我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(69)『強靭な国家』を造る(6)歴史から学ぶ「知恵」の適用(その1)

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我が国の未来を見通す(69)『強靭な国家』を造る(6)歴史から学ぶ「知恵」の適用(その1)

□はじめに

 私的なことですみませんが、仕事やら講話などで、ここ1カ月、淡路島をはじめ、帯広、札幌、青森、仙台など全国各地を駆け回っていました。特に5月30日には、退職前の自衛官たちに講話するために、朝一番に新幹線で仙台に向かい午前中は仙台で講話、すぐに折り返して午後の後半は小平市で講話という“離れ業”を敢行しました。

さすがに疲れました。最近は、どこに行くにもパソコン持参で、新幹線内でも航空機内でもキーボードをたたくのが常態になっており、「72歳のやることではない」と家族から強く批判されています。

 

さて、最近ようやく、少子化対策の素案が提示され、「3兆円半ばの予算」が独り歩きしてマスコミで取り上げられています。政府の少子化対策の必要性についての説明が不十分なことにその根本はあるのでしょうが、国そして国民全体の「人口が減っていくことへの危機意識」があまりに欠如していることに唖然とします。

同様に、5月31日、「GX脱炭素電源法」が参議院で可決成立し、「原発60年超運転成立」だけが見出しとなってマスコミを賑わしました。そして、再生エネルギーの様々な問題点などまさに“どこ吹く風”に、原発の運転延長にのみ反対する“いつものグループ”の声明なども流れています。

電気代も6月は大幅に値上がりしそうですが、液化天然ガスの値下がりを受けて7月からは少し値下げするのだそうです。その中で、中部電力と関西電力だけは値上げを据え置くようです。その訳は、原発の再稼働が進むからです。

「主権者」とはいっても、「国のあり様」などを深刻に考えている国民はごく少数なのでしょう。学校で教わることも、個人の主張や国民の権利は教えても、国民の義務についてはほとんど話題にせず、時に国家の存在そのものを敵視することをためらわないような“教え”がはびこっているのでしょう。

戦後長い間、まともな子供の教育を怠ってきたツケが、日本人としての誇りも愛国心もなく、まともな判断もできない“まともでない大人たち”の集まりと化している我が国の“現実”は、上記の2例だけではなさそうです。

旅先で偶然にも某政治家に会う機会があり、「『国費解剖』を読みました。国の“無駄使い”をもっと減らす努力をすべきでしょう」と名刺交換についでに立ち話したところ、「それは言わないでほしい」と、暗に“無駄使いは分かっていても政治家としてなかなか立ち入ることができない”とのニュアンスで即答されました。

主権者の代表として、政治家(たち)が総合的に政策を判断し、官僚(たち)をコントロールすれば、防衛費も少子化対策費も捻出できるし、電気代の値上げも阻止できると私は思っていますが、それを期待するのはどうも無理なようです。では、どうすればよいのでしょうか? そのような問題意識を持ちながら、改めて“「強靭な国家」をいかに造るか”という命題に取り組んでいきたいと考えています。

▼歴史から学んだ「知恵」を未来に活用する

 

さて、気合いを入れて取り組みましょう。これまで紹介してきましたように、我が国の未来に立ちはだかるであろう様々な「暗雲」に対して、現在に至るまでそれぞれの案件ごとに採用してきた政策やその結果としての現状を子細に“見える化”すると、様々な課題や問題点が数多く見つかり、このままでは遅かれ早かれ、我が国は“行き詰まる”との懸念を消し去ることができません。そして、そう考えるのは私だけではないと考えます。

つまり、少子高齢化問題、農業・食料問題、気候変動・エネルギー問題に加えて、今回のメルマガでは触れませんでしたが、経済安全保障、それに国防や防災に至るまで、個々の問題に対して、これまでのように個別・独立に対応する手法を継続すると、例えば、輸出促進をあまりに重視した結果が農業の崩壊を招いたように、また最近では、太陽光発電の普及が国防上の懸念を増大させているように、今後もとんでもない危機に陥る可能性を否定することができないのです。

前回も取り上げましたが、国家の運営の基本は、明治維新の「富国強兵」や「殖産興業」のような国家目標、あるいはそれに代わる中長期的な国家戦略、つまり、大方の国民のコンセンサスに基づいた「大方針」のようなものを掲げ、たとえ内閣や政権が代わろうとも、その「大方針」だけは守り抜くことが必要不可欠なのだと考えます。

しかし、戦後の我が国には、一貫した国家戦略ともいうべき「大方針」は見当たらず、各内閣の努力目標のようなものは掲げられていても国民の間に広く行き渡らず、その時々の国会対策を最優先しつつ、“その場しのぎ”のような政策を繰り返してきたばかりか、政権が変れば、“ちゃぶ台返し”のようなことも行なわれてきました。

