我が国の未来を見通す

メルマガ軍事情報の連載「我が国の未来を見通す」の記事アーカイブです。著者は、元陸将・元東北方面総監の宗像久男さん。我が国の現状や未来について、 これから先、数十年数百年にわたって我が国に立ちふさがるであろう3つの大きな課題を今から認識し、 考え、後輩たちに残す負債を少しでも小さくするよう考えてゆきます。

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我が国の未来を見通す(31) 「農業・食料問題」(13)「農業の高付加価値化」の推進(その1)

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我が国の未来を見通す(31) 「農業・食料問題」(13)「農業の高付加価値化」の推進(その1)

□はじめに

 「歴史が戻った」ようです。先日、欧米30か国で構成する軍事同盟であるNATO首脳会議が開催されました。その中で向こう10年間の指針となる「戦略概念」が改訂され、ロシアを「最も重大かつ直接的な脅威」と位置づけ、NATOの防衛力強化が盛り込まれました。この首脳会議を機にトルコが翻意したことで、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟が早晩、現実のものになりそうです。

また、中国に対しても、「体制上の挑戦を突き付けている」と、東西冷戦期の旧ソ連に向けた懸念と同等の強い警戒感を示したことが注目されました。この首脳会議には、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国の首脳も招待され、「パートナー国」として協力強化するのに加え、NATOがインド太平洋地域の安全保障問題にも関与する姿勢をはじめて打ち出しました。

 首脳会議前にドイツで開催された先進7カ国首脳会議(G7)においても、ロシアに対する圧力強化や中国に対する対抗姿勢で結束することが確認されました。

 ロシアのウクライナ侵攻は、この機を巧みに利用したゼレンスキー大統領(との分析もあります)もあって、国際社会は、プーチン大統領のみならず、だれもが全く予想もつかなかった、とんでもない方向に向かいはじめました。習近平も戸惑い、悩んでいることでしょう。

 ここに至った原因と責任をひとりプーチンに押し付けることは簡単ですが、歴史をどこまでさかのぼるか、あるいは表には出ていないそれぞれの国のリーダーらの“真の意図”などによって見方も変わってくることでしょう。

 大事なことは、これ以上のエスカレーションを回避することであると考えます。今回のようなロシア包囲網の強化は、ロシアとウクライナの2国間の局地戦争が周辺国を巻き込む地域戦争に、そして通常戦力の限定戦争が核戦争に拡大する、つまり第3次世界大戦のトリガーとなる“大義名分”をロシア側に与えてしまう危険性があることを私たちは認識する必要があるのです。

一方の盤石な体制は、相対する側にとっては脅威の増大です。この関係は、個人でも組織でも国家でも同じです。ほどよいバランスが共存を生むと歴史は教えています。すでに地球上には人類社会を10回破壊できる量に相当する核兵器が存在するといわれます。おおげさな言い方をすれば、双方が完全に納得できなくとも何とか妥協できる“落としどころ”を見つけてエスカレーションを回避する、そのためのさまざまな「智慧」を出すか否かに、人類の生存がかかっています。歴史をみれば、朝鮮戦争時のマッカーサー解任やキューバ危機の際の危機回避など、いつの時代もある種の「智慧」が発揮されました。

「冷戦」と「熱戦」は違います。「冷戦」はエスカレートするまで時間があることからそれを抑制する協定の締結などが可能ですが、いったん「熱戦」が始まり、だらだらと続けるうちに、偶然か必然かは別にして“あるトリガー”によって突然エスカレートする危険性をはらみます。

これらから、私は、ウクライナ戦争はそろそろ収束に向けて動き出す時が来たと考えます。だれが人類を救う牽引者となるか。並みいる各国の為政者をはじめ各界のリーダーなど、その候補者はたくさんいるように見えますが、なぜ名乗り出て行動しないのか、その原因は何なのか・・・現在のリーダーたちの思慮が至らないのか、それぞれの思惑なのか、全体を取り巻く「空気」なのか、とても不思議です。

いずれにしても、(これも真の理由は不明ですが)プーチン大統領の “自制”が効いている間に、牽引者の早期出現と収束に向けた調整を待望するばかりです。冒頭から重くなりました。

本メルマガが発刊される頃には参議院選挙の結果が出ていることでしょう。選挙の前に、「主権」について書こうと思っていたのですが、間に合いませんでした。いずれ取り上げることにします。

▼「スマート農業」による環境負荷軽減と今後の課題

「農業の高付加価値化」を考える前に、前回のテーマ「スマート農業」についてまとめておきましょう。

「スマート農業」の推進は、生産性の向上と人手不足に対応するだけでなく、センシングデータなどの活用により、農薬・肥料の適切な利用、CO2の排出削減などに貢献しています。

