□はじめに
本シリーズは、なるべく正確なデータに基づく分析を心がけておりますが、時々不思議な定義にぶつかることがあります。たとえば、15歳から64歳を「生産年齢人口」としていることです。人口動態の統計上変更できないのかもしれませんが、今日のテーマである高校・大学の教育費のうち、高校進学率は、文科省の「学校基本調査」によれば、98.8%です。この中には、高校中退者(1.3%)、不登校者(1.6%)も含みますが、どう考えても95%以上の子供が高校まで進学していることになります。
確かにアルバイトしている高校生もいるでしょうが、この高進学率から、15歳から17歳を「労働力」としてカウントし、「生産年齢」として定義するのは無理があるのではないでしょうか。
私が中学校を卒業した昭和40年代前半でさえ、高校進学率は70%を超えていましたので、この年齢層を「労働力」としてカウントできるのは実態として3割弱でした。いったいいつの時代の実態を定義しているのか不思議です。
なぜ冒頭にこの話題を取り上げたかと言いますと、「15歳になると『労働生産年齢』に達したので、『児童手当』は不要」、つまり、「生産年齢」の定義と「児童手当の打ち切り」が連動しているような気がしてならないのです。しかし、親の教育費の負担が大きくなるのはこれからなのです。その実態を探ってみましょう。
▼高校・大学と教育費負担は続く
まず、高校の教育費はいくらかかるのでしょうか。我が国は、2010年に「高校無償化法」が成立し、原則公立高校の授業料が免除され、私立高校の場合は同額の「就学支援金」が支給されることになり、その額は年11万8800円です。
ただし、世帯年収が約910万円を下回る世帯に限られており、さらに世帯年収が590万円以下の場合は「加算支給」として上乗せされます。この「就学支援金」は、2020年4月より、年収目安が590万円以下の世帯については一律39万6000円まで引き上げられました。この額は、全国の私立高校の授業料の平均水準といわれます。
これらもあって高校の教育費は、一昔前よりはかなり減額されていますが、調査によると、3年間にかかる学習費総額は、公立の場合は約135万円、私立の場合は約311万円(約2.3倍)といわれます。ただし、これらには学習塾や家庭教師費など学校外活動費は含まれていません。学校外活動費は、公立の場合は約53万円、私立の場合は約86万円がさらに上乗せされます。
前回紹介しましたように、「児童手当」を受給していた中学時代の教育費は、公立の場合は約150万円でその4分の1に相当する36万円(月1万円)は「児童手当」で充当できましたので、子供が高校に入ると親の負担がかなり増大することをデータは示しています。
次に大学の教育費です。まず大学の進学率ですが、近年、年々上昇しており、大学・短大、専門学校の進学率は2021年には55.8%に達しました。つまり、おおむね2人に1人は高校卒業後に進学することになります。
大学の場合は進学する学部によりますが、国立の自宅通学の場合は、4年間で約528万円(下宿で826万円)、私立文系の場合は、自宅約688万円(下宿978万円)、私立理系の場合、自宅約824万円(下宿1114万円)といわれています。
よって、「児童手当」打ち切り後、子供を高校・大学まで進学させた場合の教育費は、公立高校・国立大学で約798万円、私立高校・大学で999~1135(下宿1425万円)と見積もられます。
これらをすべて合計しますと、1人の子供を大学まで教育した場合の育児・教育費の総額は、1453万円~3214万円ほどかかることがわかります。あらためて、世の親は大変なことがわかります。
これに対して、前回、積算しましたように、所得制限がかからない世帯の第1子・第2子のみの児童手当総額は1人当たり198万円、第3子は252万円まで増額されるだけですので、「子供を作りたくない、作っても2人以下」、それ以上は「経済的負担が大きすぎる」という今どきの親の気持ちが理解できるというものではないでしょうか。
「“子供を産む”ことは“生活水準を下げる”こととイコールだ」との言われ方をする場合がありますが、このような実態を反映しているといえるでしょう。
▼フランスの分厚い「子育て支援」
それでは、諸外国の「児童手当」に相当するような国の子育て支援はどうなっているのでしょうか。中でも、我が国の「少子化社会対策大綱」の希望出生率1.8をすでに上回る平均出生率1.88を誇るフランスはどのような子育て支援を実施しているかを見てみたいと思います。
調べ得る限り、最新のデータを探してみましたが、数字には古いデータも含まれています。また、共稼ぎあるいはどちらか一方の収入によりそれぞれの収入上限があるのが普通ということも前もって断っておきましょう。
まず、フランスでは、妊娠・出産にかかる医療費はすべて保険適用です。その上、出産すると出産一時金942ユーロ(1ユーロ130円として122,460円)が支給されます。また、妊娠4か月から3歳まで「乳幼児(育児)手当」として月額185ユーロ(24,050円)支給されます。
