我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(10) 少子高齢化問題(10)「少子化」対策の現状と課題

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我が国の未来を見通す(10) 少子高齢化問題(10)「少子化」対策の現状と課題

□はじめに

 長い間、なぜマスコミや有識者は「我が国の『少子化』あるいは『人口減少』対策を強化すべき」ことを訴えないのか、と疑問を持ち続けてきましたが、ようやく1月11日の産経新聞主張で「政治の責任で対策進めよ 産み育ての環境作りが大切だ」とする論説を見つけました。

主張は、冒頭から「誰も口にしなくなった『国難』は去ったのか」として「政府与党は、突破すべき国難に日本の少子化を掲げたことを今一度思い出してもらいたい」と、安倍内閣時に少子高齢化を「国難」と位置付けたことを「忘れるな」と警鐘をならすところからスタートします。

そして、「危機感持って取り組め」として、「令和2年の出生率が1.34まで低下したことに対する政治の動きが鈍く、与野党とも危機感が欠如している」と、政治の「現状」を厳しく批判します。また、現政府の取り組みが、「こども家庭庁」を発足させ、主に子育て支援の促進を行なうとしていることに対して、「それだけでは生まれてくる子供の数を増やせるわけではない」とも指摘します。

さらに、「官民で将来不安解消を」として、雇用の安定や所得向上、働きかた改革の推進、社会保障制度の信頼性向上まで指摘し、「多くの政策分野が少子化問題とリンクしていることを忘れてはならない」と続きます。

 まさに、「我が意を得たり」という感想を持ちましたが、大新聞の主張欄なのでスペースに限りがあるためか、具体的な提言には少しもの足りなさを感じました。

私は、マスコミや有識者からこのような危機意識や政府のさらなる「少子化」対策の強化を促すような記事がもっと溢れていいのではないかと思っています。

今は、コロナ禍の影響が大きいとはいえ、このまま「だれも口にしない」状態が続き、我が国の「少子化」への危機意識と対策が不十分なまま推移し、その結果が、国家の存亡を左右するような状態になりはしないかと、どうしても気になるのです。

すでに取り上げましたが、ルトワックやトッドのように、我が国の「少子化」に強く問題意識を持っているのは日本の政治家やマスコミや有識者ではなく、外国人ばかりというのも困ったものです。ようやく目についたのが、この産経新聞の主張だったというわけです。ご興味のある方は本主張をぜひご一読ください。

本メルマガでは、「少子化」のより具体的な対策について取り上げてみようと考えています。

▼現物給付の政策では「少子化」は止められない

 さて前回までの続きですが、「少子化」対策を取り上げる前に最近の出生数の減少を示すデータに触れておきましょう。

2016年以降、わが国出生数の減少ペースが加速しているのが懸念されます。つまり、2015年までの15年間は、おおむね年率▲1%の減少ペースだったものが、2016〜2018年はおよそ▲3%に加速し、2019年に▲5.8%の大幅減少を記録しました。2020年には▲2.8%にとどまりましたが、2021年にはコロナ禍の影響もあって▲6%減少の大台に乗る可能性があると見積もられています。

 その結果、2016年に出生数が初めて100万人を切ってからわずか5年で80万人を割り込む可能性が見えてきました。長い間、「少子化」といわれながら、1997年に初めて120万人を切ってから100万人に減るまでに19年かかったことを考えますと、ここ数年の急減ぶりは極めて重大です。これを安易に見過ごすべきではなく、その原因を究明して、早急に対策を講じる必要があると考えるのは当然ではないでしょうか。

ところで、政府がこれまで無策だったわけではありません。現在までの「少子化」対策をさっと振り返ってみましょう。

2009年に政権与党となった民主党は「控除から手当へ」を合言葉に、子育て世代に従前よりも手厚い現金給付制度である「子ども手当」を創設して話題になりましたが、当初の予定額まで予算を確保することができませんでした。

その後、政権の座に返り咲いた自民党は、「待機児童対策」(現物給付)に力を入れたものの、保育所の受け入れ枠を拡大した2015年以降、皮肉にも「少子化」が一段と加速する結果となりました。

