我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(60)「気候変動・エネルギー問題」(25) 原子力発電の長所・課題と展望

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我が国の未来を見通す(60)「気候変動・エネルギー問題」(25) 原子力発電の長所・課題と展望

□はじめに

 2月24日、ロシアによるウクライナ侵略が1年を迎えたことから、その前後にマスコミはこぞって「侵略1周年」を記念した特集を組み、大々的に報道していましたので、読者の皆様もこのニュースに関して少々うんざりというところではないでしょうか。確かに「ほぼ出尽くした」感はありますが、前回約束をしましたので、本メルマガ冒頭で「ウクライナ戦争1周年から何を学ぶか」に絞って感じたことを取り上げてみたいと思います。

 この1年を振り返りますと、様々なことが判明したと思っていますが、思いつくままに主要なものを挙げてみましょう。

1)これまでの人類の歴史がそうであったように、時代がどんなに進んでも、人類が価値観を完全に共有することは不可能で、領土や利権の拡大のような古典的な主張を含め、国家は自国の利益を最優先し、そのための「戦争」のような行動までその正当性を主張することから、将来も様々なことが要因となって国家間や民族間の様々な形の「争い」は続くことを覚悟する必要がある。

2)第1次世界大戦後の「国際連盟」や第2次世界大戦後の「国際連合」やNATOなどの集団安全保障体制など、悲惨な経験に基づく「安全装置」も決して盤石ではなく、時代とともに抑止力としての機能にほころびが生じること。また、侵略国に対する制裁措置のようなものの効果も限定され、侵略国の行動を止めるには至らないこと。

3)人類の最大の恐怖である「核兵器」の存在が戦争を複雑にしている。特に、核兵器によって威嚇はできても、実際に使用まで踏み切るには簡単ではないことから、仮に核兵器保有国と非保有国の戦争であっても、様々な自制心が働き、一旦戦争が起きると長引く可能性がある。

4)いかなる状態で戦争に巻き込まれたとしても、国民が多大な犠牲を被っても自国を守る意思さえ失わなければ必ず味方が現れる。そのためにも、平時から価値観を共有する国々と友好(同盟)関係を保有しておくことが大事である。

5)本戦争は、実際に戦っているのはロシアとウクライナ2か国だけだが、当初から米国はじめNATO諸国やベラルーシなどが関与している地域戦争の様相を呈していたこと。今後もこのような様相の戦争形態が起きる可能性があること。そして戦争による被害や影響は当事国や関係国の軍事面に留まらず、国際社会全体に対してエネルギーや食料など広範囲な問題に多大な影響を及ぼす可能性があること

などでしょうか。これらからしても、本戦争の停戦あるいは終結に至る道筋はいまだ判明しないと考える必要があるでしょう。

では、これまでの戦いにおいては、どちらが有利に戦っているのかについて考えますと、テレビの映像から流れるウクライナの各都市やインフラの破壊は目を覆うものがありますが、数字でみると、両国の戦死者などの数に大きな隔たりがあることがわかります。

ウクライナの主張によれば、ロシアの戦死者は14万人超としているのに対して、ロシア側は5937人と発表しています。一方、ウクライナの戦死者についてはウクライナが1万~1万3000人と発表しているのに対してロシアは6万1207人と発表しているようです。このような事柄についても「情報戦」が盛んに行なわれているのは明白ですが、俗にいう「戦場の霧」はこのような情報収集手段が発達した現在においても“いまだ晴れない”ことも事実なのでしょう。

冷戦が終わった直後、かつての「ノモンハン事件」が日本の犠牲者よりもソ連の犠牲者の方が多かったことが判明しましたが、何年か先に、ロシア側からウクライナ戦争の実態がさらされる日が来る可能性があるのかも知れません。それがいつになるか予測すらできません。

アメリカの戦略家エドワード・ルトワックは、“資源や資産が消耗すると平和が訪れる”として「戦争は平和につながる」との明言を残していますが、オランダの軍事情報サイト「Oryx」は、ロシアは保有していた戦車約3000両の6割に相当する約1780両を失ったこと、あるいは英国国防省の分析ではロシアの犠牲者はウクライナの見立てよりもっと多い17万5千人~20万人としていること、あるいは西側の制裁によって兵器の製造能力が低下していることなども指摘されています。

つまり、ロシアの資源や資産が“底をつき始めている”との見方もできるのですが、無傷の核兵器が残っています。西側の支援のもとにウクライナの反転攻勢がある境界を越えた時と合わせ、依然、核兵器の使用も辞さない事態になる可能性が残っていることは間違いないでしょう。