「それが民主主義だ」と言えば、それはそうなのでしょうが、戦前も戦後も平均1.3年ほどの短命内閣だったため、一貫した「大方針」を議論するような暇もなかったのでしょうが、選挙公約のような、そのつど変わる各政党の政策などもその実現については議論にもならず、評価されることもないまま、“いかにも日本人らしい「禊(みそぎ)」のつけ方”で時間のみが過ぎ去って今日に至っているような気がします。

振り返れば、それらしい「大方針」を掲げ、その実現に向かって努力したのは、長期政権だった安倍内閣のみだったような気がします。このような現実をみると、我が国の戦後の「議員内閣制」には何か大きな欠陥があるような気がしてなりません。

一方、そのような「大方針」を決めること自体が至難の業なのは言うまでもありません。私自身は、昨年来、つまり『我が国の未来を見通す』というメルマガを発信開始以来、メルマガの最終目標を書き記すために、そのヒントになりそうな様々なジャンルの書籍、特に私の考えと波長の合いそうな有識者などの書籍を中心に読み漁ってきましたが、それぞれが“部品”としては大いに参考になっても、国家戦略というか、「大方針」をいかに決めるか、という観点に立つと“帯に短い”というか、隔靴掻痒の印象を持たざるを得ませんでした。

その結果、到達目標の“姿”とその必要性についてははっきりとイメージできても、そこにどうやって“たどりつく”かについては、大上段に構えた私自身も今なお暗中模索の状態に留まっています。

よって、今回以降のメルマガについては、少々まとまらないまま、“行きつ戻りつ”しながら発信し始めることをお許しいただきたいと思います。そして、今回以降は、「なぜこうなってしまったか」から「今後どうすべきか」に焦点を移し、「『強靭な国家』を造る」との壮大なテーマの頂点に向かって登り始めようと思います。

ビスマルクの言葉といわれる「賢者は歴史に学ぶ」を引用しますと、我が国は、長い歴史の中で成功もすれば失敗もしてきました。そこに我が国の将来のための“ヒント”が満載されていると考えます。特に、失敗の原因を究明して導き出された「知恵」は、逆に“将来、我が国が再び失敗しないため”の「道しるべ」になると思うのです。

私は、本メルマガ『我が国の未来を見通す』を発刊する前に110回にわたって『我が国の歴史を振り返る』を発刊してきました。そしてそれを要約するような形で『日本国防史』も上梓させて頂きました。

「『強靭な国家』いかに造るか」という命題に立ち向かい、まさに“五里霧中”の中で試行錯誤していた時に、「歴史から学んだ『知恵』を適用してみたどうだ」「原点に戻れ!」との“神の声”ともいうべき声が突然、聞こえてきたような気がしたのです。

確かに、本メルマガ『我が国の未来を見通す』は、『我が国の歴史を振り返る』の続編であり、これまでも歴史の空間軸・時間軸のつながりを重視してきました。その原点に戻って、歴史から学ぶ「知恵」を“いかに未来へ適用するか”を考えることから“登山口”を見つけ、それらの「知恵」自体も可能な限り“見える化”しつつ、駆け登ってみようと決心するに至りました。

▼「孤立しないこと」

私は、『我が国の歴史を振り返る』の中で、我が国の歴史から学ぶ「知恵」はたくさんあるものの、あえて軍事などの専門事項には深入りせず、読者にわかりやすい「知恵」を次の4つに絞り紹介しました。つまり「孤立しないこと」「相応の力を持つこと」「時代の変化に応じて国の諸制度を変えること」「健全な国民精神を涵養すること」です。それらの細部についてはそのつど、補足しましょう。

まずその第1は、「孤立しないこと」です。戦前の我が国は、様々な謀略などもあって追い込まれた結果とはいえ、同盟を結ぶ相手を間違え、国際社会で孤立してしまい、敗戦という国家存亡の危機に直面しました。

これからの未来においても、国防上は、我が国の将来に立ちはだかる情勢に照らして、日米同盟をはじめ、最近の「日米豪印戦略対話(QUAD)」や「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」など、自由や民主主義など国家の価値観や体制を共有する国々と友好関係を増進し、様々な事案の発生を未然に防止し、かつ事案が発生した際には共同で対処する体制を構築することが必須となることについては説明を要しないでしょう。

予想されていたとは言え、このたびのウクライナ戦争で、国連安全保障理事会において、拒否権を持つ常任理事国の1国が“実行動”を起こすような紛争が発生した場合には、国連は全く無力であることが明確になりました。私自身は、ウクライナ戦争後の国連安全保障委員会で、ロシアのラブロフ外相が他国の批判に全くひるむことなく、堂々と自国の立場を主張する映像を観て、「国連は死んだ」との印象を持ちながら、そのように考えた人も少なくないと想像していました。