最近特に脚光あびているのが、ドローンを活用した「リモートセンシング技術」の導入です。ドローンに搭載したマルチスペクトルカメラによって、「ほ場」の作物の生育のバラつきをマップ化し、そのデータから可変施肥(せひ)設計を行ない、適切な肥料散布により収穫と品質の向上を図ろうとするものです。またドローンによって、害虫被害の確認やその結果に基づくピンポイント農薬散布技術も実用化されています。

同様に、衛星リモートセンシングを活用した「クラウド型営農支援サービス」も実用化されています。この診断レポートに基づき、「ほ場」ごとの状況に応じた作業計画の立案、適切なタイミングでの施肥や収穫が可能となり、高収量化、高品質化、省力化に寄与しています。

「光合成データ等を活用した栽培管理」もすでに行なわれています。直接計測した光合成速度や蒸散速度に基づいて栽培環境(温湿度・かん水量・二酸化炭素濃度等)を最適化したり、 液肥やCO2の余分な施用を抑制し、環境負荷を低減しようする技術です。無駄のない暖房により化石燃料の消費を削減に努めている例もあります。

このあと詳しく触れる、生産から流通・加工・消費・販売までデータの相互利用が可能な「スマートフードチェーン」も開発中です。 共同物流によるCO2排出削減や需給マッチングによる食品ロス削減により、環境負荷の低減を図ろうとするものです。

これらの例のように、農林省主導のもと、「スマート農業」の定着を加速化する狙いとして「スマート農業実証プロジェクト」が全国各地で展開されています(2019年以降、全国202地区)。一方、まだまださまざまな課題があることも明白です。

「作業の自動化」においては、「 スマート農業機械」の導入により、減反された水田にトマトの生産拡大に取り組むことができたとか、 「直進キープ田植機」や「アシスト機能付きトラクター」などを活用して、新規就農者でも熟練技術者並みの精度・時間で作業が可能となったなどの農作業の革新が現実のものになりました。

その反面、「ロボットトラクター」や「自動運転コンバイン」については、外周は手動で作業しなければならず、不定形で狭小な「ほ場」の多い経営体では利用できる「ほ場」が限定されるとか、一部の地域では、スマートフォンによるGPS位置制御が不安定になる場合があり、情報通信基盤の整備が「スマート農業」が隅々まで普及する際の課題になっていることもあるようです。ただし、これについては、前回触れました「みちびき」を活用することにより、スマートフォンやGPS受信のための地上局に頼らずとも高精度位置情報の取得がすでに実証されています。

また、導入コストについても、それぞれの農機具がかなり高価なことから、さまざまな工夫が必要なことはいうまでもないでしょう。 

これらもあって、農林省は、2020年10月、「スマート農業推進総合パッケージ」を策定し、研究開発、実証、現場実装までの総合的な施策の推進を図ろうとしています。つまり、(1)スマート農業の実証・分析・普及、(2)新たな農業支援サービスの育成・普及、(3)実践環境の整備、(4)学習機会の提供 、5)スマート農業技術の海外展開などです。

また、地方の活性化を目指した「デジタル田園都市国家構想」も「スマート農業」の普及・拡大に貢献することも狙いの一つとなっています。細部は省略しますが、“政府(農林省)が本腰を入れていかに真剣に取り組むか”が、「スマート農業」の将来、ひいては我が国の農業の将来を大きく左右することは間違いなさそうです。

▼「フードバリューチェーン」と農業の「6次産業化」

 さて、話題を「農業の付加価値化」に移しましょう。まずは「フードバリューチェーン」です。

「フードバリューチェーン」とは「生産から製造・加工、流通、消費に至る各段階の付加価値をつなぐこと」と説明されています。つまり、農林水産物の生産から消費までを鎖(チェーン)のようにつなぐことで、総合的な付加価値(バリュー)を高めようとする考え方です。

食物は生産されてから消費者の食卓に届くまでの間に、さまざまな付加価値が加えられると同時にコストが発生します。たとえば、加工の段階では、消費者が手間をかけずに食物を食べることができるよう付加価値が加えられますが、加工に伴う諸費用が生じます。流通の段階では、消費者が地元の商店で食品を購入できるようになるという付加価値と運送費が発生します。付加価値には、輸送コストを削減したり、販売機会を増やしたりすることも含まれています。