今頃になって、したたかな戦略が見え見えの中国が停戦の仲介をとるようなそぶりを見せていますが、合意に至る条件に大きな隔たりがある現状では、両国はおろか、国際社会がそう簡単に乗るとは考えられません。停戦が実現するかどうか現時点は不明ですが、「ロシア国内の厭戦気分の盛り上がりにプーチン大統領が妥協するか否か」がカギを握っているような気がします。

いずれにしても、本戦争から台湾有事を含めて我が国の防衛のために学ぶことは山ほどありますが、続きは後日にしましょう。

▼太陽光発電以外の再エネのメリット・デメリット(総括)

再エネについては、2月10日に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」のトップに「再生可能エネルギーの主力電源化」として事細かに記載されていますので、興味のある方はご覧ください。

それによると、太陽光発電以外に政府が重視しているのは風力発電、なかでも洋上風力のようです。一般に風力発電のメリットは、枯渇する心配がないことや発電時にCO2を出さないことですが、デメリットもかなりあることがわかっています。

まず、①エネルギー密度が低く、広大な面積を必要とします。前回紹介しましたように、100万kwの原子力発電1基分の電力を得るために、太陽光発電の場合は山手線の内側とほぼ同等の面積が必要なのですが、風力発電の場合は山手線の3.4倍ほどの面積が必要といわれます。かつ、②風力発電の適地、つまり風況の良い地点は偏在していることも挙げられます。

さらに、③風向き、風速などの風況による発電は不安定になり、④風車の回転時に騒音が発生するばかりか、同時に発生する超低周波音が心血管系の変化、めまい、倦怠感、睡眠障害など人体へ影響を及ぼすことも指摘されています。

そして、最大の問題として⑤設備にかかるコストが高いことも挙げられています。特に、洋上風力の場合は、④のような問題の解決策になるとはいえ、建設にかかるコストが高いことが明白でしょう。資源エネルギー庁は、政府や政府に準ずる組織が主導する「日本版セントラル方式」を導入して、コスト削減などを図ろうとしていますが、その効果と可能性は不明です。当然、これらの設備コストは、私たちの電気料金にそのまま反映されることは間違いありません。

最近はまた、多発する鳥への被害、つまり「バードストライク」のような問題も指摘されはじめています。現に、アメリカ全体では年間最大40万羽の鳥が死亡している推定されています。

次に、バイオマス発電についても、発電に伴う追加的なCO2の発生がないことや連続的に電源が得られるなどのメリットに対して、発電効率が悪いことやダイオキシンの排出抑制対策や焼却灰の減量化など、さらなる環境負荷軽減が必要なことなどのデメリットが指摘されています。

これらを総括すると、再エネを「クリーンなエネルギー」として手放しで拡大することを容認するわけにはいかないでしょうし、最近は、「再エネは社会に役立つ」との考えそのものに虚構があるとの指摘もあります。私たちは、「脱炭素」の政策をはじめ、エネルギー政策については根本から大きな過ちを犯しているのかも知れません。そのあたりについては最後にまとめることにしましょう。

▼原子力発電の長所

さて原子力発電です。我が国の原子力発電は、1966年7月に、東海発電所が初めて商業用原子力発電所として営業運転を開始して以来、新しい発電源として発展し続けてきましたが、2011年年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故以来、稼働を停止しました。

その後、原子力規制委員会が設置され、福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、同委員会により新規制基準が制定されました。この10年あまりで福島事故炉を含む21基が閉鎖されましたが、閉鎖されていない33基について、地元の同意を得て実際に再稼働したのはそのうち6発電所10基にとどまっており、西日本エリアに集中しています。

一方、GX基本方針では、原子力発電について「CO2 を排出せず、出力が安定的であり自律性が高いという特徴を有する原子力は、安定供給とカーボンニュートラルの実現の両立に向け、エネルギー基本計 画に定められている 2030 年度電源構成に占める原子力比率 20~22%の確実な達成に向けて、いかなる事情より安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査に合格し、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める」との方針の下、「運転期間は40年、延長を認める期間は20 年」と運転期間の延長も明記されました。

改めて、原子力発電のメリットを整理しますと、まずはCO2排出を極端に抑制できることです。日本原子力発電株式会社(げんでん)の資料によると、1kwhあたりのライフサイクルCO2排出量は、石炭火力が943、石油火力が739、LNG火力が599、太陽光が38、風力が26、原子力が19、地熱が13(単位は、それぞれg-CO2/kWh)となっていることから、施設建設時のCO2排出まで含めたライフサイクルにおいても原子力発電がいかに「地球にやさしい」かがわかります。

