現・実行」と続き、今後10年間で150兆円を 超える巨額のGX投資を官民協調でいかに実現していくかに焦点が移ります。

そして、「4.国際展開戦略」、「5.社会全体の GX の推進」が取り上げられ、最後に「6.GX を実現する新たな政策イニシアティブの実行状況の進捗評価と見直し」で結ばれています。

▼GX実行計画に関する「気づき」(全般)

本メルマガの当初に触れましたが、CO2の排出の割合を復習しておきましょう。ビル・ゲイツ氏が指摘していたように、年間510億トン排出されるCO2の割合は、(1)「ものをつくる」が最も多く31%、②「電気を使う」が29%、③「ものを育てる」が19%、④「移動する」が16%、⑤「冷やしたり暖めたりする」が7%と「人間の活動」のほぼすべてがCO2排出につながります。

つまり、「脱炭素」に本気になって取り組むのであれば、これらのCO2排出源のすべてを断ち切る必要があります。本実行計画を読むと、(1)に関しては、「カーボンリサイクル」の内訳の中に「CO2 削減コンクリート」の導入支援、③に関しては、「バイオものづくり」の普及拡大、④に関しては、「運輸部門のGX」なども確かに謳われてはいますが、明らかに、②の「電気を使う」に重視(偏重というべきか)していると読み取れます。⑤の冷暖房など快適な生活の追求に至っては、②に含まれると考えているのか、冒頭の「省エネルギーの推進」以外に読み取れるところがありません。

本メルマガは、「本当に地球は温暖化に向かっているのか」にはじまり、「CO2など地球温暖化ガスの存在と気候変動には決定的な相関関係はない」「CO2は地球のために必要」「人間が日常の営みを行なう限り『脱炭素』は不可能」、「全体の約3%しか排出しない日本が仮に『脱炭素』を実現しても地球温暖化回避にさほど影響はない」という立場を貫いていますので、逆に、全体としては、GX実行計画の“ほどよさ”を容認できます。

それよりも、もし本実行会議が、「『脱炭素』という大方の人たちが表立っては反対できない大義名分を活用して、未来永劫にエネルギーを安定確保するための政策を推進する」という“したたかさ”が背景にあるとすれば、賞賛に値すると考えています。端的なイメージは、「脱炭素」>「脱原発」、つまり、「脱原発」のアレルギーを「脱炭素」を活用して緩和するために、「脱炭素」、なかでも(これまた大方が反対しない)再生可能エネルギーを全面に出すような“したたかさ”です。

それが事実なら、我が国の歴史の中で、その時代時代の国家戦略(各種政策)は“したたかさ”ということに関しては微塵にも感じられませんでしたので、GXはそのような歴史を大きく塗り替える可能性がありますし、優秀な官僚や実行会議のメンバ―が、ドイツなどの例をみるまでもなく、再生可能エネルギーなどに絡む様々な問題点を理解していないわけがないと思っていましたので、余計に大きな期待を持ってしまいました。

しかし残念ながら、個々の取り組みを子細に見る限り、どうも実行計画に書かれていること“以上でも以下でもない”と解釈するのが妥当のようです。次回以降、それら個々の取り組みに内在する課題などを取り上げて一緒に考えてみましょう。最近、多様な業務に忙殺されております。区切りが良いので今回はここまでにします。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)