このことは、子育て環境に優れているとみられるフィンランドでも、2010年以降出生率が急落しているように、我が国にあっても、保育所の受け入れ枠拡大に力点を置いた現物給付重視の政策だけでは、「少子化」を食い止めるのは難しいということを実証してしまいました。

これもすでに取り上げましたが、政府は、2019年以降、「働き方改革」を掲げ、直面している「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」などの課題に対応するために、「働く人々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働きかたを選択できるようにする」改革を推進してきました。しかし、この改革の推進も「少子化」に対する抜本的な対策として十分ではなかったことを出生数のデータが示しています。

▼コロナ禍に埋没した「少子化社会対策大綱」

冒頭に取り上げましたように、政府は、2020年5月29日に「少子化社会対策大綱」を閣議決定しました。本大綱は、「総合的かつ長期的な少子化に対処するための指針」として策定されたもので、「希望出生率1.8」の実現を目標として掲げ、結婚支援、妊娠・出産への支援、仕事子育ての両立、地域・社会による子育て支援、経済的支援などかなり具体的な政策をまとめています。全文を読むと各方面にわたり本当によく検討された“力作”であることがわかります。

大綱は、サブタイトルで「~新しい令和の時代にふさわしい少子化対策へ~」と掲げしていますが、確かに2020年はこの大綱のせいもあってか出生者数は少し回復したかに見えましたが、コロナ禍の影響を克服するほどのパワーはなかったらしく、2021年以降の出生者数のデータがその事実を示すことになるでしょう。

私は、この大綱はもっと重大な問題を含んでいると考えます。このような大綱が閣議決定されたことを国民の間にどれほど普及していたかということです。本メルマガの読者でこの大綱を知っている方はかなりの“政策通”といえるでしょう。残念ながら、私もつい最近まで完全に忘れていました。

閣議決定した後はマスコミも取り上げられたようですが、溢れるコロナ禍のニュースの中に埋没してしまったのかも知れません。しかし、本大綱に関する政府の継続的な情報発信が不十分だったことは否めないと考えます。

実際に、閣議決定半年後の9月16日、安倍内閣が菅内閣に交代、そして2021年11月10日には岸田内閣に交代しました。それぞれの内閣においても本大綱に基づく各政策実現のために予算は継続的に確保されていると推測しますが、知る限りにおいて、コロナ禍対策に追われた菅前首相から「少子化問題」に果敢に取り組むとの発言はなかったと思います。

岸田首相も前回の所信表明を含め、これまでは「少子化」に対する問題認識についてほとんど発言がないと私は記憶しております。今国会冒頭の所信表明では、ようやく大項目の5番目に「全ての人が生きがいを感じられる社会へ」を掲げ、その小項目に「少子化社会・こども政策」が小さく掲げられています。しかしその内容は「不妊治療の範囲の拡大」や「子ども家庭庁」の創設に関連する政策に終始しています。

所信表明は、大項目が10個あり、小項目に至っては、23個もあります。よって、重視政策として「少子化」対策に取り組むとの意図はみじんにも伝わってきません。

内閣が代わっても与党から野党に政権が移ったわけではありません。「少子化」対策は、継続的な国策として「他の政策よりも断固として優先する」との為政者の決断と実行が必要と考えます。

しかし、民主主義国家の我が国は、いくら効果的な政策であっても「個人に強要」することができないことは明白です。大事なことは、政府が高らかに宣言し、政策を掲げ、実行し、積極的に後押しすることによって、「社会全体の雰囲気造り」を醸成することにあると考えます。当然ながら、その前提として「少子化」に対する危機意識を大多数の国民が共有することが必要不可欠でしょう。

「少子化社会対策大綱」は、施策の進捗状況とその効果、社会情勢の変化等を踏まえておおむね5年ごとに見直すとされていますので、次の見直しは2025年です。現状の取り組みのままでは、本大綱の効果が出て、「希望出生率1.8」に近づくとはとても想像できません。コロナ禍の影響も踏まえ、大綱で示した各政策の効果について、もっと前倒しで真剣に議論し、要すれば各政策の大幅な変更についても勇気を持って実行してほしいと願うばかりです。

 区切りがいいので今回はこのぐらいにしておきます。次回以降、具体的な「少子化」対策を分析し、提案したいと思います。

(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)