それに加え、あまり注目されていないですが、必要な電力を継続的に獲得するための燃料の少なさです。資源エネルギー庁の資料によると、100万kwの発電設備を1年間運転するための必要な燃料は、石炭火力発電が235万トン(大型石炭運搬船11.75隻に相当)、石油発電が155万トン(大型タンカー7.75隻に相当)、天然ガス発電が95万トン(LNG専用船4.75隻に相当)なのに対して、原子力発電に使用する濃縮ウランはたった21トン(10トントラック2.1台に相当)しか消費しません。この事実は、燃料自体のコストとそれらの運搬費を考えると、途方もないメリットになります。

その上、GX基本計画においても「六ヶ所再処理工場の竣工目標実現などの核燃料サイクル推進」と明記されているように、核燃料サイクルによってさらに燃料を削減できます。これは、原子力発電所においては使い終えた燃料(使用済燃料)の中には、まだ燃料として再利用できるウランとプルトニウムが残っており、これを化学的に処理して(再処理)、混ぜ合わせてMOX燃料を製造し、これを燃料として使おうとするものです。

現在稼働中の10基の原子力発電所のうち、リサイクルされたMOX燃料を使うことのできる「プルサーマル炉」が4基あります。現在はすべてフランスで加工されたMOX燃料を使用していますが、2024年を目途に再処理工場の竣工をめざし、その後は、国産のMOX燃料に置き換えようとしています。

MOX燃料を燃焼させた後のさらなる再利用については、現在、実用化されておらず、今後実用化に向けた研究が必要ですが、実用化されれば、本メルマガでもすでに紹介しましたように、新たなウラン燃料を獲得する必要性が極端に減り、資源小国の我が国にとっての「夢」が現実のものになるでしょう。

▼原子力発電所の課題と展望

GX基本計画にも明記されていますように、原子力発電の最大の課題は、福島第1原子力発電所の例を引くまでもなく、自然災害やテロやミサイル攻撃のような人災によって事故が発生した際には炉心溶融など人体に重大な影響を及ぼす放射性希ガスが大量広域に放出される可能性があることでしょう。

福島原発においては、予備電源が津波によって破壊され、冷却できなかったことが致命的な事態になりましたが、それらの解決をはじめ、将来は、より安全性の高い「次世代原子炉」の開発が加速されています。また、原子炉建屋そのものを岩盤に埋め込むなどの耐震化の強化処置も研究されています。

なお、列国の原子力発電の稼働状況は、第1位がアメリカで94基、第2位がフランスの56基、第3位は中国が48基と続きます。我が国の現時点の運転中の33基は第4に位置されますが、稼働している10基となると、第10位前後にランクされます。また、また発電量で日本は第18位に留まっています(15,939百万kWh)。

注目すべきは、この分野も中国です。中国は現在、16基建設中で、計画中の29基を含めると、近い将来、フランスを抜いてアメリカに迫る原子力発電大国に成長すると見積もられています。中国は、地球温暖化などどこ吹く風、依然として化石燃料発電を堂々と活用しながらダントツのCO2排出を維持する裏で、太陽光発電や原子力発電の分野でも世界のトップランナーになることを目指しています。この戦略は決して国内に留まるものではなく、前回も触れたように、エネルギーを通じた「一帯一路」を目指しています。引き続き注視すべきでしょう。

一方、我が国においては、原子力発電に対しては元総理クラスまで反対の声を上げていますが、これまで述べたような、エネルギーに関する諸事情を理解した上での発言なのか疑いたくなります。ろくに勉強もせず感情的な信念だけでもって、かつての名声を活用して世論を誘導するような行為は即刻止めるべきと考えます。東日本大震災時の事故でさえ、当時の総理の誤った判断や行動が主要因ではなったのかとの疑いが依然残っています。

マスコミにおいても、ロシアによるウクライナの原子力発電所攻撃の例を挙げて、「脱原発」を誘導するような報道がしばしば目にしますが、私などは、映像で観るような状況の中でも稼働を止めず、しかも福島原発のような大きな事故に至っていない事実には目を見張るものがあると思っています。

「脱原発」「脱炭素」「再エネ導入」など何を主張しても個人の自由であり、かつ身の安全が確保されている我が国ではありますが、大多数の国民が“我が国の未来のために何をすればよいか”を至当に判断して世論を形成することを祈るばかりです。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)