まさに、第2次世界大戦後に構築された国際連合は、その寿命が尽き果て、中国もその常任理事国の1国であることを考えれば、我が国の周辺で中国が絡む事案が発生した場合は、国連に期待することは不可能です。

日本に在住する米国人タレント・弁護士のケント・ギルバード氏は、近著『日本は消失する』の中で、「地政学上、日本ほど危うい国はない」「第3次世界大戦は日本近海で起こる」として“一瞬で崩れる平和”に警鐘を鳴らしていますが、後に述べます国防力の強化と相まって、国防上、「孤立しない」ため、あらゆる手段を講じた万全の措置を講ずることが国家存亡の命運を握ると考えます。

一方、「孤立しない」ことの重要性は、国防上の要求のみでありません。すでに紹介しましたように、食料やエネルギーの自給率が極端に低い我が国は、食料安全保障上、そしてエネルギー安全保障上もこれらの安定供給先の確保もまた国家存亡がかかっており、これらの供給先となる関係国と友好関係を最優先して維持することや供給先を拡大して可能な限りリスクを分散することもまた、我が国の「至上命題」と断言できます。

当然ながら、伝統的な貿易立国としての特性から、原料の輸入や製品の輸出まで関係国と友好関係を維持することがこれまで以上に求められることでしょう。

とは言え、現在、我が国の貿易相手国の第1位は中国で全体の約24%(2020年)を占め、第2位の米国(約15%)を大きく上回っています。中国が我が国の最大の貿易相手国となったのは2007年でしたが、その後、米中の差は広まる一方にあります。

我が国は、中国との国交正常化以降、「政経分離」、つまり、尖閣問題や台湾問題などの政治的に敏感な問題が経済関係を損なうことがないように、政治と経済を切り離してきました。しかし、それから20年後の2010年、中国が日本のGDPを抜き、世界第2位の経済大国になって立場が逆転し、現在では中国の経済規模は我が国の約3倍近くなっています。質的にも、AI、ドローン、太陽光パネル、燃料電池など、中国が世界のトップランナーを走っている技術や分野も少なくありません。

一方、現下の情勢から、「『経済で結びついていれば日中関係は安定する』との時代は終わった」と認識する必要があることも間違いないでしょう。出来得れば、あらゆるものの「中国依存」を断ち切る、つまり、日中経済関係も米中関係同様の「デカップリング」、一挙にはできなくとも「デリスキング」に舵を切り、それを推進することが求められているでしょう。

なかでも、中国依存している原料とか食料のサプライチェーン、とりわけ我が国の食料確保の骨幹となる米作の肥料となる「リン酸アンモニウム」の約8割弱を中国に依存しているような“現状”について、手遅れになる前に即刻打破する必要があることは言うまでもありません。現に中国は、ウクライナ戦争を理由に肥料価格のつり上げを図っているようですから、事は急を要します。

中国との経済関係の切り離しを断行すれば、経済界や関係企業から「大反対」の悲鳴が聞こえてきそうですが、将来、台湾問題が現実のものとなって、米国を中心とする国際社会が中国に対して「経済制裁」を発動するような場合、我が国が“高い中国依存”を理由に発動できないような状態になるのだけは避けなければなりません。

だいぶ前から「台湾問題は日本問題」と言われていますが、それは「南西諸島の防衛を主にした国防上の問題」とは限定できないことを認識する必要があるのです。

中国という国が将来なくなるわけではないので、「いかに共存を図っていくか」についても、様々な「知恵」が必要なことも言うまでもありません。一方、かつては「日米中は二等辺三角形」と言われた時代がありましたが、その形が崩れつつある現在、その形にこだわり過ぎると大きな過ちを犯す可能性もあると考えます。

我が国は「孤立化しない」ことを最優先し、“友達を選び、友達とどのようにつきあうか”まで、まさに正念場です。

現在、インドがロシアとの関係を断ち切ることができず、全方位外交を掲げていますが、インドの為政者たちは内心では相当悩んでいることでしょう。しかし、人口が中国を抜いて世界1位になり、いわゆる「グローバルサウス」のトップに君臨するインドの国際的地位は上がりつつあり、これから先も両陣営が激しい“争奪戦”が繰り広げられることでしょう。

一方、インドの為政者が舵取りを間違うと両サイドから信頼を勝ち取ることができず、結局、その地位を失うことになると、これまでの人類の歴史が幾度となく証明していますが、それはさておき、我が国の場合、インドのような国際的地位を今後保持していくことができるのでしょうか。

「孤立化よりも国際的地位の低下を懸念する」との声も聞かれます。国際的地位には様々な要素が含まれることは言うまでもありません。少なくとも現状程度の国際的地位を維持するためにも、“手遅れになる前”に、国家戦略、つまり国家を挙げた「大方針」が必要になって来ていると考えます。これらの細部については、のちほど取り上げましょう。

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)