これらの具体例からわかるように、農産物が消費者に届くまでには、種子や苗をつくる種苗(しゅびょう)会社、実際に農産物を生産する農家、農産物の加工会社、物流会社、販売会社など多くの人の手が関わっています。各段階における関連会社が連携して生産効率や品質を高め、それらが鎖のようにつながることで、商品の付加価値を高めるのが「フードバリューチェーン」の目的です。

 生産効率を高めることで生み出される商品の付加価値とは、(1)農産物自体の品質の向上、(2)加工による魅力的な商品作り、(3)流通システム構築、(4)販売ルートの開拓や認知されるための工夫などがあります。「1次産業」である農業もフードバリューチェーン上にあるといえますが、これまで農業とフードバリューチェーンのつながりはあまり認識されておらず、農家は農家、販売会社は販売会社など、バリューチェーン内の各アクターが個別に活動してきました。

しかし、最近、生産から加工・販売までを一気通貫で実施する農業法人も増えてきました。いわゆる農業の「6次産業化」です。「6次産業化」と「フードバリューチェーン」という概念には強い親和性があります。農家がフードバリューチェーンの中で「6次産業化」を行なうことで、他事業者との連携が可能になり、より新たな生産システムや物流体制を構築できると考えられています。

▼「フードバリューチェーン」の海外展開

農業ビジネスに可能性を求める農業経営者は、フードバリューチェーンが「農業のイノベーション」になると注目しています。2014年、政府は「グローバル・フードバリューチェーン」戦略を策定し、農業生産~加工~物流までの「フードバリューチェーン」を国内に留まらず海外にも展開させる戦略を打ち出しています。しかも対象は農産物だけでなく、食産業の海外展開も視野に入れています。

日本には世界に誇れる「日本食文化」と、ICT技術や先進的な流通技術がありますが、これらの強みを生かして、農林水産物の生産から消費にいたる過程をフードバリューチェーンでつなげれば、より付加価値の高い製品で海外市場を開拓できると期待しているようです。

 農林省は、2014年に「グローバル・フードバリューチェーン推進官民協議会」を発足し、2019年12月の時点で、450を超える民間企業、関係機関が参画しています。

その戦略は、「基本戦略」と「地域別戦略」の2つからなり、その核となるのは、産学官が連携してバリューチェーンを構築することであり、日本の「強味」を「ジャパンブランド」として構築し、食のインフラシステムの輸出を推進することも目標に掲げています。

ここでいう日本の「強味」とは、ユネスコ無形文化遺産である「日本食」を基盤とした産業や高品質コールドチェーン、高度な農業生産と食品生産システム、さらに先進的な日本型食品流通システムのことを指しています。このほかにも、開拓市場となる海外に対しては、二国間政策対話や経済協力の活用、コールドチェーンなどの食のインフラ整備を通じて、グルーバル・フードチェーンの展開を働きかけることも含んでいます。

一方、「地域別戦略」では、品質の優れた日本産食品の輸出促進をめざし、対象となる主な地域は、ASEAN,中国、インド、中東、中南米、ロシア、中央アジア、アフリカなどとされていますが、特に日本に近く、6億の人口を抱える巨大市場のASEANは、フードバリューチェーン構築のために不可欠なパートナーとなっています。

昨今の国際情勢の変化から、このような日本の計画がすんなりと実現できるかどうかは未知数ですが、世界人口そのものが増加する中にあって、食糧不足が現実のものとなりつつあることから、農業先進国・日本の果たす役割は決して低くないと考えるべきでしょう。またそれができる農業先進国を目指す必要があると考えます。

▼「フードバリューチェーン」のオーケストレーター

 最後に「フードバリューチェーン」のオーケストレーター(指揮者)について触れておきましょう。生産から製造・加工、流通、消費に至る各段階の付加価値をつなぐ「フードバリューチェーン」は、各プレーヤーがそれぞれのステップでベストを尽くすだけでは達成できず、目的を共有し、目的に向かって連動すること大事なことは言うまでもありません。

それぞれは業種も業務内容そのものも違うことから、その間には乗り越えがたい「壁」も存在するのが通常です。しかし、「フードバリューチェーン」がうまく機能するためには、この壁を取り払い、あるいはその壁を乗り越えてそれぞれのプレーヤーに指示を与えるオーケストレーターを置き、全体の流れを統率する役割が必要不可欠になってきています。

 問題は、この役割を誰がやるかです。その特性から、農林省など官が立ち入る性格のものではないのですが、この役割こそが、従来のバリューチェーン以外の業界にビジネスチャンスを与え、農業ビジネスに大変革をもたらす可能性があるといわれます。名乗りを上げている企業もあるようですが、細部は後述しましょう。(つづく)

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)

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著者

宗像久男

1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)