しかも子供2人以上の家庭にはこれにプラスして「家族手当」があり、支給額は、子供2人で月115ユーロ(14,950円)、3人で262ユーロ(34,060円)、4人で410ユーロ(53,300円)、その後、1人増えるごとに147ユーロ(19,110円)追加されます。しかも「家族手当」は20歳になるまで支給され続けます。
その上、子供が小学校に入ると、「新学期(準備)手当」が新学期ごとに支給されます。6から10歳までは1人当たり370ユーロ(38,100円)、11歳から14歳までは391ユーロ(50,700円)、15から18歳までは404ユーロ(52,500円)と少しずつ加算されるようです。
これらを合計してみますと、フランスにおいては、子供1人の場合は、「家族手当」がないため、総額約176万円ほどですが、2人の場合は、子供が20歳になるまで総額約481万円、3人の場合は約871万円、4人の場合は約1264万円と跳ね上がります。
昨年は、コロナ禍の影響に伴う収入減を補填するため、「新学期(準備)手当」が最高500ユーロ(65,000円)まで引き揚げられたことがニュースになりましたので、上記、子育て支援金がさらに増額されたことになります。
これ以外に、「片親手当」も支給されます。収入によって差異がありますが、子供1人につき、日本円で月額約76,000円、1人増えるごとに月額約2万円が増額されます。双子や子供3人以上の家庭には週に1~2度、家事代行格安派遣サービスもあるようです。
このように、国が子供を作りたい家庭を手厚く支えている上、フランスでは学費はほぼ無料ですので、かかる費用は給食代くらいです。大学は、原則、在住地の大学に入りますので、受験地獄のようなものはなく、進学塾にも行く必要がありません。皆、自宅から通うので、下宿代・アパート代も必要ありません。
さらに、各地に大小さまざまな保育施設があり、ベビーシッターを家庭で雇う制度(アフリカからの移民者などが多い)が普及し、育児と仕事が両立しやすい環境が整っています。これらから、育児休業を終えて復帰した母親の約6割は、フルタイムで勤務しているといわれます。
いろいろな意見があるとは思いますが、フランスが平均出生率1.88を維持している要因(背景)を納得できるものと考えます。
▼ロシアの「母親資本」
ロシアの子育て支援にも触れておきましょう。1999年ごろ、ロシアは、「年間70万人」という超スピードで人口が減少し、平均出生率は1.16まで落ち込みました。それが、2012年には1.69、13年には1.71、14・15年には1.75まで回復しました。
出生率が増えた秘密の1つに「母親資本」という制度を導入したことがあるといわれます。その概要は次の通りです。
まず「母親資本」を得る資格は、①第2子以降を出産した婦人、または第2子以降を養子縁組した婦人 ②第2子以降を養子縁組した独身男性、③母親が母親資本の権利を喪失したあとに、第2子以降の子の親権を得た、または養子縁組をした父親、です。
その権利を得ると、年によって少し差異はありますが、約45万3千ルーブル(1ルーブル2円で換算すると約90万円)支給されます。
ロシアの年収は、日本円換算で46万円~170万円ほどですので、「母親資本」の約90万円は、特に田舎に住む人にとっては家が買えるほどの大金であり、「子供2人産むと、家を買える」ということが広まったようです。
出生率のV字回復には、長い育児休暇が取得可能など、ほかの施策もあったようですが、「母親資本」が“大きな動機”になったと結論づけられています。
▼まとめ──「子供を作る」できれば「2人以上の子供を作る」対策
正直、フランスやロシアと我が国とのあまりの差異に言葉が出ません。両国に比べれば、我が国の子育て支援はまさに“お茶を濁す”程度であることがわかります。ちなみに、「1人当たりGDP」は、フランスと日本はほぼ同等、ロシアに至っては日本の4分の1ほどです。
少なくとも「2人以上の子供を作る」家庭に対する手厚い支援は必須でしょう。それも、両国のように、子供を産まない、あるいは1人っ子の家庭が羨(うらや)ましく思うほど差をつけるべきと私は考えます。また、「児童手当」は最低でも18歳まで延長すべきでしょう。
我が国がこのような分厚い子育て支援を導入しようとすれば、必ず財源確保の問題が出てきて、目先の問題に膠着する財政当局が反対するのは明白です。また、必ず「不公平だ」と叫ぶ集団も出てくることでしょう。
しかし、両国に見習うべきは、両国が人口減を国家的危機と認識した上、それを食い止めて国力を衰退させないため、国を挙げて必死になってその対策を断行していることにあると考えます。
その「必死さ」が国民の間に広く伝搬して「子供を増やす」雰囲気が出来上がっているのではないでしょうか。
次回、この延長で「婚外子」なども取り上げてみたいと思いますが、対策が遅れれば遅れるほど出生率のV字回復は困難になります。
コロナ禍の影響で、我が国にあっても「少子化」が危機に瀕していることは明白なのですが、国会の論争でも「少子化」対策が一向に話題にならないのは不思議です。
(つづく)
宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。日本製鋼所顧問を経て、現在、至誠館大学非常勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)